「どうした、大丈夫か。うなされ方が凄かったが……」 「リヴァ……イ……」
真剣に心配してくれている様子のリヴァイが、私の顔を覗き込んでいた。
リヴァイの顔を見た瞬間、安心したと同時に物凄い罪悪感に苛まれた。
客観的に物事を言っていただけだった。 この世界の良い所を見てって欲しいなんて、この世界を希望にしろだなんて。 何も知らない私が、そんなの言える立場じゃなかったんだ。
身体が震えだす。 止めようとしても自分では止められなかった。
「……ご、ごめ、……ん、なさい……」 「……?」
私は貴方の気持ちを理解なんて少しも出来ていなかった。 漫画の中の世界だから、と軽んじている部分があったんだ。
自分が直面してようやくわかるなんて。
「一体何の夢を見ていたんだ」 「リヴァイの、世界の……あっちでは私の事がリヴァイに見えてるみたい……だった。何人もの人たちが私の所為で、巨人に捕まって、食べ……ら、……れて……だから、ごめんなさい……」
ああ、思い出すだけでも虫唾が走る。 気持ち悪い。
夢の中だって、私がちゃんと動けていれば。 あの人たちは死ななくて済んだかもしれないのに。 何も出来なくてごめんなさい。 見捨ててごめんなさい。
謝って済むもんじゃない。 そんな事は分かってるけど、私の頭には謝罪の言葉しか浮かび上がらなかった。
「……何一つ分かってなくて、…………ごめんなさい」 「……言っただろ、夢だと思うようにするって。弥生はこの世界の人間なんだから、弥生なりの考えがあって当然だ。俺達の気持ちが分かるなどと言われたらそれこそ胡散臭い。分かる筈が無いんだ、俺達の世界にだって、未だに分かってない奴らはたくさんいる」 「でも、」 「逆に、俺がお前の元に来たことで迷惑をかけてしまって済まないと思っている」 「そ、んな事は……」 「俺がここに来なければ、弥生がそんな夢を見ることも無かっただろう。昨日の様に迷惑をかける事も無かった」 「…………」 「だが、不思議なもんだな。出会ったのが弥生で良かったとも思っている」
リヴァイの言葉に、何も答える事が出来なかった。 出会ったのが私で良かったなんて、嬉しい言葉なはずなのに。
世界の理不尽さを知ってしまった今、私が言えることなんて何一つ無くて。
「今すぐ目の前から消えてやりたい所だが、生憎自分じゃその方法がわからねえ」 「っ!消えて欲しいなんて!」
思ってない。
最後は感情的になって、言葉にすることが出来なかった。 でも、リヴァイはその意味を理解してくれたようだった。
そして、リヴァイは私の身体を抱き締めた。
「お前が苦しむ理由なんて、無いんだ。だから……泣くな」
言われて気づくなんて事は有り得ないって思っていたけど。 私の目からは、溢れるほどの涙が流れていた。 気づかなかった自分にも吃驚した。
トクン、トクン、と、リヴァイの心臓の音が聞こえる。
頭を撫でてくれる手つきが優しくて、余計に涙が止まらなかった。 一方で、気持ちはゆっくりと落ち着きを取り戻してきている。
「……リヴァイは、本当に吹っ切れたの?」 「ああ…………いや、お前に嘘は止しておこう。本当は吹っ切れてなんかないさ。だが、そうするしかないんだ。感情を吐き出したことでその整理はつけられるようになった」 「そうするしかない、か」 「夢だと思えば、いくらでも割り切れるじゃねえか」 「夢……」 「俺がこの世界に来て、弥生と出会ったことは奇跡なんだろ?」 「……うん、奇跡、だね」 「なら、その奇跡が見せてくれてる夢って思えばいいじゃねえか。七日経てば元通りなんだ。何もかも、全てが」
リヴァイは、どういう気持ちで言ってくれているのだろう。 本来ならば辛いのはリヴァイのはずなのに。
「……私も、リヴァイのように強くなりたいなあ」 「人の痛みを知れるっていうのは、強くなる糧だ。お前ならなれるさ」 「強くなった所で、この世界では必要ない……ううん、この世界にはこの世界での強さが必要なんだもんね。……うん、私も、リヴァイがそうしたように夢だと思う事にする」
肉体的に戦う事がなくたって、精神的に強くなる事はいくらでも出来る。 今後、人生においてどんなに辛い事があっても。 リヴァイの事を思い出せば、きっと何に対しても負けない強い気持ちになれる。
そうするしかないんだ。
それは、体良く逃げの言葉にも聞こえるけど。 自分を納得させるにはその言葉だけで十分だった。
「ああ、そうしろ。お前にとっても俺にとっても、七日間の全てが夢の中の出来事だ」 「一生、忘れられない夢になるね」 「……ああ、そうだな」
見上げたリヴァイの顔は、笑っていた。 笑っていたけど、どこか悲しそうなその表情に胸が痛くなった。
割り切ったのは自分の意思なのに、その笑顔が無性に寂しく感じてしまう。
「このままもう寝ろ。動けるか?」
問いかけられて自分で立とうとすれば、上手く力が入らなかった。
「わ、私、今日はこのソファーで寝ることにするよ。とりあえず大丈夫だから」 「……大丈夫なワケねぇだろ、ホラー映画であんなに震えていたヤツが」 「ひゃっ!」
すぐさまリヴァイは私の肩と膝裏を支えて、持ち上げた。 言わずもがな、お姫様抱っこだ。
「リリリ、リヴァイ!私、重い!重いから!」 「こんなの重い内に入るか。寝るならちゃんとベッドで寝ろ」
颯爽とベッドまで運んでくれて、丁寧に寝かせてくれた。 私はそんなリヴァイに対し、羞恥心でいっぱいだ。 同時に、今までで一番心臓の音が煩い。
駄目だってば
好きになっちゃ、
駄目なんだってば。
「とりあえず、ゆっくり寝てろ」
ベッドから離れようとするリヴァイの裾を、ぎゅっと掴んだ。 無意識だ。
「……泣くなと言っただろうが」 「む、無意識です」
再び泣くつもりなんて、これっぽっちもなかった。 いや、最初に泣いていたのだって自分じゃ気づいていないのだから不可抗力なのだけど。
止まらない様子の私の涙に、溜息を吐くリヴァイ。
「…………」
二度目の溜息を吐くと、リヴァイはベッドに上がり、私の横へと並んだ。 そして、さっきみたいに頭を自分の胸へと押し付ける。
「一人じゃ怖いなら一緒に居てやる」
恥ずかしさもあったが、それ以上に嬉しかった。 安堵して頷けば、その後は眠りに落ちるまでが早くて。
あの夢は、もう見ることはなかった。
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