34
――エイルが、ゼノフォンに飲み込まれた。
そう思ったのも束の間、大型巨人となったゼノフォンの口から大量の光が溢れて。
その口がカパッと開いたと思えば、あっという間に空間が光に包み込まれる。
三人が最後に見たのは、そんな光景だった。
調査兵団宿舎の一室に、二つの人影があった。
調査兵団直属の整備士がベッドに横たわり、その付近で会話をしている二人の男性。
それはエルヴィンとリヴァイだった。
「エイルは、まだ目を覚まさないのか」
「ああ……医療班によると身体に目立った外傷等は無く、普通に健康体と変わらないというのだが……彼女も心配だが……リヴァイ、お前はどうなんだ?」
「俺はどこも悪くねえ」
「そうか、いらぬ心配のようだな。箱の中で起こっていた出来事は一応把握できたつもりだが……最後、一体何が起こったんだ」
「あいつが口に飛び込んでったところまでは見たんだ。それからどうなったのか……俺達にはわからない」
まさか、このまま目覚めないなんて事はないだろうな。
そんな嫌な考えが、二人の頭をよぎる。
五日前、箱から大量の光が漏れたと思ったらその次の瞬間勢い良く蓋が開いた。
箱はそれと同時に壊れてしまった。
エルヴィンが眩しさに目を開けていられずぎゅっと瞑ると、その時人の気配を感じた。
それも、複数人の。
倒れている彼らに気づいたエルヴィンは即座に医療班を呼び、応急処置を施すように命じた。
アルミンとジャンが目を覚ましたのがその当日の事、リヴァイ、ナナバ、エレンの三人が目を覚ましたのが三日前。
そしてエイルだけが未だに目覚めないままだった。
アルミンとジャンはエナジーを分け与えたレベルの疲労だったので、回復が早かったのかもしれない。
他の三人は黒い球体に包まれて体力を消費していたために目覚めるのが少し遅くなったのだろう。
そう考えると、エイルは最後にゼノフォンと戦うことで大量に力を消費してしまったのだろうか。
だからまだ目覚めることが出来ないのだろうか。
――相打ち、等という事になっていなければの話だが。
エルヴィンは小さなため息を吐くと、リヴァイに向き直った。
「とりあえず今しばらく様子を見るしかなさそうだな。出来ることならお前達の中の誰かが傍に居てやるのがいいだろう」
「ああ、言われなくともそうするつもりだ」
言いながらリヴァイは踵を返し、残りの四人が待機しているであろう部屋へと向かった。
暖かい光に包まれて、ふわふわした感覚がする。
薄っすらと意識が浮上し、エイルはゆっくりと目を開けた。
ここは、どこなのだろうか。
ゼノフォンの口の中に飛び込んで、そこで全部の力を放出して。
キョロキョロと辺りを見渡しても、白い雲が散らばったような空間が続いているだけで、周りに人が居る気配はない。
一緒に箱に吸い込まれたみんなはどこに居るんだろう、と探してみても、見つからない。
一番会いたい人の顔が、頭に浮かぶ。
彼は無事なのだろうか。
もしかして、私……死んだのかな。
ゼノフォンを倒すことが出来たのか、そうじゃないのか。
それすらも解らなかった。
もしあれで倒せてないのだとしたら、みんなを巻き込んだことになる。
早く確認したいと焦燥感が増すが、その確認する術すら思いつかない。
どうしよう、どうすればいいんだろう。
手足を軽く動かしてみると、幸いなことに身体は問題なく動くようだ。
ひとまず何か無いか、ここから動いてみよう。
そう思ったエイルは立ち上がり、その場から移動することにした。
しばらく白い雲の中を歩く。
だが、歩いているという感覚とはちょっと違った。
足が地に着いているという感じがしないのだ。
ということはやはりここは自分が生きていた世界ではないのだろうか。
再びそう思い始めたとき、雲の向こうに人影が見えた。
「!」
誰でもいい、誰かこの状況がわかる人が居れば……!
そんな希望を抱き、エイルはその人影へと走り寄る。
「やあ、また会いましたね」
「っ!!」
ようやく人の形がハッキリわかった時点で、エイルは足をピタリと止めた。
そして戦闘態勢の構えをとろうとするが、現在の自分が丸腰だということに気づき、見様見真似でファイティングポーズをとる。
「ゼノフォン……!」
「心配要りませんよ、今の私に戦う力などありません。それに、あなた方は勝利したのですから」
「え、」
「あなたは私に勝ったのです」
「……本当……に……?」
「ええ。ですから、今頃他のみなさんは元の生活に戻っている頃ではないでしょうかねえ」
ゼノフォンの言葉を聞いて、エイルは心底安堵した。
そうか、みんな、生きてるんだ。
だとしたら自分は何でこんなところに居るんだろう、という考えは今のエイルの頭からは抜けていた。
自分よりもみんなが無事だったことが、何よりの吉報である。
そして、愛する人が生きていたという事実は、エイルの涙腺を弱くさせた。
安心しすぎて泣きそうな顔のエイルに、もうひとつの人影が近寄る。
「ゼノフォンが迷惑かけたな」
「!?」
その人物がエイルの肩に手を置くと、彼女はビクッとした。
突然知らない人物、ましてやこの空間にもうひとり人が居るとは思っていなかったからだ。
「迷惑?お世話になったの間違いではないですか」
「うるさい、お前がこんな箱なんか作らなければエイルはこんな目に逢うこともなかったんだろ」
「完成させたのは私ではないんですけどねえ……」
「ん?どうしたエイル、何でそんな顔をしてるんだ」
ゼノフォンと会話をしているその人を見て、何故だか妙な安堵感を覚えたエイルは、まさかという顔で彼を見ていた。
「ああ、オレはアンヘル。アンヘル・アールトネン。お前の先祖だと言えばわかるか?」
「あなたがアンヘル……私の、ご先祖様……」
「エイル、オレはオレの子孫が立派に育ってくれて嬉しく思うよ」
ニコリと微笑み、アンヘルはエイルの頭をゆっくりと撫でた。
「エイル……やはりあなたはアンヘルの子孫だったのですね。道理で似てると思いましたよ。…………早く、目を覚ましなさい。大切な人が待っているのでしょう?」
「おお、そうだ。何時まで経っても目を覚まさないからオレ達が来たんだったな」
「……目を覚まさない、って?どういうことですか?」
「お前達は呪いの箱の試練をクリアして外の世界に出ることができたんだけどさ。エイル、お前だけ何でか眠ったままらしいぞ」
「力を使いすぎてしまったんでしょうね。私は強敵だったみたいですから」
「自分で言うなよ。つまり、オレが力を分けてやるから早く目覚めろよってことだ」
「力って……ご先祖様にも属性の力があるんですか?」
「いや、子孫であるお前に光の力があるってことは、オレにもあるだろうという勝手な解釈」
「それについては私も保証しますよ。あなたとアンヘルの姿を重ねたのは事実ですから」
「理由はなんでもいいんだ。お前が箱の試練をクリアしたことでオレ達は解放されたんだよ。……もう逝くからさ……最後に手助けをしに来たんだ」
「まさかアンヘルまで成仏できてないとは思いませんでしたけどねえ」
「ゼノフォンの思いが強すぎたんだろ。オレだって今の今までまさかと思ってたよ」
ゼノフォンとアンヘルは、決して仲が良かったというわけではない。
ただ同じ目的を持ち、一緒に立体起動装置を作り上げたという同志である。
しかし、彼らが生きたと実感できるのがその時代だったのだろう。
だから、お互いに対する思いが強かったのかもしれない。
日常のような言い合いをしながら、アンヘルとゼノフォンはエイルの手を握った。
「何でゼノフォン、お前まで」
「私の力も少しくらいは足しになるんじゃないかと思いましてね」
「反する属性の癖に?」
「まあ、気持ちの問題ですから。というわけでエイル、本当にあなたには感謝しています。お世話になりました」
「これからも強く生きろよ、色んな発明するんだぞ!」
「!」
二人の言葉に対し、エイルが返事を返すことは無かった。
何故なら、その前に彼女の視界が光に包まれたからである。
呪いの箱に吸い込まれた時と同様に、強い光が視界を遮る。
眩しさに手を翳せば、誰かの呼ぶ声が聞こえた。
リヴァイの声が聞こえた→35L
ナナバの声が聞こえた→35N
エレンの声が聞こえた→35E