5話 母親が失踪しました
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転入二日目の朝。
起床後ダイニングに行くと、両膝両手を地面に付け、崩れ落ちている翔の姿を発見した。

「……どうしたん?」

「ね、ねえちゃん〜!! 大変だよ見てこれ!!」

「?」

見てこれ、と突き付けられたのは、三行半(みくだりはん)……ではなく、置き手紙。
どうやら母親が書いたものらしい。
母親と言えば、昨日の夜に初めて顔を見たけれど。
普通に綺麗な人だった。明るくて、優しい。
元の世界の母親の面影もあったけれど、似ているだけの赤の他人だ。
そんな母親が書いた手紙を声に出しながら読んでみる。

「えーと……」




ナオ、翔へ。

突然ですが、母は単身赴任のお父さんのところへ行くことにしました。
どうしても寂しかったの、ごめんなさい。
あなたたちも一緒に、って考えたのだけれど、転入したてだったし、もう高校生だからお金さえあれば自立できるでしょう?
やれば出来る子達だものね?
お金に困ったらすぐに振り込むから連絡なさい。
そうそう、流石に持ち家で高校生の二人暮らしは心配なので、モラウのマンションを一室貸してもらうことにしました。
当分の間、我が家は貸家にします。
明日の14時に引っ越し屋さんを手配しておいたから、それまでに荷造り頑張ってね。
モラウに宜しく!




「…………」

「姉ちゃん」

「………………」

「……ねえちゃん、」

「……ツッコミどころ満載すぎない?」

一言そう呟けば、翔は再び崩れ落ちた。

「やっぱり俺の見間違いじゃなかった……!!」

「てか、父は単身赴任してたのね? 昨日帰ってこなかった時点でおや? とは思ったけど」

「あー、それすら知らなかったか。そりゃそうだよな。父さんは2年前からイタリアに行ってるよ。帰国の目処も全然立たなくて、この一年一度も帰って来れてない」

「なるほど。とりあえず、学校に欠席の電話をしましょう」

「冷静すぎない?」

「考えること多すぎてキャパオーバーしてるだけ。ってか、考えたくないからやるべき事をやろうかな、と」

「……わかった」



学校に電話をしたら、電話対応の人がヴェーゼ先生に代わってくれて。
物凄く同情された。
ヴェーゼ先生はまともだ、有難い。
レイザー先生にも伝えておいてくれるそうで、今日は頑張れとの激励まで頂いた。

明日は土曜日で学校が無いし、頑張れば月曜日にはまた登校出来るだろう。

ヴェーゼ先生の激励に応えるために、自分の部屋の荷造りをせっせこと頑張る。
こちとらおばあちゃんの知恵が培ってんだ、コンパクトに詰め込むのはお手のものだぜ!




一段落したところで、コーヒーでも飲もうとキッチンに来た。
お湯を沸かしている間に頭の中を整理してみようと思う。

その1、父親はイタリアに単身赴任中
その2、母親は父親を追い掛けていった

突発的に行ったというのは考えにくいし、翔が崩れ落ちていた事からヤツも知らなかっただろう。
万が一いつでも行けるように、と、私達に気付かれないように準備はしておいたんだろうな。
転入のタイミングで寂しさが爆発したに違いない。そういうことにしておこう。
 
その3、お金に困ったらすぐに振り込む

父親の職業は知らないけれど、そう言えるってことは家の蓄え結構あるね?
なんか小綺麗な家だと思ってたんだよね。
これに関しては遠慮なくせびろう。
信頼があったのか何なのかはわからんが、子供を置いていったんだからそれくらいは当然だ。
将来自分が苦しまない程度に無駄に使ってやる。


と、ここでお湯が沸いたので、コーヒーを煎れてからダイニングの椅子に移動する。
熱いコーヒーをふうふうと冷ましながら、ゆっくり口付けた。
昔からコーヒーを飲むと落ち着くんだよなー、私の精神安定剤かな。

さてさて、続きを考える。


その4、モラウはマンション経営をしている

どれだけの規模のマンションだかわからないけど、まさか煙でできたマンションじゃなかろうな。なんつって。

その5、明日の14時に引っ越し屋さんが来る

……うん、やっぱり早急にやるべき事はこれしかないわな。
引っ越しが終わったら翔と高い肉でも食べよう。

「ごちそうさまでした、っと」

「あっ、いい匂いがすると思ったら一人で休憩ずるい!」

シンクに飲み終えたカップを置くと、翔が上から降りてきた。

「一人で考え事したかったんだもん。あんたも休憩に来たの?」

「うん、ちょっと一息つこうかな、と」

「じゃあ優しいお姉さまがコーヒーだけ煎れてってあげるよ」

「うおおほんとに優しい! ありがとー姉ちゃん」

大袈裟な翔に、ふふ、と笑みが溢れる。
お湯はさっきの残りがまだ熱いので、少しだけ沸かし直してカップに注ぐ。
翔の前にコトリと置いて、自分は部屋へと戻って荷造りの再開だ。


黙々と作業を進めること3時間。
何故こんなに大量の段ボールがあったかは考えないことにして、自分の荷物は割と纏まったので、弟の部屋を覗きにいく。

「翔? 進捗どおー?」

「んー、大体いい感じかな。なあなあ、自分らの荷物はいいとして、ダイニングのやつとかどうするんだろ?」

「ダイニングとかねー、確かに……」

小物関係は適当に詰めちゃえば何とかなるけど、食器類とか手を付けるとなると、絶対終わらない。

どうしたもんかと考えていると、プルルル、とスマホが鳴った。

「姉ちゃん、鳴ってる」

「え! 私の!?」

翔に言われて慌てて探しに行くと、見慣れたスマホがベッドの下に転がっていた。
これ、死ぬまで使っていたのと同じスマホだ。

「はい、もしもし」

『ナオか? 俺だ』

誰だ、と思い、スマホの画面表示を見ると、そこに表示されていた名前は我らが叔父さんのものだった。

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