10
個人に宛がわれた部屋は、突貫工事とは思えないくらいにきちんとしたものだった。
部屋の広さはビジネスホテルの一室分くらい。
これだったら一泊4000円くらいかな、っていうレベルの。
全員の部屋がこんな感じなんだろうか。
11部屋も作るんだから基本みんな同じだよね、それぞれ違うわけがない。

酒場に戻ってからは分配された荷物を各自部屋へと運び、それから少しの自由時間。
夕食の時間になったらみんなで集合し、そのまま報告会という予定だ。
報告会といっても最終的に今日はみんなで行動したようなものだし、明日の予定決めがメインかな。

とりあえず汗と汚れでベタベタする服を着替えたい。
箪笥を開けてみれば布の服が畳まれて入っていた。
これは寝巻きに使ってくださいね、という意味で置かれているのだろうか。
どちらにせよ助かった。
着替えるにも他に服がなかったものだから、着替えがあるだけ有難い。
着替えが完了したら山口に金銭を工面してもらって、何か服を買いに行こう。

そう思いながらも服を脱ぎかけたその時。

「フミ、見てコレ!金のかんむ……り……」

バタン!!という音が聞こえて、勢い良く私の部屋へと飛び込んできたのは日向だった。

「っきやあああああああ!!」
「わああああああごごっごごめん!!」

とても私の口から出たとは思えない甲高い悲鳴……とも呼べないような声。
悲鳴と同時にドアは閉められ、その向こうからなんだなんだと人が集まる声が聞こえてくる。

「だ、だいじょぶです!なんでもないですゴキブリだそうです!!」

ドアの向こう側で日向が必死にみんなに説明している。
いやおい、ゴキブリって。
新築の建物にゴキがいてたまるかっつーの。

それともアレか、私の着替えシーンはゴキと同等だってのか。
……まあ、日向に限ってそんな事は考えてないだろう。

『なんだ、人騒がせな』と去っていくみんなの声を聞いてホッとため息を吐く。
しかし嘘とはいえ一人ぐらいゴキ退治に来てくれても、と思うのは私の我侭ではないと思いたい。
とりあえずこの間に着替えを済ませなければ。

しばらくしてコンコン、と控えめにノックの音が聞こえた。

「……日向?」
「いや、俺。もう着替え終わった?」
「スガ先輩!?今開けますね」

さっきまでそこに居たのは日向のはずなのに。
何故スガ先輩に入れ替わっているのだろうか。

ガチャ、とドアを開けると声のとおりスガ先輩がそこにいた。

「日向はどこいったんですか?」
「顔を真っ赤にしながらあっちに走っていったけど」

スガ先輩が指差した方は下へと続く階段で。
ああ、逃げたのか、と納得した。

「あ、でもちゃんと叱っておいたから」
「え」
「女の子の部屋はノックしないとダメだろ、って言ったら『はいぃぃぃ!!』って走ってった」

クスクスと笑うスガ先輩は、なんだか楽しそうだった。
それに釣られて私も笑う。

「まあ、私も鍵かけてなかったんで」
「うん、そうだね。ここは男だらけなんだからちゃんと鍵かけておかないと危ないよ」
「はい、気をつけます。すみません」
「謝らなくてもいいよ……ああ、違う意味では謝って欲しいかな」
「違う、意味?」
「何か隠してることあるだろ」

スガ先輩の楽しそうな笑顔が一変し、キッと引き締まった。
隠してることなんて何もないはずだけど。
考えてみても思い当たる節がないのだ、答えようがない。

「何も、隠してな…………ッ、いた、」

言い終る前に、スガ先輩にカンダタ子分に殴られた部分を押された。

「これ、痛いのなんで隠してたの?」
「ああ……」

隠してたこと、ってこれか。
別に隠してたつもりもないんだけどなあ。

「ってか、なんでスガ先輩、これの事知ってるんです?」
「さっき日向と一緒に居たんだよね、実は。だから日向がドアを開けた瞬間に見ちゃったんだ。日向は違う意味で見ちゃった!って思っただろうから多分気づいてないと思うけど」
「先輩もちょっとはそういう意味で見ちゃった!って思ってくださいよ、仮にも女ですよ私」

ムスッとそう言うと、額をピンッと弾かれた。

「った!」
「わかってるよ、女の子だからこそ傷ついているのを見過ごせないんだろ?」

ああ、この人は。
純粋に私を心配してくれてるんだ。
スガ先輩の優しさに気づいたら、自然と顔が熱くなってきた。

「……すみません。ほんとに隠してたわけじゃないんです。動けないわけじゃないからいいかな、って」
「でも痛いんでしょ?」
「まあ、はい」

素直に痛いと言えば、スガ先輩は大げさにため息を吐いて見せた。

「回復呪文の存在、忘れてない?」


…………は。



「……ブブッ、凄い顔してる……!!やっぱりね、忘れてなかったら自分でホイミしてるはずだと思ってさ」
「や、やだ……、私間抜けどころの話じゃないじゃん!!痛みに耐える必要なんてなかったんじゃん!!」

慌てて腹部に手をかざし、ホイミをかけようとするとスガ先輩の手によってそれは阻止された。

「まあまあ、折角だから俺に回復させてよ。自分で回復するよりも他人に回復してもらったほうが楽だろ?」

言うや否や、スガ先輩の手の平から熱を感じて。
ホイミ、と紡がれた言葉から魔力が流れ、まるで水に浸かっているような気分になった。
じんわりと痛みが引いていき、紫色をしていたアザも綺麗に消えた。

「あ、ありがとうございます」
「うん、これでもう本当に大丈夫だよね?」
「はい、ご心配をお掛けいたしまして」
「心配なんていくらでも掛けていいんだよ、これだけ男だらけなんだからフミはもっと周りを頼らなきゃ。部活ではサポート役で頼りになるマネージャーだけど、今は俺達がフミのサポートをする番なんだから」

フミが中心になって動いているんだよ、俺達のこの物語は。

スガ先輩が言ってくれた言葉は胸にじんと沁みた。
たった一年早く生まれてきただけなのに、どうしてこうも大人に見えるんだろう。
もっと頼れって言うけど、きっといつでも私はみんなのことを頼っていると思うんだ。
だってこの世界に来たのが一人じゃなくて、みんなと一緒で良かったって思ってるっていうことはそういうことでしょう?

「とりあえず、まだ自由時間は残ってるし。ゆっくり休んでなよ」

頭をくしゃりと撫でられる。
その雰囲気に思わずはい、と頷きそうになった。

「あ、いや、服を買いに行きたいんです」
「服?」
「これ、布の服とは言ってもきっと寝巻き用だと思うんですよね。箪笥に入ってたものだったので……だからちゃんと予備の服が欲しいなって思って」
「なら、俺も一緒についてっていい?」
「スガ先輩も服買うんですか?」
「んにゃ、自由時間まですることがないだけ」
「要は暇つぶしってことですね、いいですよ行きましょう!」

ついてきてくれるというスガ先輩と一緒に山口のところへ行き、お金を分けてもらった。
できれば山口も一緒に居てくれたほうが安く買えると思ったので、予定があるかと聞けば特にないとのことだったので一緒に来てもらう事にした。
スガ先輩と山口と私なんて、珍しい組み合わせだと思う。
この世界に来なければ、こんな組み合わせで行動する事なんてあるかないかっていうところだよね。

来てしまった時はなんてものに巻き込まれたんだって思ったりもしたけど。
やっぱりみんなと一緒だといい思い出になっていくんだろうな、と思ったらこの先が楽しみだったりもする。
シャンパーニの塔では大変な目にあったけど、あれは一人になってしまったからそうなってしまったわけで。
地道にレベルを上げて、余裕をもって敵に挑めばきっと怖いものなんてなくなる。

「買い物って、どこに行くの?」

と、山口。
言われてみれば行き先なんてまだ決めてなかった。

「ええと、今のところ一番いい防具が揃ってるのってどこだろ……」
「ロマリアかカザーブだろうけど……あそこってフミが装備できそうなのあったっけ?」
「いやー、物色しに行った時は確か賢者の装備できるのは揃ってなかったと思うんですよね。史香ちゃんも見たでしょ?」
「うん、確かにそうだった」

スガ先輩と山口はドラクエ経験者なので、話がサクサクと進んでいく。
懸念していたけど、やっぱり賢者の装備って少ないかあ。

「ノアニールまで行けば何かしらあったかな?」

そう呟けば、二人とも親身になって『うーん』と考えてくれる。

「ノアニールっていうと……ぶっちゃけストーリーには関係ない眠った町のことだよね」
「ああ、なんとなく覚えてます。目覚めの粉とかいうやつを手に入れないといけないんでしたっけ」
「ストーリーに関係ないんだっけか」
「情報収集のためにやったクエストであって、確か進行上には問題なかったはずですね」
「なら無駄足運ぶこともない……のかな、でもゲームの世界とはいえ、そんな町があるっていうのも気が引けるよね」
「そうですねえ……まあ、できることなら後ろめたいものがないようにやっていきたいですもんね。史香ちゃんはどう思う?」

おお、この二人がこんなにも会話しているところを見るなんて……なんという新鮮さ!
なんて思ってると、突然私に会話を振られたものだから慌てて返す。

「んー、私も二人と同意見かな、やっぱりゲームの世界とはいえそのままにしておくっていうのはちょっと」

スガ先輩の言葉をほぼそのまま借りて言うと、二人は笑顔で頷いてくれた。

「まあでも結局のところ今日はその格好で我慢するしかないってことになるよ」
「おおう……装備できるものがないんじゃ仕方ないですけど……ううむ」
「買うとしてもまた布の服とかになっちゃうしね」

はは、と苦笑する山口。
布の服二枚もいらないよ、と答えると更に苦笑していた。

となるとやはり今日はこれで我慢するしかないのか。
戦士とか勇者とかは装備できるものが多そうでいいなあ。
魔法使いや僧侶も賢者と同じような感じだから、不憫な思いをするのは私だけじゃないと思えば耐えられる。

「今日はこれで我慢する、そのかわりノアニール攻略後装備できるものがあったら買ってね!」
「うん、みんなのおかげで着々とお金も溜まってきてるし、約束するよ」
「じゃあ夕飯までどっか散歩でもする?」
「いいですね、行きましょう!」
「俺も行きます」

酒場から出ようとした時、入り口部分に体育座りで小さくなっている日向を発見した。
声をかけるともの凄い勢いで土下座されたものだから、ちょっと……いや、かなり引いた。
あまりに情けない日向の謝罪が不憫に思えてきて、というより元よりそんなに怒っているわけでもなかったし、一緒に散歩に行こうと誘えば『お供ざぜでいだだきまずぅぅぅ』なんて鼻水を垂らしながら言うもんだから、更に引いた。

勇者がお供だなんて、これじゃあべこべな話だ。
スガ先輩が日向の鼻水を拭いてやり、山口も涙ぐんでいる日向を宥める。
二人ともいいお兄さんだなと思う反面、日向は面倒見甲斐のある弟だなと思った。



しばらく散歩をした後、夕飯の時間になって。
その後の報告会は狭いながらも主将の部屋にみっちりと集まり、行われる事に。

やっぱりお城の会議室借りようぜ、と誰かが溢した声に思い切り賛同したくなったのは言うまでもなかった。


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