朝食を済ませ、しばらくテレビを見ていた。 他にする事も無さそうなので、リヴァイも一緒に。
その落ち着いた様子からは、朝食前の出来事が嘘のように思えた。 切り替えが早いというか、順応性があるというか……元々優れた人間なのだから、一度吹っ切れてしまえば簡単だったのかもしれない。
逆鳥なんて勘弁してくれ、なんて思っていたけど、リヴァイのあの姿を見たらなんだか放っておけなかった。
漫画の中のリヴァイからは想像できない言葉だ。 彼は助ける側の人間だった。
それが、あんなに弱々しい声で「助けてくれ」だなんて。
リヴァイの心が悲鳴を上げている気がして、リヴァイが泣いている気がして。 落ち着くようにと彼の手に自分の手を乗せれば、その手は小さく震えていた。 このままにしてはおけないと、そう思った。
話をしていくうちに段々とリヴァイの表情が変わってきたことから、冷静さを取り戻してるという事が分かって。 そして彼は自分なりの境界線を引く事が出来たようで、安心した。
それと同時に、リヴァイにもっとこの世界の良い所を見ていって欲しいと思った。 この世界の良い所を見て、向こうの世界に帰った後の希望にして欲しい、と。 この世界にだって良い所ばかりではないが、それでも向こうの世界に比べたら比較するまでもないだろう。
最初から設けられている日数は少ないけれど、私に出来る精一杯の事をしたかった。
そのためにはまず何をしようかと考えながら、テレビを見ていたというわけだ。
『逆鳥は世界中でも一万人に一人くらいの割合で、一万人に一人って事は日本の人口に換算すると……それこそ日本で一万人以上は異世界人ってわけなんですね』
テレビの中のニュースキャスターの言葉に、リヴァイがピクリと反応した。
「一万人に一人の確率、か」 「一万人もいると思うとそうでもないって思うけど……でも実際凄い確率ですよね。ほんと、奇跡としか思えません」 「数字にすれば奇跡にもなるかもな」
そんな奇跡的な確率で私達みたいに出会った人々は、どんな一週間を過ごしているんだろうか。 せっかく資金があるんだから、どこかに出かけたりもしたい。 何がいいだろう、定番で考えると遊園地とか? でもリヴァイは遊園地で楽しみましょうっていう感じでもないよな……私は楽しいけど。 ジェットコースターに乗ってるリヴァイなんて想像できん。
その時、画面がニューススタジオからCMへと切り替わった。 今夏注目のホラー映画のCMだ。
「うわ、嫌だ。朝からこんなの流さないで欲しい」 「これは何だ?」 「……何だ、と言いますと?」 「何の宣伝なんだ」 「映画……えーと、作られた物語を文字だけじゃなく実際の映像で見れるようにする……んと、動画作品?って感じです」 「テレビでやるのか?」
なんか、嫌な予感がする。 なんでこんなに興味津々なのか、リヴァイ兵長さんや。
「最初は映画館ってとこで上映して、それからしばらく経てばテレビで放映もしたりしますよ」 「ほう。興味がある」 「観に行きたい、って事ですか?」 「ああ。今から行くぞ、準備しろ」 「え!?私も!?」 「当然だろう、誰が映画館まで案内すると思ってるんだ」 「や、映画館までは連れて行きますよ。その先はリヴァイさん一人で観て来たらいいじゃないですか、私はどっか他の場所でブラブラしてますから」 「怖いのか?」 「怖いです、ハッキリ言って」
ホラー映画なんて、子供の頃に見てトラウマになっているレベルだ。 もう二度と観ないと心に誓ったんだから!
「怖いなら手を繋いでてやる。行くぞ」 「え、えー!?」
その発言にも驚いたが、有無を言わさずぐいっと引っ張られて。 まだ準備もしてないのに外に出ようとするリヴァイを慌てて制止し、急いで準備するから!と少し時間を貰った。 この隙にどうにか逃げられないかと思ったが、リヴァイの厳しい監視の目からは逃れられそうも無い。
……ひとりで観て来ればいいのに。
「リヴァイさん」 「何だ」 「もしかして私と一緒に観たいんですか?」 「ああ」 「!?」
茶化すつもりで、冗談のつもりで言ったのに! 表情はよくわからなかったけど、肯定の返事が返ってくるなんて思っていなかったから逆に茶化された気分だ。 顔、ちょっと赤いんじゃなかろうか。
「……じゃあ、しょうがないから一緒に観てあげますよ」 「っくく、そうしてくれ」
ムスくれながら言えば、何だか楽しそうに笑っていらっしゃる。 絶対からかわれたよね、これ。
でも、冗談でも一緒に観たいって言ってくれた事に関しては嬉しかった……かな。 それに、昨日今日でどうのこうのっていうのもおかしな話だけど、リヴァイの雰囲気が少し優しくなった気がする。 朝の様子とは比べようにもならないけど、最初に出会ったときよりは確実に。 優しいリヴァイなんて、漫画で見られたシーンとかあったっけ? 描かれてない裏の部分はわからないけど、少なくとも表立って優しい雰囲気のリヴァイなんてどこにも居なかった。 仲間に対しての気遣いは、感動させられた部分もあったけど。
リヴァイの特別な表情が見れているのかもしれない、と思ったら、ちょっとした優越感だ。
や、優越感ってなんか傲慢な気がして嫌だな。 なんて表現したらいいんだろう。
「着きましたよ、ここが映画館です」 「結構広い場所なんだな」 「大きなスクリーンに映し出されますからね、そんな大きなスクリーンがたくさん集まっているので広いんですよ」 「で、朝のアレは何処で観れるんだ?」 「本当にアレ、観るんですか?他のにしませんか?」 「二言は無い」 「えー…………わかりました、とりあえずチケット買って来るので待っててください」
しぶしぶとチケット売り場へ足を運ぶ。 待っててくださいと言ったのに、リヴァイは後ろから付いて来ていた。 チケット売り場の様子も見たいのかな、なんて思いつつ、例のホラー映画を大人二枚で購入。 チケットを一枚リヴァイに渡すと、まじまじと眺めていた。
「飲み物とか食べ物とか、何かいります?」 「観ながら食べるのが普通なのか?」 「んー、人それぞれですけど。食べる音が煩くて嫌だって人もいますね」 「じゃあ飲み物だけでいい」 「わかりました」
二人分の飲み物を買って、指定の席へ。 上映時間まで待つことも無く、私の心の準備をする時間なんて少しも無かった事にガクリと肩を落とした。
大人しく観るしかないのか。 どうしても駄目なシーンがあったら即座に目を瞑れば大丈夫だよね。
宣伝が流れているうちはそんな事を考える余裕もあったのだが。 実際本編が流れ出したら、いつどこで何が現れるか分からない恐怖に、余裕など一切無くなってしまって。
目を瞑っていても、ホラー映画ってサウンドだけでも恐怖心を煽れるから結局意味がない。
一旦退席させてもらうか。 そう思って、少し腰を浮かせたその瞬間に手を捕まれた。
「ちょ、外に出たいんですけど」
小声でそう告げれば、リヴァイはこっちを見ることも無く。
「こうしててやるから、ここにいろ」
同じく小声で返ってきた言葉に、思わず顔が赤くなった。 この暗い中、ましてやこっちを見ようともしないリヴァイにはわからないだろうから問題ないけど。
同時に、心臓がちょっとドキドキしてる。 これはホラー映画でのドキドキと、違う。
ここにいろ、だなんて猾いよリヴァイ。
そんな事を言われて退席できるはずもなく、結局最後まで一緒に見る破目になって。 繋いでいる手に意識が集中してしまい、内容など全く頭に入ってこなかった。
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