15話 お声が掛かりました新しい部屋、学園生活にも慣れてきて一週間が経った。
今日は土曜日、気持ちのいい晴れの日(テレビで天気予報士のおにーさんが言っていた)の朝。
「そういえば私、あんたに聞きたいことがあったんだ」
ソファーの上で寛いでいる翔の隣に座り、そうだったそうだった、と、思い出した。
「聞きたいこと?」
「この世界、ごく普通の平和な世界って言ったの誰かな?」
「……俺?」
「じゃないよね。あんたも確実に知らなかったよね」
「あー、あー……うーん。そろそろ話しても信じて貰えるかなあ」
「信じる以外の選択肢はなさそうだ、心配すんな」
私がそう言うと、翔は姿勢を正し、キリッとした顔でこちらを向いた。
「俺が死んだ時、神様的な存在に拾われたんだ」
「…………うん。で?」
「実際には神様じゃないんだけど、俺も聞いても良くわからなかったからそこは割愛するね。で、まだ世界を知りたければ、どこか違うところに連れてってやろうって言われて」
「ふむ」
「殺し合いのある漫画のキャラ達が、平和に暮らしている世界があれば行ってみたいって言ったんだよね」
「そしたらこの世界に来た、と」
「……姉ちゃん信じるの?」
「嘘言ってるの?」
「いや、嘘じゃないけど」
「異世界トリップ自体が信じられない事で、それが現実に起きたんだから疑ってもしょうがないよね」
「……理解力たけぇー」
「ある程度は受け入れざるを得ないと思っている」
「まあ、確かにな」
そこまで話すと、翔は再び楽な姿勢をとった。
「中身があるから、子供の振りすんのキツいかと思ったんだけど、元々の俺が居たからさ。ハマった、ってやつ。だから普通に生きてこれたよ。でも、姉ちゃんも母さんも父さんも、血は繋がってるのに……心のどこかで本当の家族じゃないんだよなあ、って思っちゃってさ。だから、姉ちゃんも死んだらここに来ますようにって願ったんだ」
「聞き届けてくれちゃったんだね。そのおかげで私はまた生きることが出来たんだから、感謝はしてるけど。て、いうか!! 普通って! 普通じゃないよねこの世界!? 平和なごく普通の世界って言ったの、神様もどき?」
「ごめん、それ、言われた訳じゃなくて俺の思い込み……」
「お前……引っ越す前とはいえ、割と近くじゃん?これだけずば抜けた能力の人が固まっているこの地域で十年間も誰にも出会わなかったとか逆に凄いわ」
「そんな事言われても。マジで誰にも出会わなかったんだもん」
「だもんとか可愛く言ってんじゃねえ」
「姉ちゃんはもうちょっと女らしい言葉使いにしなよ」
「この言葉使いで喜んだくせに」
「それは久しぶりだったからだろ」
「……不毛な争い止めよ。出会わなかったもんは仕方ない。理解した」
「何か腑に落ちない……けど、いいや」
糖分摂って、心を落ち着かせよう。
冷蔵庫から買っておいたエクレアを二つ出し、翔にもひとつ渡す。
「え、くれんの?」
「うん。昨日コンビニで見掛けて、一緒に食べようと思って買ってきたヤツだから」
「へえ……ありがと」
「どういたしまして」
近くのコンビニはデザートが充実していて、そのうち制覇してみたいと思っている。
でも季節限定とかもあるから無理かな。
エクレア、カスタードとホイップの絶妙なバランスがとても美味しいです。
午後からは商店街をうろうろすると決めていた。
今日は夕飯も作らなくていいので、夜は二人分だけですむから時間の余裕は割とある。
引っ越してからは商店街も離れてしまったが、そこまで遠くないので自転車で行ける範囲内。
自転車があるだけで行動範囲はぐんと広がるもんな、イカルゴさん有り難う!
そこそこに賑わっている様子の商店街。
その手前の駐輪場に自転車を停め、ゆらりゆらりと歩き出す。
こうして見ている分には平和なんだよなぁ。
普通じゃない人がいるってだけで。
あ、三軒目にトンパの肉屋……看板がまんまトンパの肉屋だからすぐわかった。
うわ、本当にトンパがいる! 毒入りジュースは売ってないだろうな?
「ねえ」
「っ!」
店の中を覗こうとしたら、後ろから肩を叩かれた。
びっくりして、体が強張ってしまったわ。
振り向くと、……うーん、これまた見覚えのある三人組だな。
サダソ、ギド、リールベルトだよね。
噛ませ犬っぷりが面白くて、しっかり記憶に残ってるよ。
「キミ、蜘蛛組の転入生でしょ?」
「え、私の事知ってるんですか?」
何で声を掛けてきたのかわからないけど、ここは必殺の知らない振り!
リールベルトは車椅子だけど、ギドにはちゃんと足がある! あし、あるー!
「可愛い子が転入してきたって噂だよ」
「そうそう、噂どおり可愛いな! ここで何してるんだ?」
「俺たちとお話しようよ」
な、ナンパか……? 転入生の噂が流れてきたんだったら、旅団の噂も耳にはいるよね? この人達、旅団は怖くないのだろうか。
「お話と言われましても……」
ぶっちゃけとても興味のある三人組です。
でも、出来ることなら学園内で出会いたかったよね。
こういう風にナンパされるのって、どうしたらいいかわからない。
ってか、可愛いって言ったよね!? やだ、嬉しいー!!
「そこのカフェのコーヒー、美味しいんだよ。奢ってあげるからさ」
「何ならケーキも付けちゃうよ」
「お持ち帰りも買ってあげ……ヒィ!!」
「「「さ、さようならー!」」」
えー!? 何故に突然!?
美味しいコーヒー、ケーキ!! 俄然興味わいたよ!
私の後ろを見て悲鳴を上げたんだから、後ろに原因があるんだな!?
そう思って振り向くと、あらっ、キルアじゃん!!
「おねーさん、翔の姉貴のナオだろ?」
「ん? うん、翔は私の弟。貴方は?」
「俺、キルア。キルア=ゾルディック。翔のクラスメイトで、あんたのクラスの豚くんの弟だよ」
「豚くんて……」
生豚くん頂きました!
「あの三人組、可愛い女の子を見掛けてはナンパして、ってーのを繰り返してるんだ。おねーさん……ナオも気を付けた方がいいよ。じゃーね」
「え、あ、」
そ、それだけ?
助けに来てくれたのはよくわかったけれども、おねーさんとしてはもうちょっとお話してみたかったよ。
寧ろコーヒーもケーキも奢るわ!
初キルアは男前で可愛かったです。
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