■ 10:キミを好きになって良かった

と、まあ、勢い良く走っては来たものの。

さすがに公衆の面前で告白する度胸のない私は、校門へと向きを変えた。

彼を呼び出そうとも思ったけれど、皮肉なことに過去の私は彼のアドレスを捨ててしまうと同じ行為をした。
だから、こうやって地道に待つしかないのだ。

「あれ、古賀サン……、でしたっけ?」

しばらく待って、聞こえてきた声は神くんのものではなかった。

「あ。清田くん、だよね」

「こんなところで何してんっすか、バレー部はもうとっくに帰ったと思った」

「ああ、ちょっと……」

「神さんなら、まだ練習やってますよ」

「え」

ニヤリと笑う、いたずらっぽい笑み。
それは私の気持ちを見透かしているかのようにも見えた。

「アンタでしょ、毎朝神さんと朝練に来てたの」

「な、なんで知って……!」

「バレー部のヤツが言ってた」

美香子か……!!あの、お喋りめ!!

「神さんまだ帰らないっぽいし、他に誰もいなかったから……二人で話したいなら今っすよ」

「あ、うん、有難う!」

「どーいたしまして!」

ニカッと笑う彼は、最初の印象とは違ってすごくいい子なんだなって思った。

「今度、美香子に『清田くんはいいヤツだよ』って伝えておくね!!じゃあ!」

そう言って体育館に向かって走ると、後ろから『余計なお世話!!』っていう声が聞こえた。
あまりにもおかしくて、思わずクスクスと笑いがこぼれた。

清田くんも今の私みたいな気持ちを美香子に抱いているのかな。
だったら、なんか嬉しいな。
二人とも私の好きな後輩だもん。


今から告白しに行くのに、

結果がどうなるかなんてまだわからないのに、

私は自分の気持ちに正直になれることが凄く嬉しかった。


ただ、それだけのことなのに。

前向きになるってこんなにもいいことだったんだね。

昔の私に言ってあげたいよ。

『神くんと前向きに付き合っていたら、いい結果になってたはずだよ』って。

でも、今は昔なんて気にしていられない。

今、この時が大切なんだから。





気持ちが逸る中、体育館に到着した。
中を覗くとボールを持った彼。
一目見ただけでドキンと胸が高鳴った。

「……古賀、さん?」

入口にいた私に気づき、神くんはこっちに向かって歩いてきた。

「こんばんは」

「こんばんは……じゃなくって。どうしたの?バレー部はもう帰ったんじゃなかったの?」

「それ、清田くんにも言われた」

「ノブに会ったの?」

「うん」

えへへ、と笑いながらそう言うと、神くんはちょっと待ってて、とボールを片付けに行ってしまった。

「お待たせ」

「え、練習はしないの?」

「あー……うん、今日はいい。だから、一緒に帰ろう」

「……いい、の?」

「うん」

ササッと着替えて、神くんは体育館の戸締りをした。
それから職員室に鍵を返しに行って、私の元へと戻ってきた。

「じゃ、帰ろうか」

「うん」

向けられた笑みはとても優しくて。
やっぱり、この人が好きだと実感した。

今、言ってしまおうか。
それともタイミングを見計らうべきか。

そう思っていたら、思いがけないお誘いを受けた。

「あの……さ、こないだの公園、行かない?」

「……え?」

「やっぱ、話、したくて」

「……あたしも、うん。話、したい」

「なら、行こう」

「うん」

話がしたいなんてそれはこっちの台詞なのに。
先に私から言うべきだったのに。
神くんだって何もないのに自分に会いに来たなんて思わないだろう。
彼は優しいから私に気を使ってくれたのかもしれないけれど、その気遣いが自然すぎて思わず顔が綻んだ。


公園に辿り着くまでは無言だったけれど、以前のような気まずさはなかった。

むしろそれが自然体のような気がして。

どちらから言わずとも、こないだのベンチに二人で腰掛ける。

「で?」

「え?」

「話、あるんでしょ」

「ああ、神くんからお先にどうぞ!」

「いやいや、こないだはオレから話をした気がするし、今日は古賀さんからってことで」

「う……」

そう言われてしまうと勝てるはずもなく。

心臓の鼓動は相変わらずうるさい。
それもそうだ、これから一世一代の告白をしようとしているのに。

自分から好きになって、自分から別れを切り出して。
そしてまた、再び告白するなんて、こんなの私の人生二度とない事だろう。

「どうした?言いづらい事?」

「……ううん、ちがくって……」

言いづらい事には変わりはないんだけど。

優しい目で見てくる神くんを目の前にして、私の決心は急激に揺らいでしまった。

今、私が告白をしたらこの人は困るんじゃないだろうか。

もしかして、もう二度とこんな風に話せることもなくなっちゃうんじゃないだろうか。

…………それは嫌過ぎる。

もう一度付き合えるなんてそんな自惚れたことは思ってないけれど。
今の関係を崩すことになるなんて、そんな事今の今まで気づかなかった。

それ以降、黙ったままの私を急かすこともなく神くんはただ待っていてくれた。

今だけ、時間がすごくゆっくり流れている気がする。
たった一分が30分にも一時間にも思えて。
静まり返った空気の中、心臓の鼓動だけが煩くて。

もう耐えられない。

そう思った私は、観念して口を開いた。

「あ、あの、ね。」

声が、震える。

「あの、わ、わたしの友達のことなんだけど……」

何言ってんだ、私は……!!

「昔、付き合ってた人がいて……で、でも、結局ダメになっちゃって……で、ね、そ、その時の事をすっごく後悔……して、ね」

あれ、なんでだろ。
上手く話せない。

目の前が、歪んで見える。

声は震えるどころじゃない。

「い、今更ッ……なって……そのっ……その人が、好きで……ッ」

目からぽろぽろと零れる涙。
神くんの顔なんて見れない。
下を向いているから泣いているなんて気づかれることもない思ったけど、既に、涙声。
ところどころに混じる嗚咽にまともに喋ることができない。

ただ、気持ちを伝えたいだけなのに。

友達のことなんて、なんて回りくどいことを言ってしまってるんだ。

私、いつからこんなに臆病になってしまったんだろう。

怖くて仕方が無い。
自分の気持ちを伝えることがこんなに怖いことだったなんて。
行動派の自分はどこに行っちゃったんだ。

「〜〜〜〜〜〜ッ、ご、ごめん、うまく……っ」

説明できなくて、と続くハズだったその言葉は、神くんの胸の中に消えた。

ふわりと香る神くんの匂いが、私を安心させてくれる。

……私、神くんに抱きしめられているんだ。

「泣いてちゃわからないだろ」

「……っ、ん、あ、あのね、それ、で、ね……」

優しすぎるその声と言い方に、涙と動揺が混ざり、私は余計に上手く喋れなくなってしまった。

「……じゃあ、オレの話を先に聞いてくれる?」

返事すら言葉に出せなくてコクンと頷くと、神くんは話始めた。

「オレの友達の話なんだけどね」

……友達の、話、……。

「入学したての頃に付き合ってた人がいてさ、その人のこと最初はなんとも思ってなかったのに、告白された嬉しさで舞い上がっちゃって。で、OKを出してさ」

友達……の、話?

「結局お互い知らない人同士だったから、その恋はダメになっちゃったわけ」

……うん?

「でも、その後なんだ。その子と別れてから無性にその子が気になり始めちゃって。でさ、ようやく最近になって普通に話せるようになったわけ。それ以前も連絡とろうかなって思った時もあって、でも、もうオレのことなんてなんとも思ってないっぽかったから、アドレスも番号も、変わっちゃってたんだよね」

『アドレスも番号も』

その言葉に私の体がピクリと反応した。

「朝練のときの電車の中とかも、一緒に話せて嬉しかったな。楽しいって思ったら、もっともっと話をしたくなって、それから一気に惹かれた」

私も同じ。

朝練の電車で一緒になってから、神くんと話すことの楽しさに気づいた。

「なのにこないださ、オレの身勝手な行動でまた振り出しに戻ってしまった」

「……友達の話、って、言わなかったっけ」

「ふっ、それ、お互い様じゃない?」

お互い様と言われ、そりゃそうだ!と顔に熱が集まる。
はっきり『オレ』と言った神くんに黙ってればいいものの、思わずツッコミを入れてしまった。
こういうときばかりちゃんと喋れる自分が情けない。

「泣き止んだ?」

「……う、うん」

「じゃあ、顔上げてよ」

「……ん」

頭の上から降ってくる優しい声に、更に顔が熱くなる。
顔を上げてと言われれば、素直に顔を上げる。

「ねえ、古賀さん」

「……うん?」

「オレ、やっぱり時間を戻したいんだ」

「時間を?」

「うん」

「……えっと……」

「時間が元に戻るわけがないなんて事は、わかってる。でも、オレと古賀さんの関係を元に戻したいんだ」

神くんの顔を見上げると、彼は泣きそうな表情をしていた。

なんでそんな顔をしているの。
私がこんな顔をさせているの?

私は、掴んでいた神くんの袖をぎゅっと握った。

「私も……そう、思ってたよ。最近神くんと話せるようになって、すごく楽しいって思ってる自分がいた。でも、今更ッ……」

そう答えると同時に、目の前に影が振ってきたと思ったら。
神くんの唇が、私の唇に触れた。

暖かい感触。
優しくて、蕩けるような。

それは、一年前とは違ったものだった。

「今更なんてないんだよ。大切なのは今なんだから」

たった一年前のことだけど、子供だった私たちには考えられないほどの、大人びたキス。

一年で変わったことなんて多すぎて数え切れない。

「オレ、もう一度真砂って呼びたい。好きだよ、真砂の事が」

一年ぶりに呼ばれた名前はくすぐったかった。

「……私も……、好き、だよ。大好き……」

そう告げると、嬉しそうに微笑んだ彼から再び柔らかいキスが落とされた。



すっごく遠回りをしてしまった私たちは、周りから見たら『何してんの?』『馬鹿じゃないの?』という風にも見えるんだろうけど。

たった一年だけど、成長過程にある私たちはたくさん大切な事を学んだ。

こんな恋もあるんだね。

恋に恋した結果は、悪い事ばかりじゃないんだね。

「なんか、さ、色々とごめん」

「なんで謝るんだよ」

「……子供だったから?」

「……それ、オレもなんだけど」

「じゃあ……」

「「お互い様?」」

同時にそう言って、お互いに思いっきり笑った。


離れてた時間を取り戻すことはできないけれど、

過去に戻ることはできないけれど、

時間はまだまだこれからたくさんある。

知らないことは、これから知っていけばいい。

子供だった私たちはそうやって大人になっていくのだから。



この先、一年経っても


十年経っても


たとえ、どれだけ時間が過ぎたとしても。




私の隣りで笑っているのが、キミでありますように。

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