家を飛び出してから、一体何時間経ったのだろうか。
どこを探しても、リヴァイは見つからなかった。 焦燥感を抑えつつ時計を見れば、もう日付が変わってしまった。 いよいよ最後の日だ。 朝になってしまえば、今度こそお別れだ。
何も伝えられずにさよならなんて、いやだよリヴァイ。
よく考えろ。 リヴァイがどこへ行ったか、考えるんだ。
リヴァイにとって、一番思いが深い場所はどこだったか。
『あいつらも、見たと思うか。この世界で』
―――海、
そうか、海だ! 二人で行った、あの場所だ!
きっとリヴァイは海にいる。
ただの勘でしかないが、これで居なければ私にはどうすることもできない。 最後の望みに賭けて、私は猛スピードで車を走らせた。
海に到着する頃には、うっすらと夜が明け始めて。 駐車場に停めるや否や、慌てて車から飛び降りて。
何も考えずに砂浜へ走り出し、リヴァイの姿を探した。
中央の方まで行ってみると、浜辺に佇んでいる後姿が。
「リヴァイ!!」
名前を叫べば、彼は驚いたように振り返った。
「…………弥生、何故……」 「何故、じゃないよ!バカリヴァイ!!こんな手紙ひとつではいさよならなんて出来るわけないでしょう!!」
走った勢いのまま、リヴァイの胸へと飛び込んでやった。 戸惑ってはいたものの、彼はちゃんと私を受け止めてくれた。
「俺は、」 「リヴァイ、聞いて。私はリヴァイが好きだよ。例え違う世界に行ってしまったとしても、私はきっと、ずっとリヴァイの事が好き」
言いながら泣きそうになった。 でも、ここで泣いちゃったらリヴァイの顔がちゃんと見れない。 もう、時間が無いんだ。 リヴァイの顔を忘れないように、しっかり見ておきたい。
声は震えていた。 でも、必死で涙を堪えた。
「……本当に、弱くなったもんだな俺は。お前の事となると、どうしても駄目なんだ。俺が俺じゃないみたいで、そんな感情に溺れたくは無かった。……忘れてくれだなんて、独りよがりだった。悪かったよ」
リヴァイの声も、少し震えていた。 そして言い終えたかと思うと、私の身体をぐっと引き寄せた。 強すぎるくらいのその抱擁に、息が詰まりそうになる。
「く、くるしいよ、リヴァイ」 「弥生」 「……、ん、」
少し緩まったと思えば、同時に触れる唇。
「弥生、お前が好きだ。愛している」
……ああ、私が聞きたかった言葉だ。
好きになっちゃ駄目だって分かっていても、心のどこかでリヴァイも私の事を好きでいてくれたらいいな、なんて。 リヴァイを好きだと思ったあの時から、ずっと思っていた。
今度こそ、溢れる涙は止まらない。
「リヴァイ、リヴァイ。好き、大好き、あいしてる」
顔を見ておきたいのに。 最後まで、この目に焼き付けておきたいのに。 涙で視界がぼやけて、リヴァイの顔がよく見えないよ。 何度拭っても止まらない。 泣いてちゃ駄目なのに。
そして、何度も繰り返される唇付け。 角度を変えて繰り返されるそれは、リヴァイの体温を感じるには十分すぎるくらい幸せだった。
朝日が、私達二人を照りつける。 海面に反射した光が、まるでここから異世界への道を作っているようにも見えた。
そろそろ、別れの時間だ。
あれからしばらくお互いの唇を求め合い、離さないと言わんばかりにきつく抱き合っていた。 リヴァイの体温が、私の肩を擽る髪が、愛おしくて切ない。 身体に篭る熱が、悲しい。
「……私ね、最初は逆鳥なんてふざけんなって思ってたんだ。なんて面倒な事が舞い込んできたんだ、って」 「だが、その面倒事のおかげで俺達は出会うことが出来た」 「そう、なんだよね。まさかこんなにもリヴァイに惹かれるなんて、思ってなかった」 「俺の台詞を取るんじゃねえよ」 「っはは、お互い様ってことだよね」 「ああ。弥生、お前にはこの世界で色々な事を教えてもらった。いくら感謝しても足りねえな」
やめてよ。 そんな言葉は聞きたくない。 まだ、終わりたくない。 まだ、一緒に居たい。
「……もう、時間がないようだ」
その言葉にバッと顔を上げると、リヴァイの身体が少しずつ消えている事に気づいた。
やだ、まだ居なくならないで。 もう少しだけでいいから、ここに居て。
心の中で駄々を捏ねる。 でも、リヴァイに重荷を押し付けて向こうの世界へ帰すわけにはいかない。
「リヴァイ、私もリヴァイに色々教えてもらった。ありがとうね」 「ああ」 「でね、ひとつだけお願いがあるの」 「何だ」 「……どうか、死なないで。必ず生きて、そして時々でいいから私との一週間を思い出して。…………私を、忘れないで」 「忘れるわけ、ねえだろ。弥生の方こそ忘れたりしたら承知しねえぞ」 「わ、わたしだって、忘れるわけっ、」
笑え。
笑え。
最後くらい、明るく笑ってお別れするんだ。 リヴァイに思い出してもらえるのが、私の笑顔であるように。
「弥生」
「……っ」
再び近づくリヴァイの顔。 私は、黙って目を閉じた。
「 」
言葉を残すと同時に、唇に少しの熱を残して。
余韻を惜しむかのようにゆっくりと目を開ければ、もう彼の姿はそこには無かった。
さようなら
どうか、お元気で。
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