逆鳥警報 | ナノ


止められなかった。
絶対に気づかれては駄目だと、自分の中で言い聞かせたばかりだったにも関らず。

二人で並んで、空を見上げて。
隣の弥生に目をやれば、そのまま闇に溶け込んで俺の前から消えてしまいそうな気がした。
消えるのは俺の筈なのに。

捕まえなければ駄目だと思った。

次の瞬間には身体が勝手に動いてしまった。

案の定離れたときには弥生が困惑した様子で、咄嗟に出た言葉が『忘れてくれ』。
一体、どうしたいのか自分でも解らない。
情なんて自分を苦しめるだけなのに、それとは裏腹に弥生が欲しくてたまらない。
いっそのこと、俺達の世界に連れて帰れたらいいのにとも思う。
俺達の世界は危険な日常が待ち構えているが、弥生一人だけなら守ってやれると思った。

このまま離れてしまうより、この先もずっと隣に居て欲しいと思った。


だが、小さく肩を震わせながら泣いている弥生を抱き締めてやることは出来なかった。
これ以上深みに嵌っては、元の世界に帰ったところでただの抜け殻になってしまう。
そう考えると、怖くてたまらなかった。






だから、最後の一日は少し距離を置く事にした。


最初に弥生と出会って。
脅し半分に一週間、この家に世話になることになって。
それから買い物にも行った。
一緒に映画を観て、怖い夢に魘された弥生を宥めて。
海を見て、祭りに行って花火を見て。

これが巨人の居なくなった後の世界だと考えれば、これ以上の幸せなど無いだろう。



『向こうの世界に戻ったときに、思い出してくださいよ。巨人に人類が勝利したならば、こんな明るい未来が待ってるって。』



以前、弥生が俺に言った言葉だ。

そうだよな。
こんなにも楽しい事がたくさんあるのなら、早く巨人を駆逐して平和な世界を作り上げなければならないよな。


だが、そこには弥生


お前がいない。


考えれば考えるほど、自分が泥沼に沈んでいくのがわかる。
何故こんなにも惹かれてしまったのだろうか。
異世界の女というだけで、普通の女と違いはなかった筈なのに。
自分で思ってる以上に弥生の存在が大きくなりすぎてしまったようだ。

手遅れだとは分かっていても、今ならまだ、引き返せるんじゃないだろうか。
もし今、弥生と離れれば。
これ以上の最悪の事態になることはないんじゃないか。

だとすれば、もう弥生の傍にはいられない。

俺が居なくなったと気づいたら、弥生はまた泣くんだろうか。
泣かれても、俺にはどうすることもできない。
自分の力で解決できない事なんざ、人生において初めてのことだ。


いつまでも悩み続けてたって仕方ない。
置手紙を残して、弥生の寝ている内にこの家を出よう。


最後に、もう一度海が見たい。

あの広大な海を。

いつか、仲間達と見るその日まで、心に焼き付けられるように。



明日には元通りの日常が訪れる。


夢の一週間も、もう終わりだ。






















「……あれ?」

起きたら、隣の布団にリヴァイは居なかった。

お祭りに行って、花火を見て、それから一緒に帰ってきて。
キスの理由は聞けなかったけど、気まずい空気は多少打開できたつもりだった。

案の定、一緒のベッドで寝る事はなかったけど。
それでも、残す一日は何をしようかと必死で考えた。
頑張って起きてようと思っていたのに、考え疲れて眠ってしまったのだろう。

「リヴァイ?」

声を掛けても反応がない。
また、外に走りにでも行ってるのだろうか。

ベッドから抜け出し、テーブルに紙が置いてある事に気づいてそれを手に取る。




弥生、短い間だが世話になった。
俺は元の世界に帰る。

ありがとう。





……え、何で?

ちょっとまってよ、一週間って明日まででしょ?
今日一日あるじゃない。
まさか、もう元の世界に帰っちゃったの?

嘘、でしょ?






しばらく、何も考える事が出来なかった。
どうしていいか、どう動けばいいかを身体が忘れてしまっているみたいだった。

何分経ったか、もしくは何時間経ったか。
ようやくピクリと動かす事ができた指先。

その指でリヴァイの文字をなぞりながら、呟く。

「……一週間」

今までこれに例外は無かったはずだ。
きっと、リヴァイはまだこの世界に居る。

言わなきゃ。
きちんと伝えなければ、もっと後悔する事になる。
確証はないけれど、これでお別れだなんて思いたくはなかった。

探そう、思い当たる場所を全て。

考えが纏まった瞬間、急いで服を着替えて、車の鍵を手に外へと飛び出した。

こんなに衝動的になるのは、私の人生において初めてのことだった。


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