31

行為を経た後、幸せの余韻に浸りながらすぐに眠りについてしまったエイルとその相手。
目を覚ました直後にはお互いに少しの気だるさを感じていたが、次のターンが始まればそれも取れるだろうと思い、支度に取り掛かる。
その際交わす会話はごく普通のものだった。
今から最後の戦いに挑むというのに浮ついてなどいられないからだ。
お互いそれは解っているので、きっちり気持ちの切り替えを行った。



再びの異変に気づいたのは、部屋から出てすぐのことだった。

「夜が明けないんだ。ずっと暗いままで……」
「最後のターンが始まれば明るくなるとか、そんなんじゃねえのか」
「そうだといいんだけど……」
「アルミン、ジャン、おはよう」
「おはようエイル」
「おう、エイル」

ダイニングで話している二人に近づくと、神妙な顔で挨拶を返される。
その理由は話を聞かなくてもすぐにわかった。
いつまで経っても外が暗いままなのだ。
ゼノフォンは夜はゆっくり休めると言った。
だが、考えてみれば夜が明けるなどと一言も言わなかった。

「つまり、この暗闇の中で戦う可能性が高いということか」

次いで現れたリヴァイ。そしてナナバとエレン。
三人も部屋からでてすぐこの異変に気がついたようだ。
異変といえども夜になった時点で異変が起きていたのだが、この状況が続くということが更なる異変である。
暗い中で戦うのは巨人の行動制限がどうなるかによって、こちらがだいぶ不利な状況となる。

「エイル、立体起動装置に変化はあったのかい?」
「まだ……無さそうですね」
「っていうことはターン開始までは解らないってことだね」
「そのようだな」

どんなに考えていても、最後のターンはやってくる。
時計を見ればあと1時間もない。
早々に食事を済ませて、それぞれ戦闘態勢に入るために気持ちを集中させた。
自分が一番想っている人との気持ちが通じて、つかの間の幸せを手に入れたエイルだったが、本当の幸せはここから外に出なければ訪れることは無い。
そう思っているのは彼女の相手も同じことで、絶対にここから脱出してやるという気持ちが強くなっていく。





そしていよいよ最後のターン開始の鐘が鳴る。


「……結局空は暗いまま、か」
「とりあえず外に出てみないことには何も解らんな……おいナナバ、俺達で様子を見に行くぞ」
「了解!」
「お前達はしばらく待機してろ」
「で、でも!鐘が鳴ったということは既に巨人が出現してるっていうことですよね」
「エレン、俺達は弱くない。交戦したとしても属性付きの大型巨人以外だったら暗闇とて問題はないだろう」

そんなリヴァイの言葉にナナバは私はちょっと不安だけどね、などと思っていたが、新兵を前にしてそんな事を口に出せるはずもなかった。
軽く言い放ってしまえば良かったのだが、エイルに心配を掛けたくは無い。

「あ、の。私一緒に行きます」
「エイル!?おま……え……!」
「見てください、これ」

エレンが慌てて名前を呼ぶも、これ、と差し出された彼女の立体起動装置を見て言葉を飲み込んだ。

「鐘が鳴ったと同時に淡く光り始めたんです。もしかしたら属性に関係してるのかもしれません」
「……光……、そうか、エイル!文字は浮かんでない?」
「え?ああ、文字……ある!あるよ!」

アルミンに促されて装置を見れば、そこには『光』の文字が浮かんでいた。

「つまりエイルの属性は光で、そのステージの演出とした結果がこれか」

リヴァイが外を指しながら言えば、全員が納得したように頷く。
光の属性なら暗闇がないとそれが活きることはない。
その為のステージとして夜が訪れたのだ。

「強く願えばより一層強く光るのか?」
「うん、やってみる」

ジャンの問いかけに頭の中でイメージしてみれば、パァッと周囲が明るくなる。
ただ、装置を直視してしまうと視力を奪われてしまいそうだったのでそこを除けば外に出てもそこそこの範囲を照らす事が可能だといえる。

結局のところこの呪いの箱というものは、箱を開けた人物を呪うというのが大元の目的だ。
周囲にいた人物が巻き込まれてしまったというのはただのオプションにしか過ぎない。
いわば前座のようなもの。
箱を開けた人物がメインとして戦わなければいけない事は必須事項、決められていた設定のうちの一番最初のことだった。
そんな中不運にも――一概に不運という言葉では片付けられないが――箱を開けてしまったのがエイル。
そう、これは箱から出るために課せられた彼女、エイルへの試練なのである。

当然それまでの前座に当たる戦いだって属性を上手く駆使して行わなければならなかったが、同様に呪いの箱に吸い込まれた大半の人々はその過程の中で命を失っていった。
フリッグの父親もその一人だった。
彼は本当に偶然その箱を手にしてしまったのだ。
呪いの箱とは知らずにその蓋を開け、周囲にいた人々を巻き込み、その全てが還らぬ人となった。
ただしその事柄は公にはされていない。
何故なら呪いが本物だと証明できる人が居なかったからだ。

つまり、この箱を攻略できた人物が居なかったということ。

だから公になりようがなかった。
フリッグの父親のように呪いの箱に吸い込まれて命を失った人達は、謎の失踪という形で受理された。
この世界ではそういう事があってもおかしくはない。
また、自らその箱の謎を解こうと名乗り出る者も居なかったため、その所在は不明となってしまったのだ。
大切に保管されるわけでもなく、最後に箱を開いてしまったフリッグの家の倉庫に眠っていた。
それを彼女が発見してしまったのが事の始まりだった。

昔の文献に記されていたのは、ゼノフォンや完成させた人物の手記が発見されたからではないのだろうか。
だがそれも完全な形とは言えず、部分的なものが見つかったのだろう。
いわばほんの少しの資料から推測される事柄が述べられているだけだ。
だから誰も詳細を知ることは叶わなかった。

だが、今のエイルには自分に箱が渡ったのは誰が原因なのか、等と考えている余裕はなかった。
寧ろそんなことはひとカケラも考えていない。
そんなことは箱から出てから解れば良い事であって、今はここから出ることが一番だ。

「これだけの明かりがあったとしても、全員で行動するのは避けたほうが懸命だな。照らせる範囲がまだ少ない。六人で行動するには足りないだろ、ああ、エイルを責めてるわけじゃなく、ね」
「いえ、いいんです。確かにこの程度じゃ前回の奇行種みたいなのが現れた場合、全員で散らばってしまったらそれこそ危険だと思います」
「ということはやはり俺とナナバ、それからエイル。最初はこの三人で様子見してくるのがベストだと思うが」
「あの!!オレも連れてって下さい!」

エレンが必死に志願するのをリヴァイが一瞥する。
それからエイルに視線を移せば困惑の表情を浮かべていた。
だが、ゆっくりと口を開いて出てきた言葉は否定ではなく。

「エレン、一緒に行こう」
「!ああ、有難うエイル!!」

リヴァイはそのやりとりにため息を吐きたくなった。
だが彼女の意見を尊重してやりたかったもの事実だ。
これは遊びではない。
そんな事は解り切っていたが、生死を賭けたこの戦いには少しでも戦力が必要であることは間違いない。
何が正解等とは一概に言えることではない。

ジャンとアルミンはどうするのだろうか。
二人に目をやれば、二人とも深く思慮しているようだった。

「僕は……ここに残ります。明かりが届く範囲が少ないのは事実だし、この中で一番戦力が低いのは僕だ。だから万が一……は、ないと思いますけど、万が一みんなが傷ついて戻ってきたときには僕のエナジーが役に立つように、待機してます」
「……オレも一緒に残るぜ、アルミン。一人分のエナジーじゃ心許ないだろうからな。エイルを傍で守ってやりたいという気持ちはあるが……それはリヴァイ兵長とナナバさんとエレンが果たしてくれんだろ」

言いながら三人の表情を伺えば、力強い視線が返ってくるだけだった。
エイルはそんなジャンとアルミンに対して有難うと呟く。
世の中には適材適所という言葉がある。
まさに今それが適応された、と言ったところだろうか。

「だが、エイルが傷ついて帰ってきたときには三人とも許さねえからな」

上司に向けての言葉だというのに、ジャンの声は震えながらも正直に伝えた。
本来ならば自分も参加したいのだ。
でも、それは自分の役割ではない。
悔しさを噛み締めたようなジャンの言葉に、三人は何を思ったのだろうか。
リヴァイがジャンの肩に手を当てると、真正面から視線をぶつけた。

「信じて待ってろ」

カッコ良すぎだろ、兵長。
そう思ったジャンは、強張っていた肩の力を抜いた。

「絶対にエイルは守ってみせる」
「この命に代えてもな!」
「いや、命に代えちゃったらダメだよエレン。私は全員で無事に脱出することを考えているんだからね!」
「ははっ、ナナバさんの言うとおりだよエレン。エレンだって傷ついて帰ってきたら僕が許さないや」
「……ああ。わかった、悪かったよ」

軽く笑い合っていると、そろそろ行くぞと声が掛かる。

先頭にはリヴァイ、そのすぐ後ろにエイル。
最後尾にはナナバとエレンが並ぶ形を取りながら、ジャンとアルミンの視線を背中に闇夜の空へと飛び出していった。




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