17

ジャンの鼻血事件は、エイルとジャン以外は誰も知ることのない話となった。
起きて床に突っ伏している彼を発見した時には自分が蹴落としたかと思ったくらいだ。
慌てて仰向けに起こそうとすれば、近くに血のついたティッシュを発見したエイルはサァッと青くなった。
もしやジャンに何かあったのでは、と必死で起こすエイルだったが、正しい理由は知らない方が本人の為である。






「よし、準備は出来たか」
「「「はい!」」」
「ようやく3ターン目か……まだ後半分あると思うと、さっさと片付けたくなるよね」
「全くだ。12時間とか抜かしてねぇでさっさと全部纏めてかかってくればいいものを」
「いや、それに対応できるのはリヴァイだけだと思うよ」
「私もそんなのいっぱい来たら絶対食べられちゃいます……」

エイルは考えただけで恐ろしくなった。
一体ずつ向き合っていても怖いものは怖い。
たとえ周囲に頼りになる人たちが居たとしても、怖いという気持ちだけは拭えない。
ミスだけは許されない、絶対に。
そう思いながら拳を握り締めた。

「おいエイル、あんまり気負うなよ。血が出るぞ」

エレンがエイルの手に自分の手を乗せると、エイルの力が少しだけ弱まった。
他人の体温に触れると安心するから人間って不思議だ。

「うん、だいじょうぶ」
「おう」

エイルの表情を見てエレンも大丈夫と思ったのか、再び前を向いた。

「今回はナナバ、アルミン、ジャンの3人をメインとする。エイルは前回に引き続き最初の戦闘に加わってくれ」

次の大型巨人が狙ってくる可能性が高いのが、ナナバとアルミンとジャン。
最初に上手いこと囮になれれば儲けモノだ。

みんなが頷くと、ナナバを筆頭にスタート地点へと向かって走り出した。
スタート地点は常にウォール・マリアの門。
最初にここから入ってくることは間違いではなさそうだ、という話し合いの結果により、そこをゲームのスタート地点と決めた。

ナナバが先頭で、その後ろにエイル、アルミン、ジャン、エレン、リヴァイの順で駆け抜けていく。
途中から立体起動に移り、更に速度を上げた。

アルミンはエイルの姿を後ろから見て、こんな風に付いてこれるなんて凄いや、と思っていた。
普通の整備士だったら立体起動装置を使えるようになろうなんて思わないだろう。
整備をしていればお金も入ってくるし、戦う必要なんて一切ないのだから。
みんな、自分の命が一番大事なのだ。
それに引き換え彼女は立体起動装置を使う人の事まで考えながら仕事をしている。
いや、もちろん他の整備士達も使う人の事は考えながら整備してくれてると思いたい。
彼女は特別なのだ。
彼女だけが、身をもってそれを知ろうとする。
そんな強いエイルが眩しく見えた。
だが、その背中は余りにも小さい。

……しっかりしなくちゃ。僕はエイルよりも強いはずなんだから。

アルミンは強い眼差しで前を向いた。

「一体目、来てるぞ!エイル!」
「はい!行きます!」

ナナバの声に反応し、エイルは速度を緩めたナナバを追い越した。
そして門から入ってきた3m級の巨人に向かっていく。
門へと狙いを定めてアンカーを打ち出し、巨人の背後に回る。
そして思い切り刀を振り下ろした。

「いいぞエイル!3m級はもう問題ないな!」
「ありがとエレン!」
「最終的には大型巨人と対面しなきゃなんねえしな……よし、今回は5、7級は俺とエレンで処理をする。エイルは10m級に備えてシュミレーションしておけ。その際も俺とエレンで援護するから案ずる事はない!」
「「はい!」」

エレンとエイルの返事が重なった。
エレンは不謹慎ながらもそれを嬉しく感じていた。
些細なことだが、エイルと同じという事だけで幸せな気持ちになれる。
それだけ、エレンの心はエイルに持っていかれてるのだ。

「ナナバとジャンとアルミンは大型巨人に備えて動けるようにしておけよ」
「了解!」
「「はい!」」

返事が返ってきたことを確認し、リヴァイはエレンにアイコンタクトを送った。
差し当たり『しっかり付いて来いよ』といったところだろうか。
エレンは頷き返すと、先に飛び出したリヴァイの背中を追った。
入ってきた5m級の巨人をリヴァイが倒すと、次に入ってくる7m級の巨人はエレンがやれ、とまたもや目だけで合図をする。
調査兵団は戦闘に関してはなかなか意思の疎通が取れているようで、エレンはリヴァイの指示通りにもうすぐ来るであろう7m級に備えた。

一瞬足を滑らせ、見ている側がヒヤッとしたものの、7m級も無事に撃破。
次はエイルが10m級を倒す番だった。

「エイル、来い!」
「はい!」

リヴァイに叫ばれ、エイルは二人の方――門へと近づく。
様子を伺いながらも待ち構えていると、のっそりと姿を現した10m級の巨人。
エイルは怖気づきそうになったが、ぐっと堪えてその巨人の背後へと回る。
門から入ってきた時に叩いてしまえば、大型巨人以外であれば簡単に終わる。
極力負傷を避けるために入ってきたらすぐに殺る、というのが最早暗黙の了解となっていた。

エイルが背中にアンカーを突き刺し、距離を詰めようとすると突然巨人が身体を振り回し始めた。
その勢いの良さに、エイルは耐え切れず吹き飛ばされてしまう。

「エイル!!」
「マズイな、あれは奇行種か!」

エレンとリヴァイが援護に回るが、それよりも巨人がエイルを掴む方が早かった。
そして、あんぐりと口を大きく広げて上から飲み込もうとする。

「!ッや、」
「「「「「エイル!!」」」」」

ゴクリ、と喉を鳴らす巨人。
言葉を発する暇もなくあっという間に飲み込まれてしまったエイル。
その光景に、一瞬時が止まったかのようだった。


守るって言ったのに。


誰もがそう悔やみ、絶望した。


だが飲み込まれたからと言って直ぐに死ぬわけではない。
リヴァイはいち早く我に返り、エイルを飲み込んでしまった巨人の背後に回る。
ひとり飲み込んだことで満足したのか、その巨人は動く様子がなかった。
その隙を狙って、リヴァイは10m級の項を削いだ。

普段戦っている巨人であれば、丸飲みなど珍しいほうだ。
骨はバキバキに砕かれ、胴体は両断されてしまうことも多々ある。
今回外の世界と違う点はゼノフォンのせめてもの救済措置なのだろうか。
すぐに死んでしまったらゲームとして成り立たないと?
理由はどうであれ、今はそのシステムであってよかった、と感じている。

倒れた巨人は蒸発し、その場所には力なく倒れているエイルの姿が見えると即座に全員で駆け寄る。

「エイル!エイル、生きてるか!」

呼びかけながらエレンが近づこうとするが、それをリヴァイが手で制した。
そして、何も言わずにエイルを抱き起こし、静かに唇を押し当てた。

「「「「!」」」」

そうか、目覚めの口付けだ。
気づいた時にはそれをリヴァイが実行していた。
エレンは先を越された悔しさに己の唇を噛み締める。
同時に自分がもっと近くにいれば、エイルは守れたんだと後悔した。

ナナバとアルミンとジャンはその光景を黙ってみつめていた。
それぞれが何を考えてるかはわからないが、エイルが生きててくれればそれでいい。
ただそう願うばかりだった。

「……ん、」
「!」

最初は無反応だったが、エイルの身体がピクリと動く。
そしてまるで水を求めるかのようにリヴァイの唇を求め始めた。
これにはリヴァイ以外の全員が割り込みたかったが、途中で止めてしまうとエイルは回復できないかもしれないと思うとその場で地団駄を踏みたい気分だった。




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