「じゃあ、突入するぞ。心の準備はいいか?」
「「おす!」」
「はい!」
現在シャンパーニの塔最上階手前。
塔内の雰囲気が変わった事から、きっとこの上にカンダタが居るはず。
大体それぞれの塔が何階建てだったかなんてそこまで詳しく覚えているわけではないから、根拠は、と言われたら唯の勘としか言いようがないのだが。
「俺に続け!」
「「「了解!」」」
頼もしく先陣を切る主将に続き、ノヤ先輩、影山、私の順で階段を駆け上がる。
カンダタと対戦するにあたり、最強メンバーがいいということでこの四人が選ばれた。
最強メンバーと言っても単にレベルが高い順と、効率を考えた結果なのだが。
そして中ボスを倒すのに関して勇者である必要はないだろう、と。
私は実際そんなにレベルが高いほうではないんだけど、攻撃も回復も両方使えるからということで今回の参戦者となった。
攻撃魔法は影山が使えるし、回復はスガ先輩かチカちゃん先輩が居るからどちらかに行ってもらえばいいんじゃないかな、とも思ったんだけど。
それでも自分が役に立てるのが嬉しくて、少しの異論も溢さなかった。
確かに回復も攻撃も両方使えたほうがいいっちゃいいもんね。
ただ、唯一の女性であることに皆心配はしてくれたけど。
序盤だからそんなに心配することもないだろう。
早々に片付けてアリアハンに帰って報告しよう。
階段を上ると、ひとつの部屋に出た。
「ん?なんか変なやつらが来たな……!」
「よし、お頭に報告に行くぞ!」
中央に居た二人組みの男性がこちらに気づくやいなや、更に上の階へと走って行った。
「あれはカンダタの子分か何かか?」
「そうですね、確かそんなの居たと思います」
「じゃああの二人を追いかければ親分にたどり着くって訳ッスね」
「あっ!西谷さん!」
さすが武闘家、瞬発力が半端ねえですノヤ先輩。
そんなノヤ先輩を追いかけて、走る影山。
更に追いかける主将。
ちょ、ま……!置いてかれる……!
ノヤ先輩と主将はわかるけど、影山は魔法使いのくせに足が速いとかズルイ!
慌てて三人を追いかけて再び上へと続く階段を上る。
ようやくの最上階のようだ。
奥には大笑いしているカンダタと、その両脇に子分がひとりずつ。
…………先に来たはずの三人が居ないのは、なんでかな。
「あぁ?なんだ、もう一匹居やがったのか」
私を見つけたカンダタはゆっくりとこちらに向かって近づいてくる。
部屋の中央にはぽっかりと開いた穴。
「もしかして……さっきの人達、そこにおっこちた?」
カンダタから返事はなかった。
その代わりに下卑た笑み。
それだけでわかった、やっぱり三人は落とし穴に落とされてしまったのだ、と。
そういやシャンパーニの塔ってこんな内容だったっけ。
ひとりため息を吐くと、勘違いしたカンダタが声を掛けてくる。
顔を上げれば割と近い場所まで来ていた。
「よく見りゃ可愛い顔してんじゃねえか。残念だったな、仲間とはぐれて。どうだ?俺の部下にならねえか?」
「いやいや。誰が盗賊の仲間になりますか」
「強気で言ってられんのも今のうちだぜ」
「それはこっちの台詞だ、よッ!」
それ以上近寄るな、という牽制の意味を込めてバギを放つ。
真空の刃がカンダタに飛び掛る。
こいつは攻撃力が高いので厄介だ。
忘れないうちにスカラを掛けておかなくちゃ。
みんながいればスクルトでMPの無駄遣いしなくて済んだのに……!
早く最上階まで戻ってきて欲しい。
けど、回復役である私がいない状態でまた雑魚敵と戦って上ってくるのも大変っちゃ大変なんだよね。
でも私一人じゃカンダタに勝てる自信なんて……正直、ない。
「ほう、魔法使いかてめえ」
「残念、魔法使いじゃなくて賢者なんだなあ」
「賢者だと……!ますます仲間にしてえなあ」
バギはあんまり効果がなかったのか、ピンピンしているように見える。
魔法は使えないものの、防御力も攻撃力も高いから厄介だ。
主将だったら対等……いや、ヤツ以上の強さなはず。
本来だったらこっちはサポート役だってのに。
どうする。
一旦私も落とし穴から落ちて皆と合流を計るか?
今やカンダタの後ろにある落とし穴の場所を確認する。
「ピオリム」
相手に聞こえないように小さく言葉を紡ぎ、自身の素早さを上げる。
いけるか……!!
思い切り地を蹴って、カンダタを横から抜いたその瞬間。
「おおっと、無駄な抵抗はよした方がいいぜ!」
「っ!?」
しまった、死角になっていた!と思った時にはもう遅い。
カンダタの後ろから現れた子分によって、一撃を喰らってしまった。
ずしり。
腹部に鈍い痛みが走る。
「……、…………」
「おいおい、傷はつけんなよ?」
「わかってますよ、親分!」
カンダタと子分達が何かを話している声が、段々と遠くなる。
ここで気を失ったら皆に迷惑がかかっちゃう……!
必死で意識を繋ぎ止めようとするが、それも虚しく私の意識は深い闇へと落ちていった。
ゆら、ゆら。
体が揺れている。
柔らかくて暖かい、ゆりかごの中に居るみたい。
「…………?」
「あ、フミ!気づいた!!」
「うわっ!!う……うわわわわああああ!!」
目を開けたと同時に、日向のドアップが飛び込んできたものだから思わず悲鳴を上げた。
それと同時に私がどんな状況になっているのかを理解し、余計に声が大きくなった。
「おまっ、森永暴れるな。気づいた早々元気だな」
「いや、だって、何、主将!なななななんで……!」
ゆりかごの中に居るみたいと思ったその感覚は、なんと主将の腕の中に居たからだったのだ。
ジタバタと暴れる私に迷惑そうな顔を向ける主将。
「なんでもなにも、森永が気を失ってたからこうして連れ帰って来たんじゃないか」
「お、史香気づいたのか!怪我とかしてないか、大丈夫か?」
日向の顔をグイッと押しのけ、田中先輩が矢継ぎ早に聞いてくる。
「と、とにかく降ろしてください!歩けます!」
「ん」
降ろして、と言うと主将は素直にその場に立たせてくれた。
きっと私の顔は真っ赤であろう、それもそうだ。
あの主将にお姫様抱っこなんぞされて赤くならずにいられるか!
更には皆が居る前で。
田中先輩の問いかけには答えず、まずは現状を確認することにした。
どうやらここはアリアハンらしい。
ということは、カンダタとの戦闘は片付いたのだろうか。
「あの、カンダタはどうなったんですか?」
「あっ、てめコラ史香!俺の質問は無視か!」
「いや、無視するつもりはなかったんですけど……なんか混乱してて。すみません、怪我はないです大丈夫です」
ならいいんだけどよ、とそっぽを向く田中先輩はどうやらずっと心配していてくれたようだ。
田中先輩だけじゃなく、それは皆も同じだったらしくて。
照れくさかったが、素直に『心配してくださって有難うございます』と伝えると、皆安心した表情を浮かべてくれた。
実のところ殴られた腹がまだ鈍い痛みを感じるんだけど。
動けない程度じゃないから放置でいい。
「カンダタはみんなでボコボコにしてやったぞ」
「……みんなで?」
ノヤさんがいい笑顔でそう言った。
それに補足するように影山が続ける。
「落とし穴に落とされて頭に来てな。ルーラでアリアハンに居た全員を連れてシャンパーニの塔、カンダタのアジトに殴り込みだ」
こちらはいい笑顔、というよりもアレだ、日向のナイス後頭部サーブ(命名ツッキー)を食らった後の表情と同じだ。
「それはそれは……敵ながらもご愁傷様で……」
みんなでボコボコにしている場面を想像すると、なんとも一方的な情景が浮かんできた。
だって人数も多いわ職業も様々だわでそりゃもう適うわけがないだろう。
「フミが連れて行かれそうになったから、俺達みんな必死で戦ったんだよ!」
「まあ、ウチの大事なマネージャーが攫われるなんてね、ありえない話だからね」
「日向……、スガ先輩……」
「俺も微力ながら頑張ったよ」
ははは、と頼り無げに笑う旭さん。
本来ならば主戦力になっていたはずの私がこんな状態だったから、やっぱりみんなに迷惑かけちゃったな。
そう思っていると、頭にぽん、と手が載せられた。
「迷惑とか思ってるんなら間違いだよ、森永が一人で戦うハメになったのは先走った西谷達が悪いんだから」
ね、と笑いかけるチカちゃん先輩。
ノヤ先輩、主将、影山の三人はその言葉に顔を微妙に青くし、言葉を詰まらせているようだった。
ああ、だから主将が私を運んでいてくれてたのかな。
この中で一番の責任者だから、その責任を重く捉えてしまったのかもしれない。
迷惑をかけたのは私ではない、という優しい声を聞いてもやはり迷惑をかけてしまったと思わずにはいられない。
それにしてもチカちゃん先輩……何気に黒い部分もある……のかな。
スガ先輩同様、敵に回したら駄目なタイプかもしれない。
ニコニコ笑うチカちゃん先輩に、にへらと情けない笑みを返して。
「とりあえず森永も気づいたことだし、宿も出来たみたいだし。帰りましょうよ」
「そうだな、月島の言うとおりルイーダの酒場へ帰るか」
気だるそうに言いながらも、ツッキーも心配してくれてたんだろう。
隣の山口が目配せをしてくれている。
それに気づいたツッキーに軽く頭を叩かれていて、思わず笑った。
カンダタが片付いたのならとりあえず今日はもうゆっくりしよう。
それにしても、もう私達のための部屋が出来たとか……早すぎるんじゃないの。
いいのかな、ゲームだし、異世界だし。
考えても無駄なことは極力考えないようにしよう。
今後、きっともっとたくさんの答えの出ない疑問が出てきそうな気がする。