35N


呪いの箱事件から一週間が経ち、ナナバとエイルはようやく二人きりで過ごす時間を作ることが出来た。

エイルが目を覚ましてからは、フリッグに関する対応や色んな調査に引っ張りだこで、落ち着ける時間が少なかったように思える。
最初はベッドで安静にしてるようにと命じられたが、ベッドの上は退屈なことこの上なく、監視の目を盗んでは兵団宿舎内をうろついているところを発見され、連れ戻され。
そんな事を繰り返しているうちに安静命令は解除され、それからは先に言ったとおりである。

「ほんと、ようやく二人でゆっくり出来るね」
「そうですね……この一週間、何かと忙しなかったですからねえ……」

疲れた、とでも言うように、エイルは盛大にため息を吐いた。

「ため息を吐くと幸せが逃げるって、誰かが言ってなかった?」
「そうなんですか?初耳です」
「まあ、信じてるわけでもないけど。だってこうして幸せが目の前にあるわけだし」

ニコリと笑みを浮かべるナナバの言葉の意味を理解したエイルは、顔を赤くさせた。

「おいおい、今更照れるところじゃないと思うけど?だってあんなに激しく肌を重「わー!わー!!わー!!」

言いかけたナナバの口にベシン!と両手を当てて、それを黙らせるエイル。
そんな彼女の様子をニヤニヤとしながらナナバは見つめる。

「誰も居ないわけじゃないんですから!そんな事堂々と言わないで下さい!」
「何でさ。聞かせてやればいいじゃん」
「そっ……!そのニュアンスとさっきのとはまた何か違う気がします……」
「ははっ、バレたか」

至極楽しそうに笑うナナバに、ようやくいつもどおりの日常が戻ってきたのだと実感する。
現在二人はウォール・マリアの壁の上に来ていた。
見渡せばシガンシナの町並みに活気がある様子がわかる。

「……やっぱり、シガンシナはこうやって賑わってなきゃね」
「そうですね。あの空間は静か過ぎました」
「しかも何故かシガンシナよりは規模が小さかったしな。まあ、同じ大きさであっても移動するのに疲れちゃったんだろうけど」
「うーん。たった5体の巨人と戦うのにこの広さはキツイですねえ……」
「今となっては笑い話みたいなもんか。命懸けだったっていうことを忘れそうになるよ」

この現実世界でも、巨人という敵の存在は残っている。
調査兵団にしてみれば毎回の壁外調査は命懸けなのだが、最悪怪我をしても生きている限り帰還することは可能だ。
だが、あの箱の中での失敗は死に直結するものだった。
巨人を倒すことが出来なければ、確実に一人ずつ命を落としていった筈だったのだ。

そんな箱も、壊れてしまった。
箱の主であったゼノフォンも居なくなってしまったし、もう二度とあの箱が悪用されることは無いだろう。

「まさか、私が巨人と戦うなんて……」

シガンシナの町並みを見渡しながら、そう呟いたエイルの手は少し震えているようだった。
それに気づいたナナバが、彼女の手に自分のそれを重ねる。

「戦ったんだよ。エイルも、私達も。戦って、生きて、今ここにいる」

そうだ、戦って、勝って。
そしてこうやって無事に生きて帰ってきた。
ただの整備士に戻った自分が戦うなんてことは、もうないんだ。
これからも、今までと変わらず皆の立体起動装置の整備に励む毎日が続くのだろう。
戦わずに済むのは嬉しいことのはずなのに、エイルは少しの寂しさを覚えた。

「もう戦わなくて済むと思うと安心ですけど……みんなと一緒に戦える事が出来ないんだと思うと、それはそれでちょっと寂しい気がしますね」
「私としてはエイルは安全な場所に居てくれたほうがとっても安心するんだけどな」
「でも、ナナバさんの帰りをただ待っているっていうのは落ち着かないです」
「……エイル、それさあ」
「はい?」

ひょっとして逆プロポーズされてる?と思ったナナバ。
だがすぐにエイルはそんな事を考えて言う子ではないと、考えを改める。
きっと思っていることをそのまま口に出しただけなのだろう。
そう思うと、ナナバの頬が緩んで仕方なかった。

「……ううん、なんでもない。じゃあさ、私からひとつ提案があるんだけど」
「なんですか?」
「壁外調査から帰ってきたら真っ先に私の安否をエイルが知れるようにしたらいいんじゃないかな」
「ナナバさんの安否確認を真っ先に出来るっていうのは嬉しいですけど……一介の整備士にそれはなかなか難しくありませんか?」
「だから、一介の整備士じゃなくなればいいんだって」
「んん?」
「エイル、私のお嫁さんになってよ」
「……は、」

エイルの返事を待たずに、ナナバは彼女の唇を奪った。
他の人が見てるかもしれないのに!という檄が飛んでくるかと思われたが、エイルは俯き黙ったまま身体を震わせた。
その様子を不審に思ったナナバが彼女の顔を覗き込めば、その目からはボロボロと涙が零れている。
慌てて自分の袖で涙を拭ってやるが、拭っても拭ってもエイルは次々と涙を流し続けた。

「……イヤ、だったかな」

少し落ち込み気味のナナバの言葉に、エイルはふるふると首を振る。

「……れ、しいんです。ナナバさんがそうやって言ってくれたことが、私は嬉しくて……」
「!」

無理やり笑顔を作ろうとする彼女を、ナナバは自分の腕の中に閉じ込めた。
出来ることなら今すぐ押し倒したい気分だったが、曲がりなりにもここは壁上。
昂ぶる気持ちをぐっと堪え、エイルの身体をただひたすらに強く抱き締める。

「じゃあ、改めて言うよ」

腕の中で頷いたエイル。
ナナバはそんな彼女の耳元で、優しく囁いた。

「エイル、私と結婚してください」

そして、それを受けた彼女もまた、涙声ながらもナナバへと言葉を返す。

「喜んで……!」






その日、ナナバとエイルが婚約したという情報は瞬く間に調査兵団内とエイルの所属している工場内へと広まった。


――二人の結婚式が見られるのは、そう遠くない未来の事。





END




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