DQ8 | ナノ


  7:我が愛しのお嬢様


渡された呪文の基礎の本は、ククールの部屋にいるうちに途中まで読み終えた。
幸いなことに意味のわからない文章も少なく、ククールの手を煩わせることはほとんどなかった。
勉強は好きではないが、今まで触れてなかった知識に触れるのはとても楽しい。
そう言ったらククールはそうか、と笑っていた。

呪文なんて夢のまた夢だったから、使えるようになって嬉しいって…そういう意味でも勉強がはかどるのかもしれない。
これが受験勉強だったらまた余計な事…ゲームとかに手を出しちゃったりしたんだろう。
好きと嫌いでは捗り具合が全然違う。

眠くなるまで読み続けようと思ったので、そのまま本は借りていくことにした。

分厚い本だからどれだけのページがあるのかと思いきや、中身は絵で表現されていたりする部分もあるので、二日もあれば呪文の基礎の本、回復の基礎の本の二冊は読み終えることが出来た。

エイトには体力関係の修行を。
ククールには呪文関係の修行を。
そしてヤンガスからは道具に関する知識を少しずつ学びながら、数日が過ぎた頃である。






「ゼシカが来るって?」
「うん、僕もさっき知ったばかりなんだけどね。今日の夕方くらいには到着するってさ」

驚いたククールの声が聞こえたのでそちらに耳を傾ければ、ゼシカがトロデーンに遊びにくるという情報らしい。

「王様がニナに関する手紙をゼシカに出したんだって。そしたら会いに来るっていう返事がきたらしいよ」
「へえ」

私は丸太の仕掛けを止め、二人に近づいた。
ちなみに現在丸太の仕掛けは無差別に飛んでくるように改造されている。
初日の修行はとんでもなく無残なものだったが、ククールの話を親身に受け取った次の日には心を入れ替えて修行しようと奮起したところ、私が居た世界よりも少し身軽に動けることに気づいた。
重力の違いとか、もしかしたら想像もつかない不思議な力が作用しているのかもしれないけれどその辺は理解の範疇外。
理由はわからずともそれは十分に有難いことで。
ちょっと集中すれば丸太の軌道を察知し、避けることが出来たのだ。
数日もすれば自由自在に避けられるようになった。
昔の私には信じがたい出来事である。

呪文の方はおじいちゃんに力を引き出してもらったおかげか、ホイミとベホイミは既に習得済みだ。
本を読んでしっかりとした知識を身につけたらいつのまにか使えるようになっていたのだ。
それに気づいたのは階段から落ちてその傷を自ら治す、というなんともバカバカしい行為からだけれども。
試しに使えるかな、なんて軽い気持ちでホイミをかけてみたら、あっさり傷口が綺麗に修復されていった。
更に修行でケガをした兵士さんにべホイミをかけてみたところ、これもうまくいった。
ホイミだけならず、ベホイミが使えるようになっていたのは凄く嬉しかった。


「ゼシカが来るの?今日の夕方?」
「ああ、ニナはゼシカに会うのが初めてなんだね」
「うん」
「ゼシカはニナの事慕ってたからなあ…過去のこの姿を見たら物凄く可愛がりそうな気がするぜ」
「ああ…何となく想像できる」
「二人の話を聞いてると私とゼシカは仲がよかったんだね。なんか安心した」
「姉妹みたいな感じだったよ、二人は」
「おお…!」

ゼシカと姉妹って。
あの美人で巨乳のゼシカの…お姉さん的存在になるわけ?
過去に戻ったら私の方が一個上になるんだよね、確か彼女は17歳だったはず。
今だったら間違いなく出来の悪い妹になれる自信あるよ。

「ゼシカが来るまでまだ時間あるし、今日は修行内容をちょっと変えてみようか。ククールも手伝ってくれる?」
「ああ、いいぜ」

という事で本日増えた修行内容はこちら。

ククールの弓を跳ね返すこと。

しかもさみだれうち。
地獄の扉へごあんなーい、てか。





修行の結果は…まずまずといったところだろうか。
4本に1本くらいは跳ね返せるようになったのは褒めて欲しい!
間隔をあけて撃ってくるからその間に自分で回復呪文をかけて、また受けて、の繰り返し。
本格的に狙っているわけじゃないからよっぽどのことが無いと当たらないけど、体力だけは減っていくわけで。
そんなこんなを繰り返していたら遠くから声が聞こえてきたのだ。


「ニナー!!エイトー!ククール!」

三人で声のする方を振り向くと、そこには手を振りながら駆け寄ってくるゼシカの姿が。
その後ろから青年が一人と少年が一人。

「ゼシカ!サーベルトさんもポルクもお元気そうで!マルクはどうしたんだい?」
「久しぶりね、みんな元気してる?マルクは今風邪引いちゃってて。行くって言い張ってたんだけど、強制的にお留守番させてきたわ。ねえ…ニナ、よね?」

エイトと二、三言交わしたと思うとゼシカは突然こちらに向き直り、手をぎゅっと握ってきた。

「あ、わ!はい!ニナです!」
「ふふっ、そんなに畏まらないでよ、普通にしてくれていいのよ!昔のニナってやっぱりちょっとは幼い感じなのね!そして髪が長いとちょっと印象違うかも!でもそんなニナも可愛いわー!」

手をぶんぶんと振りながらそう言うゼシカ。
しかしなんというか圧倒されちゃって普通に出来ないのが正直な感想だ。

「ニナ、久しぶりだね…といっても今回は初めまして、か」

ゼシカの隣に並んだ美青年。
もしかしてもしかしなくてもさっきエイトが言ってた通り、サーベルト兄さん!?
や、私の兄さんではないけれども。

「オレもいるぞ!」

ちょっと偉そうなこの感じ…まさかのポルク登場か!
ポルクは成長したらこんなにカッコよくなるんだなあ。幼い時でもイケメン素質はあったけど、ゼシカとサーベルトさんに並んでも引けをとらないくらい。
ゼシカに会えるという期待はしてたけど、この二人も一緒だとは思ってなかったので嬉しさが増した。
ワクワク、ドキドキっていう感じ。
マルクに会えなかったのはとても残念だけど、それは機会があれば、の次回に期待したい。
泣き虫で可愛いっていうイメージだったけど、今ではどうなってるんだろう。
気になるけど、風邪を引いてしまってるなら体を大事にしてもらいたいので、お留守番でよかったのかも。

「えと、初めまして。異世界から来たばかりのニナです。未来…あ、現代か?ここでは私がお世話になってます…?」

こんな挨拶の仕方はどう考えてもおかしい…、が、私にしてみればこの挨拶の他浮かばない。
だが、そんな事気にせず三人とも握手を交わしてくれた。


私達が居た場所は修行場だったので城の中へと移動する。
さっきまで動き回っていたからシャワーを浴びる時間をもらって、急いで身支度してから食堂へと向かった。
さすがに汗まみれの姿で皆とお話をするのは忍びない。
エイトとククールも同じくシャワーを浴びてくると言っていたので、一人だけ遅れると言う事もないだろう。
ゼシカ達はその間泊まる部屋へと荷物を運び込んでいたようだ。




食堂に入ると、どうやら私が一番だったみたいで。
相変わらずいい匂いが漂っており、厨房では忙しなく動いている人がちらほら。
料理長のクロムさんに人数分の食事を用意してもらうように頼んで、それから空いている席を探す。
忙しいのに快く笑顔で返事を返してくれるクロムさんは、やっぱり素敵だ。
まだ時間の早いことから探すまでもなく7人分の席を確保することができた。
ヤンガスも加わるだろうと思っての7人分だ。

出来た食事を運んでいると、エイトとククール、それからヤンガスの順番に現れ、最後にゼシカとサーベルトさん、ポルクの三人が。
三人はトロデ王とミーティア姫、おじいちゃんにも挨拶をしてきたそうだ。

「まあ、ありがとう。これニナが準備してくれたのね?」
「一番最初に来たからね、お礼を言われるほどじゃないよ」
「それでもありがとうって言いたいのよ」
「はは、じゃあ素直に受け取っておく」
「やっぱりゼシカとニナの嬢ちゃんが一緒にいると華やぐでがすね」

ヤンガスがそう言うと、ほのぼのとした空気が流れていることに気づいた。
普通に旅をしていたら感じることの出来ない空気なのかな、と思うとこのほのぼの具合を忘れないようにしなければ。
いつかこの未来を目指せるようにするために。

「ニナはエイトとククールに修行してもらってるって聞いたけど、強くなったのか?」

お腹が空いていたのか、パンにかぶりつきながらポルクが言った。

「うーん、日々成長してる、とは思うよ」
「そっか!ならサーベルト兄ちゃんも安心だな!」
「うん?」

どういう意味だろう、とサーベルトさんの方を見ると、返ってきたのは微笑み。
サーベルトさんってゲーム中はリーザス像の記憶としてしか出てこないからそんなに顔も見てなかったんだけど、こうして近くでしっかり見るとやっぱり美形だったんだな、とか思ったり。
さすがはゼシカの兄だ。
兄も妹も美形とかずるい。

「私はニナに命を救われたからね。」
「私はもちろんのことだけど、ポルクとマルクも本当の兄のように兄さんのことを慕ってくれてるから。ニナが兄さんを救ってくれたのが本当に嬉しくて仕方ないのよ」
「愛されてますね、サーベルトさん」
「ああ、そうだね。こんな幸せな日々を送ることができているのも、全てはキミのおかげだよ、ニナ」
「、…期待はずれにならないように頑張りますね!」

そう答えると、三人は更に嬉しそうに笑った。

…何だろう。
なんか、何かわからないけれど…心がちょっとだけ重くなった気がした。
チクリと何かが引っかかった感じ。



……私、プレッシャー感じてる?


私のおかげ、私が居たから。
この世界に来てからそんな言葉をたくさん聞いた。
そりゃあ、こんな幸せな未来が待っているのなら私だって頑張ろうと思う。
でも、今は全てが終わった後だから言えることであって。
私にしてみたらまだ始まってもいないこと。

それなのに、こんなに感謝されるのもおかしな話だ。

感謝されるべきは今旅に出てしまった『ニナ』の方なのに。

こんなに穏やかな雰囲気の談笑の場をぶち壊しにはしたくない。
だが、そんな事を考え始めてからは話に集中できるはずもなく…かといって聞き流すわけにもいかないので適当に相槌を打ったり。
申し訳ないと思いながらも当たり障りなくその後の夕食時を過ごした。






ククールの話を聞いてからは割り切ったつもりでいたんだけどなあ。
オディロ院長…おじいちゃんを助けるために頑張るんだって。
サーベルトさんだって、ゼシカだってポルクだって、今の状況を心から喜んでいることは見ているだけでも良くわかる。

…私、本当に過去に行ってみんなを救うことが出来るのかな?
異世界から来た、何のとりえもないこの私が。

今の私に会うことができたなら、全ての疑問をぶつけることが出来るのに。

割り切ろうとして割り切れることではないのか、この問題は。
私が全てのことを終わらせて、もう一度この未来にやってくるまで何も解決しないのか。

「…まだ、始まってもいない」

そんな言葉が私の頭を支配してばかり。

この世界に来たこと自体は嫌だとは思ってない。
けど、やっぱり元の世界が恋しくないわけじゃ…ないんだよなあ。

それなりに友達もいたし、家族だって仲がよかった。
勉強しないでゲームをやる私を怒るお母さんは怖かったけど、それも私のためと思っての事であって。
私だっていい加減自分でもどうにか勉強しなきゃって思ってたし、怒って貰えるのは有難いことだって知ってた。
お父さんは寡黙だったけれど、私の好きな様にやりなさいって言ってくれて。
そんなお父さんに対してもお母さんは怒っていたけど。

両親の様子を思い浮かべていたらなんだか笑えて来た。


「お母さん…お父さんも…元気かなあ」


私が居なくなったあの世界では、私の存在ってどうなってしまったんだろう。


「二人が悲しむ顔は見たくない、なあ…」


ああ、参った。
この世界に来てからこんなにも私の世界を思うのは初めてだ。
考えるのが辛い。

こうなったら寝てしまおう。
そして頭の中をリセットしよう。




しかし、そう考えれば考えるほど頭の中はぐるぐると渦を巻いていて。
とうとう一睡もすることが出来なかったのである。

2015.9.17(2012.6.30)
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