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彼女がその箱を手にしたのは、たった30分前の事だった。



「おはようございます、修理品を届けに来ましたー!」

機械を乗せた台車をガラガラと押しながら、部屋の扉を叩く。

ダボついたつなぎの作業服に、すす汚れた頬。
眉毛が隠れるほど深く被った帽子はエイルのいつものスタイルだった。

エイルは調査兵団直属の整備士をしていた。
その仕事に就いたのは二年前で、それまでは地元の工場で働いていた。
ウォールマリア内の、シガンシナ区にある工場だ。

彼女の先祖はかの有名なアンヘル・アールトネン。
立体起動装置を作り上げ、人類で最初に巨人を倒した人物で、後世にその名を残している。
アンヘルが誰と結婚したかは不明だが、その血を継いだ者は代々兵団直属の整備士として仕えてきた。
二年前までは彼女の父が勤めていたこの職場だったが、そろそろ世代交代ということでエイルに回ってきたのだ。

「ああ、おはようエイル。毎朝ご苦労様」
「ナナバさん、おはようございます。今日は部屋の掃除をしてるんですか?」

扉を開けて、ニッコリ微笑んで挨拶してくれるナナバの後ろを見れば、そこにはエレンとジャンの姿もあった。
何処となしにバツの悪そうな顔をしているので、何か悪い事でもしたに違いない。

「この二人、また喧嘩してさあ。それがリヴァイに見つかって、罰としてこの部屋の掃除を言いつけられたってわけ。私はその見張りってとこだね」
「お前が悪いんだからな、エレン」
「ジャンの方こそ、そうやって自分を棚に上げるの直せよ」
「コラ、もう喧嘩するんじゃないよ。今リヴァイに見つかったら怒られるのは二人だけじゃないんだからね。私を巻き添えにしないで欲しいな」
「ナナバさん……心中お察しします」

わかってくれるか、エイルは優しいなあ。とエイルの頭を撫でるナナバ。
その後ろではエレンとジャンがエイルをじっと見つめていた。

「そうだ!エイル、どうせこの後暇だろ?手伝っていけよ、なっ!」

名案だ!と言わんばかりにジャンがそう言った。

「ええ!?何で勝手に暇だと決め付けるの」
「用事あるのか?」
「…………ないけど」
「じゃあいいじゃねえか」
「ていうかさっきまで喧嘩してたくせに、なんでこういう時ばっかり結託するのさ」
「利害の一致ってヤツだな、なあエレン」
「まー、そういうこと」

そういうこと、じゃないよ。
エイルは胸中で思ったが、この二人が喧嘩するよりマシか、と思い直して渋々ながらも部屋の片づけを手伝う事にした。

しばらく片づけを進めると、ナナバが休憩にしようと提案した。
その言葉を聞いた全員手を止め、エレンとジャンに至っては慣れない事をしている所為か深い溜息を吐いて。
ナナバは監視役の筈なのに、二人を注意しながらも手伝ってくれていた。
エイルは、そんなナナバを見ながらエレンとジャンも見習ったらいいのに、と思った。

「じゃあエレン、その戸棚からティーセット出してくれる?」
「ここですね、わかりました」

エレンからエイルがティーセットを受け取り、自らお茶係に名乗り出た。
ひとりだけ女性なのに、男性にお茶を淹れてもらうのは忍びないと思ったからだ。

お湯を沸かし、カップに注ごうとした時。
扉からアルミンがひょこっと顔を出した。
中をキョロキョロと見渡してる辺り、誰かを探してるようだった。

「あれ?アルミン、どうしたんだ」
「ちょっと探し人を……あ、やっぱりここに居た!エイル、お届け物だよ」

ジャンの問いに答えたアルミンは片手に箱のようなものを持ち、エイルに近づいた。
エイルがそれに気づくと、その箱をアルミンから受け取って、テーブルの隅に置く。

「ありがとう、アルミン。でも何でここに?お届け物ならいつも工場に届くのに」
「わからないけど……配達の人が至急本人に届けたかったらしくて。兵団宿舎の入り口で困ってる様子だったから声を掛けてみたら、そういう理由だったんだよ」
「もしかしたら急いでエイルに修理して欲しいものとかじゃないのか。開けてみないことにはわかんないんだろうけど」

エレンはアルミンの後ろから顔を覗かせて、その箱をジロジロと眺めている。

「ああ、緊急性のあるものか……だったら厄介だな。とりあえずここで確認してもいい?ですか?」

アルミン、エレン、ジャンを見て、最後にナナバに確認を取る。

「別に構わないよ。私も何が入ってるのか気になるしね」
「ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えて……」

包みを丁寧に取り除き、その箱を開けようとしたその時、新たに部屋に入ってきた人物が居た。
リヴァイ兵長だ。

「あ、兵長!お疲れ様です!」
「「「お疲れ様です!」」」

それにいち早く気づいたジャンが敬礼をし、他の三人も続いて敬礼をする。
エイルは兵団員というわけではないので、ペコリと頭を下げて挨拶をした。
その間も、エイルの手は箱を開ける行為を止めなかった。

そして、蓋が開ききったその瞬間。

「わあ!?」

突然の眩しい光に視覚を奪われ、思わず自分の両目を塞ぐ。
一瞬、爆発でもしたかのような光。
部屋全体がそれに飲み込まれてしまったのである。

「何だ!一体何が起こったんだ!」
「すげえ眩しかったぞ今の!」
「お前ら、落ち着け」

慌てふためくジャンとエレンの声に、リヴァイが冷静な対応をする。
そのリヴァイですら目は見えてないのだが、熟練の勘で今は直接的な危険はないと踏んだのだろう。
ナナバとアルミンも、声には出さないでいるが内心焦っていたのでリヴァイの声でハッとなった。



次第に、光が弱まっていく。
ようやく瞼の外側から明るさを感じなくなり、全員がゆっくり目を開くと、そこはさっきまで居た部屋とは全く別の場所だった。




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