■ 3:生まれた心の痛み
もうすぐ大会が近いという事で、私と佳苗は自主的に朝練をすることに決めた。
部活自体の朝練はちゃんとあるんだけど、その前にサーブの練習だけしておこうと思って。
相談した結果、いつもの時間より30分早く学校に待ち合わせすることになった。
私の家は学校まで電車で5駅。
神くんと付き合い始めた頃は5駅なんてすぐだなーって思ったこともあったのに。
今では学校までの時間が長くて、じれったい気持ちになる。
朝早く起きるのは苦じゃない。
その分夜早く寝てしまうっていうのが難点だけど、朝の空気が好きなんだ。
だから、今日も張り切って起きた。
いつもと違う雰囲気の電車に乗る。
すると、扉を入って置く側の席に乗っていた人とバッチリ目が合ってしまった。
「「あ」」
……神、くんだ。
「おはよう」
「あ、お、おはよー」
ニコッと笑って普通に挨拶を交わす彼に、私は緊張に身を固めていた。
「ずいぶん早いんだね」
「じ、神くんこそ。もしかして毎日この電車に乗ってるの?」
こんなに早い時間だから席なんてたくさん空いているのに、ご丁寧にも神くんは自分の横に置いてあった鞄を抱えなおすもんだから。
私はその隣に座らざるを得なくて。
もし目が合ってなければそのまま違う車両に移動したものの、挨拶まで交わしておいてさすがにそれは人としてどうだろうと思ったので、おとなしく隣に腰掛けることにした。
心の中でおじゃましまーす……なんて呟きながら。
「オレは毎日この時間だよ」
「へえ、自主練とか?」
「うん、オレ、才能ないからさ、練習だけは人一倍やらなきゃって」
「え?いやいや、謙遜じゃない、それ?才能ないわけないじゃん、神くん、バスケ素人の私から見たって上手いと思うけど」
「はは、ありがとう。でも、一年のときに監督に悔しい言葉を言われてさ。それから毎日欠かさずやってるんだ」
「悔しい言葉かー……そういうのってあるよね」
「古賀さんも?」
不思議と話はスラスラ続いた。
久しぶりにする会話だからかわからないけど、少なくともあの時の気まずさや苦痛なんて微塵も感じられなかった。
それどころかちょっと楽しいかも、なんて思っている自分がいる。
距離を置いたことでこんなに喋れるようになるものなのだろうか。
言葉が勝手に口から出てきているみたい。
神くんってこんなに喋りやすい人だったかな……?
でも、不意に呼ばれた名前が。
付き合ってた頃は必死で名前で呼んでくれようとしていたのに、別れたとたん苗字に逆戻り。
それが当たり前だし、今の今まで普通じゃんって思ってた……というより、全く気にしてなかったんだけど。
なんでだろう、心にぽっかり穴が開いてしまったような気持ちになる。
今は付き合ってるどころか……距離が開いている人なんだし、苗字で呼ぶのが普通じゃない?
名前で呼んでた時期なんてそれは短いもので。
だから、友達なのかどうかもわからない関係の私と神くんは苗字で呼び合うのが普通で。
「……古賀さん?」
「ああ、ごめん!ちょっと考え事してた!悔しい言葉を思い出そうとね!そうそう、私もあるよ〜昔、合宿でさ……」
顔を覗き込まれたので、慌てて返事をした。
神くんは私の話にちょっと笑いながら『そうなんだ』なんて返してきたから、怪しまれてるということもないだろう。
ちょっと、安心。
けれど、ちょっと、残念。
……神くんに名前で呼んでもらえないって……こんなに寂しいことなの?
付き合い始めの頃に顔を真っ赤にしながら一生懸命私の名前を呼んでくれた神くんの姿が、自然と頭に浮かんだ。
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