44:杖の行方は
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………お、わった?」
緊張を張り詰めていたような空気は、エイトの一言で緩和された。
私はというと。
「良、かった〜、最後皆が総攻撃仕掛けてくれなかったら、あの魔力はやばかったかも……」
今更ながら、腰が抜けそうである。
「ニナ、大丈夫でがすか?」
「だ、大丈夫、緊張が解けただけだから」
「最初に挑発したのがいけなかったんだろうが。アレがなきゃ、あそこまでの魔力はニナに向かなかったんじゃないのか?」
「いやいや。『貴様さえいなければ』とか言われてたでしょうよ。あの挑発が無くとも私が狙われるのは必須だったと思う」
「だとしても、もう吹っ掛けるような事はすんなよ」
「あぁー、そうだね。流石に肝が冷えたわ」
話を聞いていたエイト、ヤンガス、ゼシカの三人もウンウンと頷いている。
「これでドルマゲスからの脅威は完全に無くなった、と、みていいのかしら?」
「ドルマゲスは倒しきったから、大じょ……う、ぶ、だけど。ドルマゲスが持っていた杖は?」
「これのことかな?」
「あー!!」
「えっ!?」
シナリオ通りにゼシカが拾おうとしたので、慌てて大声を出して止めた。
セリフまで一緒だったから冷や汗かいたわ。
「それ、持っているとそのうちラプソーンに心を支配されちゃうから……まだ触らないで。ごめんね、驚かせて」
「そ、そういう事ね。何かと思っちゃったわ……いえ、重大な事よね」
「でも、触らないでどうするんでげすか? ここに置いておくわけにもいかないでがすよ」
「そうなんだよねー……もしかしたらエイトだったら持てるかも……いや、これは呪いっちゃ呪いだけど……また別だしなあ……」
「持ってみようか?」
「いやいやいやいや!」
言いながらエイトが拾おうとするので、慌てて止めた。
ゼシカもエイトも慌てさせないでくれ……!
「この杖を封印するにしても、トロデーン城の魔方陣は壊れちゃってたよ」
「それ以前にトロデーンに運ぶ手段だよな。直接持たなきゃいいのか?」
「うーーーん、正直わかんない」
エイトの言う通り、トロデーンの魔方陣が壊れているから封印するのは無理だとわかっているけど、直接持つか持たないか……直接持たなくても多分アウトだとは思う。
一応持ち主認定はされるわけだものね。
でもドルマゲスもゼシカもあの黒い犬……なんだっけ、えーと……パ……パレ……レオパルドか!
レオパルドも、直接触れている描写しか無かったからなあ。
やっぱりここで破壊しておく?
……いや、でも杖はラプソーンの魂を封印しているから、破壊すると弱いながらもこの場で復活しちゃう感じ?
あれ。
破壊すればいいと思っていたけど、破壊したらダメなのでは?
復活させた後に完全に倒すしかないのでは?
そうなると、もしかして不完全な今戦った方が勝てる?
……でもだめだ、不完全でもどんな結果になるのかわからない。
わからないのに今ここで破壊するわけにはいかない。
けど、やるなら肉体もない今が……!
どうしたらいい?
どうすれば……!
…………ん?
「………………」
「「「「「!?」」」」」
入り口付近に気配を感じて、視線を向ければそこに居たのはまさかのドルマゲスで。
全員がそれを確認した直後に距離を置き、戦闘態勢に入る。
「ドルマゲス……何で!? ニナ、あれで倒したはずなのよね?」
「そのはず……だったん、だけど……」
「…………」
戦闘態勢の私達とは裏腹に、ドルマゲスは無言でこちらを見ているだけだ。
「……? 様子が可笑しくねえか?」
「攻撃してくる感じがないでがすねぇ……」
「でもゆっくりと近付いてくるよ、皆、気を付けて! いつでも動けるように」
ドルマゲスは表情を変えるわけでもなく、口を開くでもなく。
ゆっくりと、ゆっくりと近付いてくる。
「……あ、杖!!」
ドルマゲスが居たことに気を取られて、杖の事なんて一瞬にして頭から抜けていた。
ドルマゲスが手を伸ばしたことで気付くとか、五人もいるのに何やってんの私達!
「させるかッ!」
ククールがドルマゲスの手に向けて、矢を放つ。
的中すると思われたその矢は、するりと通り過ぎた。
「ドルマゲス……じゃ、ない?」
ククールの弓矢が通り過ぎるその瞬間、ドルマゲスは違うものに姿を変えて……いや、元々はそれがドルマゲスを真似ていた?
「マネマネ……?」
ポカンとしているうちにドルマゲスだった《それ》は、神鳥の杖に触れ、そして姿を消した。
「……これってマズイんじゃないかしら」
「マズイっちゃマズイけど…………まあ、一応次の行き先はわかっているから大丈夫っちゃ大丈夫なんだけど……」
マネマネって、この世界に存在したっけ?
トロデ王が作ってくれたモンスター図鑑にも載っていなかったはず。
とはいえ、ドルマゲスだと思っていたものがマネマネなら納得は出来る。
「えーと……大丈夫っちゃ大丈夫なら、とりあえず……一度船に戻って情報整理しようか。皆疲れているだろうし、流石に少し休みたいよね」
「ああ……さんせー」
「だな」
「その方が良さそうね」
「意義なしでがす」
エイトのリレミトで遺跡から脱出し、ルーラで船に戻る。
期待に満ちた顔で出迎えたトロデ王は、ドルマゲスを倒した事には大喜びだったけれど。
やはり呪いが解けない事に落ち込みを見せた。
が、それは自分よりも姫の呪いを解いてあげたいという気持ちが全面に出ていて、トロデ王も子を思うただの親だなぁ、なんて思ったり。
ひとまずの問題は去ったし、皆疲れていたと言うことで、その後は泥のように眠った。
寝ている間、船は宛もなく波間をさ迷わせるわけにもいかず、とりあえずと言うことで海辺の教会近くに停泊している。
起きてから各々食事を済ませ、トロデ王やミーティア姫も含め、広間に集合する事となった。
「さて、次の行き先……の前に、情報整理だね?」
「うん、ニナがわかっている限りの事を教えて欲しい」
「わかった」
情報整理と言っても大して整理するものもなく、ドルマゲスは完全に倒したし、復活はしないという事。
本来ならこの世界にいるはずのないマネマネという魔物がモシャスでドルマゲスに変化し、杖を持ち去ってしまったという事。
これくらいだ。
ただ、この世界にいるはずのないと伝えたものの、当然ながら物語で描かれていることがこの世界の全てではないから、いるはずのないとは断言は出来ないのだが……そこはまあ、今必要な情報ではないし考えなくともいいだろう。
「で、本来だったらその杖はゼシカが持ち運んで、ラプソーンに意識を乗っ取られ、一人で別の場所へと移動してしまうはずだったんだ」
「それって、ゼシカと戦う可能性があったって事か?」
「うん」
「それはまた……仲間同士でってーのはえげつないでがすね」
「ひぇぇ……私、ヤバかったのね。ありがとうニナ」
「いやいや、私もゼシカが呪われてしまうのは絶対に嫌だったから。阻止出来て良かったよ」
そう言うとゼシカはぎゅっと抱き付いてきてくれて。
胸が……めっちゃ柔らかいですありがとうございます。
「で、次の行き先っていうのはどこなんじゃ?」
「リブルアーチです」
「つまり、リブルアーチに七賢者の一人が居るというわけじゃな?」
「そういう事ですね……リブルアーチもリブルアーチで少々面倒なんだけど……」
リブルアーチの七賢者は特殊で、七賢者を守らなきゃいけない人が自分が七賢者だと思い込んでいる……記憶の改竄だったっけ?
とにかく現在進行形で食い違いが起きている。
それで何でか理由は忘れてしまったが、クラン・スピネルっていう宝石も必要だったな。
リーザス像の、目に嵌められている赤い宝石。
先にリーザス像の塔に行くのもありだけど、理由付けがあってリーザス像の塔に行くことになったから、このまま行っても何も起こらなそうなんだよな……。
「ニナ、考え込んどらんで続きを話さんかい!」
「はっ! す、すみません」
「面倒事っつーのは何なんだ?」
「また二手に分かれたりした方がいいのかしら?」
「あー、えーと……マネマネが持ち去った杖がどのようにリブルアーチまで動くか見当はつかないし、一度リブルアーチまで行った方が早そうだから、とりあえずリブルアーチに向かおう。面倒事の内容は次の目的地、リブルアーチに行きがてら話すとして。今後どうしたらいいかは皆に相談しながら決めさせて欲しい」
そう伝えると、皆は賛同の意を述べてくれて。
準備が整ってから、サザンビークまでルーラで向かうことになった。
prev / next