■ 5:ささやかな時間
噂を本当にしたいな、なんて考えている自分がいた。
朝練はあの時の一回だけのつもりだったんだけど……美香子から聞いた噂が嬉しくて。
大会が終わってからの私は何かと理由をつけていつもより30分早い電車に乗っていく日々を続けていた。
毎朝、神くんと他愛のない話をしながら学校に向かう。
これが、今の日課。
「しかし、毎朝よく続くよね古賀さんも」
それは貴方に会いたいからです。
なんて、口が裂けても言えない。
昔、神くんに別れを告げたのは自分。
そんな私が、また気になり始めてます、なんておこがましいにも程がある。
「朝早く起きるのって気持ちいいしね、それにサーブも上手くなるから一石二鳥ってもんでしょ。そういう神くんだって人のこと言えないじゃん」
「オレはねー、もうずっと続けてるから……これが当たり前だし。古賀さんはつい最近からでしょ、大会終わったらもう来ないと思ってたし、いつまで続くんだろって、さ」
何気に、それ……ちょっと傷つくぞ。
遠まわしに私がいると邪魔って言われてる?
「あー……ごめんね、迷惑だったかな」
「え?」
「ホラ、私がいると神くんは一人に集中できないっていうか」
そう言うと神くんは『ぷっ』と笑い出した。
「なんでそうなるんだよ、っていうか『一人に集中』って、なにそれ」
あはは、と笑い続ける神くん。
「えー、一人で集中したいときってあるじゃん」
「や、あるけど。でもそれって普通、練習中とかじゃない?」
「……はっ、そうか!」
「だよね」
やばい、私馬鹿じゃん。
練習前に電車の中から集中続けている人ってどんだけ……!!
「オレは迷惑とか思ってないよ、二人で話しながら行ったほうが楽しいし」
駅について電車を降りる直前に、神くんは私の頭をくしゃりと撫でながらそう言った。
あたしは手の大きさと暖かさに驚き、一瞬固まった。
「ほら、早く行かないと閉まっちゃうよ」
「あ、う、うん!」
先を行く神くんの背中を追いかけて。
その広い背中に、心臓が高鳴った。
あの時、私が早まっていなければ。
ちゃんと友達になってから付き合うことにしていれば。
今、私はこんなにも胸が締め付けられる思いはしなかっただろう。
学校に着いたら二人だけのこの時間は終わってしまう。
もっと神くんと二人だけで話がしたい。
二人だけの、時間が欲しい。
今更そう思う私は、なんて我侭なんだろう。
自嘲の笑いを漏らしてしまいそうだ。
……やっぱり、5駅は短く感じた。
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