■ 9:さあ、走れ!

朝、いつもの電車に乗るとそこに彼の姿は見られなかった。

どうしてだろう、毎日必ずこの電車に乗ってるのに。
……具合でも悪いのかな。

学校に到着し、おもむろに体育館を覗いてみると。

「……あれ?」

既に、彼の姿はそこにあった。

……何かあったのだろうか。

そんな事を思っていたら彼と目が合って。
私に気づいた彼は練習を止めてこちらに向かって歩いてきた。

「おはよう」

ごく普通に挨拶を交わされたことによって、今日いつもの電車にいなかった理由を聞こうと思っていた私は気後れしてしまいそうになる。
でも何かあったなら……それはそれで気になるし、やっぱり聞いてみよう。

「お、おはよ。あのさ、今日は何で早いの?」

「あー……」

困った様子で目線を逸らす彼。


凄く、嫌な予感。


なかなか出てこない次の言葉を待つ時間が、とても長く感じた。
私はその場に硬直して動けない。

だから、ただ彼の言葉を待つしかなかった。


そして、ようやく出てきたその言葉は。

「オレさ、彼女出来たから……もう、古賀さんとは一緒に登校できないや、と思って」


…………うそ。


「そういう事だから。じゃあね」

「え……!」

彼はアッサリと私に背を向けて。
そして練習に戻ってしまった。

そんな。

じゃあ、昨日のあの出来事はなんだったの?
あれは、忘れろって事なの?

心がドサリと落ちた気分だ。

痛い。


痛いよ。

…………


…………んん?



あれ、おかしいな。

ドサリと落ちたのは心のはずなのに体が痛い……それに、眩しい……?

ピピピピピピピピ……

目覚ましの音がけたたましく響き、私はガバッと飛び起きた。

「夢!?」

どうやら体が痛いのはベッドから落ちた、というのが理由らしい。

それに、汗がびっしょり。
……相当うなされてたんだろうか。

今までのことが夢だったとわかった途端、私の口からは大きなため息が出た。

……まさか、予知夢ってことはないだろうな。

でも、こんな夢を見たのは私自身に原因がある。
公園での出来事があって以来、私はなんだか気まずくて。
朝練の時間をずらし、彼が乗る電車よりも二本早くすることにした。

それからはもう、会話をする機会がなくなってしまった。

私は彼から、そして過去の自分と向き合う事から逃げている。




「今日は練習を早く終わらせるから、男バスの練習試合の応援をするぞー」

部活が始まる前の監督のこの一言を恨んだ。
最近の出来事を全て知っている佳苗に『大丈夫?』と心配されつつも、私だけ個人行動をするわけにもいかないので『大丈夫』と返事をするしかなかった。

言葉どおりに練習はすぐに終わり、それからバスケ部のコートのギャラリーへと移動する。

「大体、なんで応援なんて……」

「それはなー、他のスポーツを見ることで、ヒントが得られることもあるっちゅー理由だよ」

「どわっ!!か、監督!!」

佳苗に文句を呟いていたつもりだったのに、突然現れた監督に後ろから割り込まれて。

っていうか、いるならいるって言え!すっごいびびった!!

「そんなこともあるんですかねぇ」

「ヒントは思いがけないところに転がってるもんだぞ?」

「はぁ……」

佳苗とアイコンタクトを取ると彼女も苦笑していた。
監督に捕まってしまった今、隣で大人しくしているしかない、か。

練習試合の相手校は竜ヶ崎高校とかいうところで、強そうなのは名前だけ。
どうしてこんな弱小チームと練習試合を組んだのかが謎だ。

ウチの学校はほんとうに上手い人だらけなんだなって、今更ながら感心した。

そんな中、やっぱり私の目が追ってしまうのは神くんで。
彼のシュートはまるでネットに吸い込まれるかのように綺麗に決まっていた。
毎朝やっているシュート練習の成果が出ているんだろう。 

努力家なんだね、神くんは。

面と向かってそう言ってあげられたらよかったんだけど、今の私は神くんを避けてしまっている状況。
向こうはどうかわからないけど、それでも学校ですれ違うこともほとんどなくなっているのは事実だ。

唯一、二人だけの時間のはずだった朝。


それは、私が逃げてしまった時間。


……監督、ダメだよ。

ヒントなんてどこにも転がってないよ。

私の今の気持ちを打破するヒントなんて、どこにもない。

だって、見れば見るほど神くんのことが好きになってく。

神くんが好きって、実感しちゃう。


公園でキスされるかと思ったとき、ほんとは嬉かったのに。

『頭を冷やす』なんて言った彼の後姿を思い出すと、まるでやってはいけないことをしてしまったというように背中が語っているように見えた。
私達もう終わってるんだ、なんて、目の前の現実が叩きつけられてしまう。




練習試合の結果は、103対20でボロ勝ち。
試合が終わってからすぐにウチのバレー部は解散。

佳苗と帰ろうか、なんて話をしていた所で男バスの人たちの声が聞こえてきた。
あたしは思わず近くの壁に隠れて、その場をやりすごすことにした。
佳苗もそれに気づいてあたしに付き合ってくれている。
二人してこんなところに隠れているなんて、周りから見たら滑稽そのものだろう。

「神さん、今日絶好調だったっすねー!」

「そういうノブこそ、あれだろ、あの子が見てたからだろ?」

早く通りすぎてくれないかな、なんて思いつつ、耳は自然と会話に傾けてしまっている。

「はぁ!?あああああの子ってだだだ誰のことっすか!!」

「ん?それ、声に出して言ってもいいのかな?えーと、バレー部の沼田「わああああああああああああ!!!」

「神さん!!馬鹿!黙っててくださいよ!!!そういう神さんだって……」

「あの……」

悪いとは思っても、この場から動けるわけもなく。
二人の会話を聞きつつ『清田くんて美香子が好きみたいだね』なんて、佳苗と小声で話しをしていたら。

二人に声を掛けてきた女の子がいる。

さっきどっかで見た……ああ、竜ヶ崎のマネージャーさんだ。
マネージャーさんも二人、神くんたちも二人。
二人ずつ向かい合わせになって話をしている状態。

……なんか、嫌な予感しかしないんだけど。


ふと、今日の朝の夢が私の頭の中でフラッシュバックした。

「ん?」

「何か用か?」

「あの、試合、かっこよかったです!よかったらこれ、貰ってください!」

「わ、わたしも!これ、差し入れです!!」

二人のマネージャーが二人に差し出したのは、ちゃんと確認はできなかったけどペットボトルのようなものだった。

「っていうか、お前ら竜ヶ崎のマネだろ、相手校にこんなんやっていいのか?」

「いいんです、海南のプレイは元々憧れてたんで!」

「ほんとに凄かったです!神さんの3ポイント、鳥肌が立ちました!」

「……そういうことなら、貰っておこうかな。有難う」

「あ、神さんが貰うなら、オレも。さんきゅーな!」

二人が素直に受け取ると、女の子たちは嬉しそうにパタパタと走っていった。

そして神くん、清田くんが通り過ぎ、その他の男子バスの人達もようやく通り過ぎ。
頃合を見計らって、あたしと佳苗はへばりついていた壁から離れた。

「……真砂、大丈夫?」

佳苗に心配されるのはこれで何度目だろうか。

「大丈夫……じゃ、ない」

そう告げると佳苗はため息をついた。

神くん、モテるんだ。
そうだよね。
あんなにかっこよくて、バスケも上手くて、その上性格も良くて……これでモテない理由があるわけがないよね。

でも、嫌だった。

自分以外の女の子に神くんが笑いかけるのも

自分以外の女の子と神くんが話をするのも


凄く、嫌だった。

私、そんな事言える資格ないのに。
今、神くんの傍にいることが出来るのは私じゃないのに。

いつか、他の誰かが神くんと付き合うことになって。
私の事なんて『過去にこんなこともあったな』という単なる思い出の人物として終わってしまう。

そんなの、悲しい。

嫌だ。

悔しいよ。

ぎゅっと、唇を噛み締めた。

……泣く資格なんてないのは分かっているのに、泣きそうだよ、もう。

「あんたさ、やっぱりちゃんと気持ちを伝えたほうがいいんじゃないの?」

「……えぇ」

「だって、今の真砂を見てるともどかしいよ。好きなんでしょ?今、本当に本気で好きなんでしょ?だったらここでちゃんと伝えないとまた後悔するよ?自分で行動せずに、神くんに彼女が出来ちゃって。そんであたしに泣きつくの……許さないからね?」

「佳苗……」

佳苗の言うとおり、今は本当に本気で好きって言える。
浮ついた気持ちじゃなくて、真剣な気持ち。

だけど、自分で何度も距離をあけておいて気持ちを伝えるなんて、そんな虫のいいこと……

「『今』なんて、一瞬だよ」

親友の言葉が、胸を突き抜けた。

「自分勝手でいいじゃない、相手がどう思ってたっていいじゃない。もしダメでも、あと一年ちょっと我慢すればまた違う環境が待ってるじゃない」

「人なんて、結局自分のために生きるんだよ。結婚したら、それを相手にも分けてあげているだけでさ」

何も言えずに黙って佳苗を見ていると、次々と言葉を渡してくれた。

「そ……う、かな?」

「そうだよ。人間なんて、そんなもんだよ!」

「……」

「神くんに彼女が出来ちゃったら、悔しいんでしょ?嫌なんでしょ?だったらさ、今しかないって!」

……全くもって、私はいい親友に恵まれたと思う。

そう……だよね、傷ついたって、傷つけられたって、人間なんてダメで元々なんだから。
気にしてたら前へ進めないんだよね。

「真砂らしく、当たって砕けてこい!」

「……うん!」

私らしく。

いつのまにか、そんなこと忘れていた。

好きになって、一目惚れして、すぐに告白に移ったあの行動力。
それを今、再び思い出して。

今しか、ないんだ。

この気持ちを伝えることのできるタイミングなんて。

今を逃したらこの先一生自分の想いを伝えることはできないと自分に言い聞かせて。


佳苗に背中を押され、私はバスケ部の部室に向かって走った。

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