番外編5

※これは箱に入る少し前のお話です





その日、エイルは兵団宿舎へと訪れていた。
いつもどおりエルヴィンに謁見をし、それから指定された機械の整備へと取り掛かる。
今回見に来たのは、巨人を捕獲するための装置だ。

巨人を捕獲するための装置はそんなに数が多いわけではない。
従って生産している部品も少なく、それを所持しているのは限られた人間だけである。
もちろんエイルの働いている工場というのは基本的に調査兵団直属のものになっているから、調査兵団が使用する装置の部品に関しては必ず保持していることが義務のひとつ。

エルヴィンの部下に案内された部屋まで行き、そこで整備をするようにと命じられた。

手始めに機械の様子を探ってみると、破損している部分を何箇所か発見し、早速その部分の修理に取り掛かる。

エイルは作業に没頭してしまうと時間が経つのを忘れるくらいに集中してしまう癖があり、その癖を理解しているエルヴィンは決まってその時手が空いている誰かにエイルを休憩に誘えと命じるのだ。








「エイル、捗ってるみたいだね」
「ナナバさん!」

声を掛けられればどんなに集中してようがちゃんと意識が戻ってくる。
今回も例外ではなく、エイルはドアに寄りかかりながら声を掛けたナナバに対し、嬉しそうな声で反応した。

「そろそろ休憩したほうがいいんじゃない?食堂でお茶でもしませんか、お嬢さん」
「もうそんな時間ですか……毎度のことながら、作業してると時間が流れるのが早くて……」
「ははっ、自分でもちゃんと解ってるならいいじゃないか。とりあえず、少し休憩しよう。ホラ」

言いながらナナバはエイルの手から工具を取り上げ、丁寧に置いた。
そして彼女の手を取ったのだが、エイルは手を引っ込めようとする。

「あの、今機械油とかで汚れちゃってますから……」
「そんなの洗えば落ちるでしょ。気にしないよ」

そう言ってナナバはエイルの手を離してはくれなかった。
そんなことしなくても逃げたりしないのにな、と思いつつ、エイルは素直に手を引かれることにした。





食堂に入ると他にも休憩してる人が何人か居たが、その人数は少ない。
昼や夜になれば賑わうこの食堂も、今は閑散としていた。

「エイル、なに飲む?」
「じゃあ紅茶をお願いします」
「了解」

二人で手を洗いに行ったのだが、エイルの手に触れただけのナナバよりもエイルのほうが汚れが落ち辛く、先に手を洗い終わったナナバが彼女の分まで用意してくれることになったのだ。

「はい、どうぞ」
「有難う御座います」

席に着いたと同時に、紅茶のいい匂いが鼻を掠める。
リラックス効果もあるようで、まだ仕事が終わったわけではないのだが、エイルの気分はどんどんまったりとしていった。
休憩が終わったら切り替えればいいや、と、ほのぼのとした空間でナナバと二人、お茶の時間を過ごす。

そんな二人を食堂の入り口で見てしまった人物がいた。
リヴァイだ。

見てはいけないものではないのだが、リヴァイは咄嗟に身を隠した。
なんとなく仲のいい雰囲気の二人のところへ入っていけなかったからである。
普段であれば空気など気にせず入っていくものの、エイルが柔らかく楽しそうに笑っている時間を崩したくは無い。
そう思ったから、今一歩が踏み出せなかったのである。
エルヴィンやハンジにみつかったら大笑いされること間違いナシだ。
そんな事は百も承知だったが、それでも食堂の外の壁に背中を預ける形になってしまったリヴァイ。

どうしたものか、と考える。
このまま自分の部屋に戻ってもいいのだが、折角エイルが居るのに会話もせずに戻っていくのも勿体無い気がする。
かといってやはり楽しそうな雰囲気に割り込むのも申し訳ない気もする。

ふぅ、と小さく息を吐くと、ナナバとエイルの楽しそうな笑い声が耳に入った。

……随分と楽しそうじゃねえか。

そう思ったらなんだか妬けてくる。
ナナバは元々女性の扱いが上手いから、誰に対してもあんな感じだが、それでも彼女に対する雰囲気はいつも以上に優しい。
他の男にエイルに近づいて欲しくないと思いつつも、エイルが楽しそうならばそれでもいいかとも思えてくる。

素直に言えない自分の性格を呪いたくなった。
何で俺は無口でつまらねぇ男なんだろうな。
自嘲的に笑うが、そんな事を考えてたって気分が沈んでいくだけだ。

邪魔をするつもりもないが、折角ここまで来たことだし一言挨拶だけして部屋へ戻ろう。
そう思ったリヴァイは、ようやく食堂に足を踏み入れた。

「あ!リヴァイ、こっちこっち」
「リヴァイさん!こんにちは!」

挨拶だけ、と思っていたのに、自分の予想に反して手招きをするナナバと、それに乗り気なエイル。
結局楽しい雰囲気に割り込むことになっちまったじゃねえか。
心の中でそう思いつつも、呼ばれたことに対して満更でもないリヴァイは二人の席へと近づいた。

「リヴァイさん、何飲まれますか?」
「あ?ああ……コーヒーを貰おうか」
「わかりました、今淹れてきますね!」
「ああ。頼む」

リヴァイの注文を聞き、嬉しそうに厨房へと入っていくエイル。
自分で用意しようと思っていただけに、エイルの気遣いが嬉しく感じた。
彼女の後姿を見つめていると、ナナバがリヴァイの肩をツン、と突いた。

「なんだ」
「リヴァイさ、さっきから外に居たでしょ」
「………………」
「何で知ってんだって顔してるね。気づいてないと思った?一瞬だけ、入ろうとしてるの見えちゃったんだよね」
「お前性格悪いな」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ、ありがとう」
「褒めてねえ」
「で、何で入ってこなかったの?」
「…………それも解ってて聞いてんだろが、テメェは」
「まあね、予想はついてるけど」

ははは、と笑うナナバに、リヴァイは殺意が湧いた。
本気で殺したいとは思っていないが、半殺しくらいなら許されるんじゃねえかな、などと物騒なことを考えた。

「でもさ、私達が話していた内容ってリヴァイの事だからね」
「…………は?」
「だから、リヴァイについて討論してたの。リヴァイの普段の行動とか、戦闘の時の動きとか。特に戦闘時の動きについてなんて、エイル、目を輝かせちゃってさあ。かっこいいって興奮してたよ」

ニヤニヤと自分を見ながら話すナナバの言葉は、決して悪いものではないのだが、やはり一発殴らせろ、とリヴァイは思った。なんとなくだ。

「お前は俺の何を話したんだ」
「それはエイルに聞けば?」
「………………」
「お待たせしました」

リヴァイの顔の眉間の皺が濃くなったところで、エイルがコーヒー片手に戻ってきた。
どうぞ、と目の前に置かれるカップからはほかほかと湯気があがっている。
その湯気を見つめてみたら、なんだかナナバに対抗するのも面倒臭ぇな、と思ったリヴァイ。
エイルにお礼を言い、早速コーヒーに口を付けた。

「……うまいな」
「ほんとですか?それ、リヴァイさんが好きそうだなって思って選んだんですよ。食堂にもたくさんの種類の豆が置いてあるから、ちょっと迷いました」
「そうか、有難う」

素直にお礼を言うリヴァイを見ながら、ナナバが終始ニヤニヤしていたのは言うまでもなく。
エイルが帰ったらやはりナナバを殴ってやろうと思うリヴァイであった。

それからしばし、三人で仲良くお茶して。
その姿を見たエレンとアルミンとジャンが自分達も仲間に入れてもらうかどうかを食堂の外で話合っていたことは、エイルは知らない。




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