■ 8:縮まらない距離

電車を降りて10分くらい歩くと懐かしい風景が見えてきた。
ちょっと大きめなその公園では、小学生達がちらほらと遊んでいる。

付き合ってた期間は短くて。

デートらしいデートなんてしたことはなかった。
しいて言うならば、唯一のデートがここ。

その他は一緒に帰ったりしただけ。

そして、初めてキスをした場所でもあった。

そう考えると心臓の鼓動は鳴り止むどころか激しさを増す一方で、全く収まる様子がない。

チラリと神くんを盗み見してみたが彼は気にする様子もなく、ごく普通の態度で隣を歩いている。

意識してるのって私だけだろうか。

そもそも普通の友達になれたからといって、こんな風に二人で一緒にこの公園に来ることになるとは思ってもみなかった。

……そう、私達は普通の友達なんだ。

ようやく友達になれたんだ。

友達に《戻った》わけじゃない。

友達に《なれた》んだ。

だって、付き合う前は友達でもなんでもなかったんだから。

最初はお互い知らない人同士。

それから、恋人。

友達という関係を飛び越えて、私たちは恋人になってしまった。

そして別れた後は……、微妙な関係。

恋人という言葉は絶対に当てはまらず、友達という程仲も良くない。
単なる知り合いというに等しい。

その他に括れる言葉があるとしたら『モトカレ』と『モトカノ』。


「そこのベンチ空いてるね、ちょっと座ろうか」

「うん」

神くんに促され、指定されたベンチに座った。

相変わらず微妙な空気のまま。
何を話していいのかわからない。

神くんは、なんで私を引き止めたんだろう。

そう思っているとしばらくして神くんが口を開いた。

「……懐かしいね、ここ」

「あ〜……ほんとにね。一回だけ、ここでこうやって話したね」

昔の話を振られるとは思わなくて、当たり障りのないように言葉を探り出す。

「さっき電車で話の途中だったヤツ」

「ん?」

「変わったね、って話」

「ああ」

それから、神くんはぽつりぽつりと話始めた。

「昔さ、古賀さん、オレに告白してくれたじゃん?」

「……はい」

なんでそんな事言うんだ!と思いつつ、恥ずかしさに顔を赤くしながら相槌を入れた。

「あの時、オレはまだ子供だったよなぁ……と、思うんだ。初めて……だったんだよね、面と向かって『好き』って言ってもらえたの」

「え、そうなの?」

『まだ子供だったよなぁ』の前振りから話が繋がってない気がする。

意味がわからないまま問いかけると、神くんは困ったように笑って。

「うん。で、オレってそれで浮かれちゃったんだね、気づいたら『いいよ』って返事してた」

「……勢い?」

「はは、まあ、そうかも」

そうだったんだ。
神くんは別に私の事を知ってたわけでもなくて。
興味があったわけでもなくて。

初めてちゃんと神くんに面と向かって『好き』っていった人物が、私だったから。

だから、付き合ってくれたんだ。

「でも、誰でもよかったわけじゃないんだよ?オレにだって好みっていうものがあるしさ」

「そ、そっか」

付け加えてくれた言葉に、ちょっと安心した。

「だから『あの時のオレって子供だった』って言ったんだ、さっき。古賀さんの事知らないくせに付き合うなんて言っちゃって。確かにそのときは嬉しかったんだけど……結局ダメになっちゃったね」 

「いや、でも、それは私が……」

神くんは自分の事が子供だっていうけれど。
それはまさに私の事だと思う。

私がもっとちゃんとした考え方が出来る人だったなら、今、神くんにこんな表情をさせることなんてなかったのに。

「じゃあ、お互い様ってことにしておこうか?」

「神くん……」

お互い様なんてそんなことはない。
私が行動に出なければ、こんな微妙な関係になってしまうことはなかった。

それでもここで私が悪いんだ、なんて言っても悲劇のヒロインぶってるようにしか見えない。
少なくとも、私が第三者の目で自分を見たらそう見えてしまう。

だから私は神くんの名前を呼ぶこと以外何もできなかったんだ。



いつの間にか空には夕焼けが広がっていて、遊んでいたはずの子供達は一人残らずいなくなっていた。

「あの、さ」

「え?」

「もう一度、あの時に戻る事が出来たなら、オレ達上手くいってたかな?」

「あの時に戻るって……」

あの時って、どの『時』のことを言ってるの?と聞こうとした時。


神くんの手が私の頬を包み、そしてゆっくりと顔が近づいてきた。


え、何、これ



も、しかして……キ……キスの事……!?



うわ!!



ぎゅっと目を瞑り、思わず体がビクッと動いた。

すると神くんの手が、私の頬から滑り落ちるように離れて。
恐る恐る目を開けると、悲しげな表情の神くんが見えた。

「……ごめん、オレ、頭冷やす」

「え」

言うや否や、神くんは立ち上がり。


「時間なんて、戻せるわけがないんだよな……」


そう、一言残して。

私をこの場所に置き去りにしたまま公園から出て行ってしまった。

置いていかれたことに多少のショックを。
そして、最後に呟かれた言葉に大きなショックを受けた。

時間を戻すことができるなら、私は喜んであの時に戻すだろう。
けれど、神くんの言ったとおり時間を戻すことなんて出来るわけがない。

それならばやっぱり私の中にあるこの気持ちは、行き着く先は無くて。


──いつか、消えてしまうものなのだろうか。

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