逆鳥警報 | ナノ


ギシ、ギシ、と音が聞こえる。
小さい部屋だからそれなりに煩くて、目が覚めた。

寝たままの体勢で音のほうに目を向けると、そこではリヴァイが腹筋をしていた。

「……おはようございます、リヴァイさん」
「ああ、おはよう」

腹筋しながらもちゃんと挨拶には答えてくれる。
変なの。

ゆっくり身体を起こし、再び声を掛けてみた。

「あの、朝から何してるんですか?」
「見りゃ分かるだろ、筋トレだ」
「見りゃ分かりますけど」
「これは俺の習慣みたいなモンだ、気にすんな」

気にすんな、と言われましても。
時計を見ればまだ朝の5時である。
そんな時間からギシギシ音を立てられたんじゃゆっくり寝られやしない。
これも一週間の辛抱なのか……あと6日、諦めるか。

「リヴァイさんは努力家なんですね」
「何故そう思う」
「いや、だって。異世界に来てまで身体をしっかり保とうとしてるから」
「そんなのは当然の事だ。異世界に来たからといって怠けた身体で向こうに帰れるか。そんな状態で巨人にでも出会ってみろ、人類最強の名が泣くだろう」

人類最強。
自分でもそう言えちゃうほど強いってことなんだろうけど、リヴァイはそれを苦とも思わないのだろうか。
人類最強ってことは、リヴァイが出来ない事は誰にも出来ないっていう風にも捕らえられる。
それって……簡単な言葉でしか言えないけど、プレッシャーにならないのかな。

「何ならお前も一緒にやるか?」
「いや、滅相も無い。朝からそんな元気ないです」
「…………まあ、そうだな」

何に対しての「そうだな」なのか、良くわからなかった。
話が噛み合ってるようで噛み合ってない気がする。
リヴァイの考えてる事は、私よりもはるかに大きな事なんだろうなあ。

いい加減私もベッドから降りよう。



「朝ご飯は何時頃がいいです?」
「これからその辺を走ってくる。それが終わったら……そうだな、大体一時間後位か」
「わかりました、じゃあ一時間後に食べれるよう準備しておきますね」

笑顔でそう言ったつもりが、リヴァイには変な顔をされた。
何だろう、何がいけなかったのか。

わかった、とだけ呟いて、彼はさっさと外に出て行ってしまった。



















朝起きて、いつもと違う天井が視界に入ってきた。
まず布団から出て、それから自分の状況を頭の中で整理した。

……そうだ、ここは俺達の世界ではないのだった。

こんなに良い睡眠が取れたのは久方ぶりだ。
ベッドほどではないが、この布団も異様に寝心地が良かった。
一体何の材質なんだろうか。

ふとベッドを見れば、幸せそうに眠っている弥生の顔。
近寄ってみるが、それでも起きる気配はない。

…………こんなに無防備に寝れるもんなのか。

この世界ではこれが普通なのか。

不意に、仲間達の顔が脳裏に浮びあがった。

異世界に行ってから帰るまで、向こうの世界で経過する時間はたったの一日だった。
だが、それでも一刻も早くあの世界に帰りたいという感情が湧き上がって来た。

一時は楽しめそうだと思ったりもしたが、やはりそんな考えは違っていたようだ。

コイツの幸せそうな顔を見ると、何だか胸の辺りがザワつく。
気分が悪い。
普通に装ってはみたものの、昨日も何度か同じ感覚に陥った。

同じ人間なのに、何故こうも違う。
こんなにも簡単に異世界に行けるというのならば、俺達の世界の人類は誰だってこの世界を望むだろう。
数々の故郷も、簡単に手放して。
当然だ、巨人に怯えることなく過ごせるのだから。
どちらかを選べと言われたら、誰もがこの新天地を選ぶ。

しかし、その為にはどうしたらいいかなどと考えても分かるはずが無かった。
自分がどうやってここに来たかも理解できてないのだから。

考えても分からないときは、気分転換をするに限る。
普段ならば気分転換になるようなものも無かったりするが、この世界ではゆっくりとした時間が取れる……というよりも、時間を持て余してしまいそうだ。


しばらく腕立てや腹筋を続けていると、弥生が目を覚ました。

挨拶と、それに加えて二、三言会話を続ける。

コイツは、今日も生きれることに感謝をしたりするんだろうか。
至極当然の事なのだろうか。
だとしたら、考えられないほどに温すぎる世界だ。
不本意とはいえ、この世界に来てしまったこと……これは俺にとっての正解ではないだろう。
明日が確実に訪れるという保証。
ささやかな幸せ。
有り余る時間。
それを当たり前だと思っている人間。


昨日、たった一日見ただけなのに。

この世界にはそれらが溢れすぎていて、自分の心臓を掻き毟りたくなる。


この世界ならば、あんなにも仲間を失わずに済んだはずだ。

何故、俺達の世界は。

何故、この世界は。

比べても仕方の無い事なのに、考えが止まらない。

…………ああ、俺はこんなに弱い人間じゃなかったはずだ。


この世界を、羨ましいと思ってしまうなんて。


人類最強の名が泣く等、よく言えたもんだと自嘲する。
ここではその言葉も無意味に思えた。

一緒にやるかと声を掛けた、それに対する返事だって、普通に返してやれば良かったのに。

「この世界で生き抜く分には必要ないだろう」

頭に浮かんだが、それを言う必要もないと思った。
弥生は意味深に取ったようだが、弁解するのも面倒だ。


もっと汗を流せ。

自分を戒めろ。

思い出せ、巨人との戦いの日々を。

忘れてはいけないあの世界の事を。

流れる汗と共に、この世界にいる事など忘れてしまいたい。


そう思いながら外を走ってくると伝えれば、笑顔で返す弥生。

「わかりました、じゃあ一時間後に食べれるよう準備しておきますね」
「…………!」


普通に過ごしていたら、巨人と戦う使命なんて無かったら。
人並みに結婚なんてものをして、愛する家族と一緒に暮らして。
それで、今みたいに笑いかけられて。
家に帰れば暖かい食事。
疲れを癒せる風呂、寝床。
家族の団欒。

それが『普通の日常』なのだとしたら、どんなに幸せな事だろうか。

弥生の顔を見た瞬間、そんな未来のビジョンが浮かんだ。

駄目だ、忘れろ。
お前は調査兵団のリヴァイ兵士長なんだ。
上に立つものが絵空事を思い浮かべてどうする。
誰よりも強い者が弱音を吐いて何になる。


夢見るくらいいいじゃねえか、俺だって一人の人間だ。


俺だって、幸せになりたい。


調査兵団に入ったあの時から、俺の命は俺達の生きる世界に捧げて来たんだ。


幸せになんて、なれるものか。






……ああ、頭がグチャグチャだ。

昨日は、こんな感情にはならなかったというのに。


この世界に居ると、俺の思考回路が壊れてしまう。


そんな気持ちを振り払うように、家を出た。


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