13
おばあさんの家に到着すると、誰もいないはずなのに電気が点いている。
不審に思っておばあさんを見ると、苦虫を噛み潰したような表情だった。

「バアさん、電気点けたまま来たのか?」
「いんや」
「確か独り身……なんですよね?」
「そうじゃ。大方孫娘が来てるんじゃろうて」
「孫娘?お孫さんがいるんですね」
「あんなもんワシの孫でもなんでもないわい!」

迂闊に質問しなきゃよかった。
影山とチカちゃん先輩の流れのままに更なる質問をすれば、ツバが飛んできそうな程の至近距離で叫ばれた。
どうやら、孫娘とは縁切りをしたらしい。

おばあさんが乱暴気味に扉を開けると、中に居たのは一人の若い娘。
きっとおばあさんの言った孫娘なのだろう…………が。

「あ〜、ババアやっと帰ってきた〜。ねえ、金ちょうだいよ金」
「「「うわっ」」」

あまりのドぎつさに、思わず三人の声が重なった。
肌は真っ黒、目の周りの化粧はドハデ。
私達の世界で言うと、昔流行ったガングロギャルっていうやつだ。

「お前にやる金なぞないわ!出てけ!」
「なによ毎回そんなこと言ってぇ、結構貯め込んでるの知ってるんだからねぇ〜…………あら?あららら?」
「げ」

ガングロギャルの視線が影山に釘付けになった。
心なしか目がハートになっている気がする。

「これは、気に入られましたね」
「だね」

小声でチカちゃん先輩とやりとりをするも、影山の顔はどんどん引きつっていく一方だ。

「なぁに、このイイ男!ババアの知り合いなのォ!?」
「お前に教えてやる義理はないんじゃ!わかったらさっさと出てけ!!」
「あっそ、いいし別に。こっちの彼に聞くから。ねぇ〜?」
「ヤメロ、近寄るな!」
「ええ、酷い〜!アタシこれでもベリーダンサーなのよ?お店に来てくれたらうんとサービスしちゃうんだからぁ!」
「俺はそういうの嫌いなんだよ!うっとおしいから近寄るな」
「怒った顔もまた素敵ぃ〜!ねね、名前なんて言うの?」
「ああー!!もう!!森永!縁下さん!見てないで助けろよ!」

ガングロギャルに擦り寄られている影山は、余程余裕が無くなっているのだろう。
私はともかくチカちゃん先輩に助けろよ!だなんて。
しかもあんな女がベリーダンサー……大丈夫なのか、この町。

思わず傍観しちゃったけど、さすがにこれは可哀想かな。
チカちゃん先輩が割り込むと今度は先輩が標的にされても困るから、面倒だが私が助けるか。

「はいはい、そこまでにしてくださいよ。この人大切な仲間なんで誘惑しないでくれます?」
「はぁ?アンタなんなのよ」
「だから仲間ですって、この人の」
「仲間ぁ?バカじゃないの、そんなんでアタシが引き下がると思ったのぉ〜?あははは、わかった!彼に相手にされないもんだから僻んでんでしょ〜」

ね、と影山に同意を求めるバカ女。
孫娘だかなんだか知らないが、こんな話の通じない女はただのバカ女でいい。

「その彼が嫌がってるのが見えないわけ!?」
「あッ、なにすんのよ!」

バカ女の手が硬直している影山の顎に触れたものだから、慌てて間に入ってベリッと引き剥がす。

「やめなさいよ、女のヤキモチはみっともないのよぉ?」
「誰がヤキモチやいてるか!人の話をちゃんと聞け!!」
「そうやって自分の気持ちに嘘つくのもどうかと思うわよぉ」
「なんなんだこの女、マジで話通じねえ!田中先輩はいないのか田中先輩は!!」
「え、だれだれタナカ先輩って!その人もイケメンなの〜!?」
「あああああうざってえええええ」

言い合いにならない言い合いをしている間、チカちゃん先輩が影山に何かを耳打ちしていた。
いい作戦でも浮かびましたか、チカちゃん先輩!
早く助けてくださいチカちゃん先輩!

「……あー、ゴホン」
「あっ、お店に来てくれる気になったぁ?」

咳払いをし、私達の間に戻ってくる影山。
なんでここに戻ってくんのよ、折角割って入ってあげたのに意味ないだろうが。

「てめーの店にはいかねえっつーの……じゃなくて、あー、その、なんだ。俺にはコイツがいるから駄目なんだよな。ゴメンナ」
「う、え!」

言いながら影山は私を抱きしめた。
抱きしめたと言っても、影山の胸に押し付けられている状態なんだけど……!!
い、息が苦しい!!

「えええええ!?だってさっき仲間だって言ったじゃな〜い!」
「ナカマデアリコイビトッテヤツナンダ!」
「な、なんてことなの……!!いいわよ!!タナカ先輩ってひと探しにいくんだからぁ〜〜〜!!!」

例え嘘でも恥ずかしいのか、片言棒読み大根演技の影山。
それでも、バカ女の声色からはガーンという効果音が聞こえて来そうなくらいショックを受けたのが解った。
そして金を集りに来たという当初の目的も忘れ、田中先輩を探しに外へ飛び出してしまったのである。
田中先輩がバカ女にとってのイケメンじゃなかったらどうすんだ。
ていうか引き際あっさりすぎやしないか。
いいのかこれで。

影山の腕をバシバシと叩くと、ようやく解放された。
ああ、空気が思い切り吸えるって素敵。

「つーかほんとに強硬手段に出たな!流石の私だって恥ずかしいぞこれは!!」
「しっ、仕方ねーだろ!縁下さんがああいうタイプを手っ取り早く諦めさせるには、って教えてくれたんだから!」
「えっ!もしかしてチカちゃん先輩もああいうのに絡まれたことあるんですか!?」
「あー……、まあ、昔の苦い思い出だよ」
「そうなんですか……」
「バカ女はどっか行ったし、もういいだろ!ていうかバアさん暢気にお茶なんて啜ってやがる」

あ、影山も心の中でバカ女って呼んでたんだ。
そう思いつつ、奥のテーブルに座って寛いでいるおばあさんが目に入った。
途端に脱力感に襲われる。
あのバカ女のせいで余計な体力を使ったような気がするよ。

「いや助かった。あのバカ娘はしつこくてたまらんわい……ほれ、おまえさん達の分も用意してあるんじゃ。冷めないうちに飲みなさい」

渡されたカップの中身は既にぬるくなっていた。
ということは、影山が捕まってからすぐにお茶の用意をし始めたんだな。
このおばあさん……侮れん……!!

「あれってたまに来るんですか?」
「そうじゃ、まあ毎回無視しておけば勝手に出て行くがの。でも今回はおまえさん達のおかげで早く帰ってくれたわい」

そう言うおばあさんの表情は本当に清々しいものだった。
この家に電気が点いているのを発見した時とは正反対の。

「しかし孫娘ってことは自分の子供はどうしてんだ?」
「ワシの娘はあの子を産んで死んじまったよ。旦那はどっか放浪してんじゃないかねえ。大分昔に縁切りしたもんだからもう知らないね」
「なんつーか、複雑なんだな」
「複雑でもなんでもないわい。一人になって清々してるっちゅうもんじゃ」

清々してる、とは言うものの、私達をここに誘ってくれたのは『いつも寂しい思いをしている』って言ってたはずだ。
あんなバカ女にさえならなければ、きっと一緒に住みたかったんじゃないかなって思う。

「じゃあ今日は私達が孫代理ですね!」
「お、森永いいこと言う。そうですよ、おばあちゃん。俺達何か出来ることあればお手伝いしますから、何でも言ってくださいね」
「……おまえさんらはほんにいい子じゃのう……特におまえさん、死んだ娘にそっくりじゃ」

まじまじと顔を見られ、切ないため息と共にそう言われてしまっては少々居心地が悪くなる。
しかもチカちゃん先輩と影山もまじまじと見てくるものだから、余計に。
娘ってこんな顔してたのか、っていう気持ちで見てくるんだろうけど、常に一緒にいるんだからそんな見ないで頂きたい。

「おまえさん達は何ゆえ旅をしておるのじゃ?」
「俺達魔王を倒す旅をしてんだよ」
「魔王……、じゃと?」
「そう、ここには居ないけど仲間に勇者が居てさ」
「ではおまえさん達は勇者様の仲間……!」
「ああ、まあそうだな」

まるで凄いものを見た!というようなリアクションに、少し照れている影山。
確かに勇者の仲間っていい響きだ。

「どうじゃ、ワシも一緒に連れてってくれんか!」
「「「え!?」」」
「これでも昔は魔法使いだったんじゃよ。そこそこの魔力なら残っておるわい」
「まじか」
「バアさん魔法使いだったのか」
「そう言われると貫禄を感じる…………気がする」

チカちゃん先輩の言うとおり、言われてから貫禄を感じる気がする。
それまでは単なるおばあさんとしか思ってなかったけど、昔の魔法使いって聞くと、大先輩っていうイメージで。

「ほっほっほ、冗談じゃ、冗談。こんな老いぼれ連れて行ったら足手纏いになってしまうわい。いくら魔法が使えたって、あと50年は若くないと無理じゃのう」

ああ、なんだ冗談か。
本気で連れてけって言われてるんだと思って、これは主将に相談すればいいのかな、なんて考えてた。
おばあさん同行するなら馬車とか探して買わないと駄目かな、とかね。

「じゃが、機会があったらまたここを訪れてくれると嬉しいのう」
「あ、それはもちろんですよ!時間があれば遊びに来させてもらいたいです」
「その時はもちろん俺も一緒だよね、森永」
「もちろんですとも!チカちゃん先輩も一緒に来ましょう!影山も来るよね?」
「ああ、構わないけど」
「なんとも嬉しい日じゃ!さて、今日は腕に縒りを掛けて夕飯を作るとしようかね。しばらく時間がかかるから、自由にしててもらってかまわんよ」

おばあさんは夕食が出来るまでの間、町を見に行ってもいいと言ってくれた。
でも、もし一人のときにあまたあのバカ娘が来たら大変だし、お世話になるばかりでは忍びない。
従って夕食の手伝いを申し出たのだが、チカちゃん先輩と影山も同じ意見だったらしく、結局三人で手伝いをすることになった。

おばあさんが作ってくれたきのこのスープは、今までに食べたことがないくらいおいしかった。


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