DQ8 | ナノ


  33:こころの受け皿



ベルガラックに向けて船を出発させ、何度か魔物と戦闘を繰り返すうちに夜がやってきた。
さすがに海の上での夜間の戦闘は避けたほうがいいだろう、ということで、魔物が寄り付かないようにとエイトと二人でトヘロスを唱えた。
これでしばらくの間はゆっくり出来るだろう。
折り良く船の中にはいくつかの寝室も用意されていたし、舵は男連中が交代で引き受けてくれるというので私とゼシカはお言葉に甘えることにした。
もちろん、トロデ王とミーティア姫もゆっくり休む側である。

ゼシカと別れ、自分に宛てがわれた部屋に入って。
とりあえず嫌な汗を流そうとシャワーを浴びた。
ついでに今日の出来事も私の記憶から流れてくれないかな、なんて思ったりもしたけど、当然そんな事出来る筈もなく。
落ち着いたはずだったのに、一人になった途端に再び余計なことばかり考えてしまう。

ベッドに身体を投げ出し、波に揺られる船に身を任せ、窓から見える月を眺める。
今夜は一際月が大きくて綺麗だ。海の色が反射しているせいなのだろうか、ほんのりと青みがかったその色は、とても幻想的で。


月の世界…か。

ゴロリと横を向き、テーブルに置いたお母さんのハンカチを見つめた。
なんでこのハンカチは、この世界に来ることができたんだろう。
イシュマウリさんも言ってた。
人が紛れ込むことはあれど、異世界の物が紛れ込むのは初めてだ、と。
お母さんの私に対する気持ちが、それだけ強かったのかな、とか…とか、……ね。

「………はぁ」

小さく溜息を吐いて、無理やりにでも寝ようと思った時だった。

コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。


こんな気持ちの時に誰かに会うのはちょっと嫌だな。
そう思って寝た振りを決め込もうと思ったのに、無情にもその人物によって扉が開けられてしまった。


「…もう、寝るんだけど」
「どうせ眠れないくせに?」
「……」

そう言いながら部屋に入ってくる人物…ククールは、どうやら飲み物を持ってきてくれたようだった。

「レディの部屋に無断で入るとか、有り得ない。しかも寝る直前の」
「レディ、ねえ…」

どうせレディっていう柄じゃないよ、悪かったな。
レディっていうのはゼシカみたいな子の事を言うんでしょ。知ってます。

「そのレディは、一体何を隠しているんだ?」
「っ、バカにしてんの」

なんだか異様にカチンときて、思わずガバッと起き上がった。
きっと今の私の顔、酷いことになってる。
だってなんか、凄く泣きそうだもん。
そんな私の顔を見たククールは、あの時のようにまた顔を歪ませた。

「…悪い、そんな顔をさせたいんじゃないんだ。馬鹿にしてるつもりもない」
「……じゃあ、悪いけど出てってくれる」
「オレはそんなに頼りないのか?」
「っ、」

ククールは、ゆっくりと私に近づいてきた。

「オレじゃ、ニナの話を聞いてやることも出来ないのか?」
「…来ないでよ」
「何で一人で抱え込もうとするんだよ」
「抱え込もうとしてない、だから来な…」

最後まで言わせて貰えずに、ククールは私の腕を引っ張り、その身体を自身の胸の中へとおさめた。

「そんな辛そうな顔して何言ってんだよ…!オレはニナのそんな顔は見たくない」
「見たくないなら出てってよ!」

掴まれている腕を振りほどこうと力を入れてみるが、ビクともしない。
ククールの力の強さに、変に吃驚してしまう。

「出て行かない。お前がちゃんと話してくれるまで、逃がしもしない」
「……なんでよ…今はほっといて欲しいのに。…ククールだって…ほっといて欲しい時くらいあるでしょう?」
「ほっといて欲しいって顔じゃねえんだよ」
「…なんで」
「ニナのそれは、ほっといて欲しいって顔じゃねえんだよ。辛い、寂しい、誰か助けてって顔してんだよ。少なくともオレにはそう見える。だからほっとけるわけなんてないだろ!」

なに、それ。
私自身自分でどんな顔してるかなんてわかんないのに。
ほっといて欲しいのは本当なのに。

…でも、この暖かい腕の中に包まれて安心している自分もいる。
……もう、何がなんだか……ほんと、もう…わかんない……。


気づけば涙がじんわりと溢れてきた。

「………た、んだって…」
「ああ」

思わずといった形で零れ出た声は小さすぎて、絶対ククールに聞こえてないはずなのに。
それでも彼は、私をあやすように背中をぽんぽんと一定のリズムで叩きながら、返事をしてくれる。
何だかわけがわからなすぎて、頭の中が真っ白だ。

「…わ、私……死んじゃった、んだって。…いつか…いつかは、自分の世界に帰れるんじゃないかって…そんなことちょっとだけ思ってた。思ってた、の、に…!死んじゃってた。私、自分の世界で死んじゃってたんだ!おかっ、…さんもお父さんも…私のせい、で!泣いて…る……」
「……そうか」
「…わた、しの………居、場所………なくなっ、ちゃっ、た……」

涙はボロボロこぼれてくるし、変に息苦しいし、まともに喋れているかさえもわからない。
ククールは、そんな私をより一層強く抱き締めてくれた。
香水の匂いが鼻を掠める。

ふと、未来のククールの事を思い出した。


…あの時、彼は何て言ってたっけ。


「居場所なんて、オレが作ってやるよ。オレがお前の居場所になってやる」
「!」

その言葉に、身体が震えた。

「オレだけじゃない。エイトだってゼシカだって、ヤンガスも王も姫もいるじゃねえか。確かに、ニナの世界でのニナの居場所はなくなってしまったのかもしれない。だが、お前はここにいるだろ?オレの目の前にいるだろ?」
「……う、ん…」
「だから、ここがお前の居場所なんだよ」


『…戻って来いよ、必ず…、この場所に。オレはいつでもお前の居場所になってやる』


未来の彼も、現在の彼も。
同じ、言葉をくれた。

ククールの肩越しに、自分の指を見つめた。
あの時、ククールから渡されたお守り…聖堂騎士団の指輪…。


『過去に戻ったときにお前が落ち込むようなことがあったら、その指輪を見てオレの事を思い出してくれ』


今、思い出したよ。
ククールは、この出来事があったからこそあんな風に私を励ましてくれたんだね。
…この人は、本当に私の居場所になってくれるんだろうか。
私に居場所を与えてくれるんだろうか。
言葉をもらっても、やっぱりまだ怖くて。
ぎゅう、としがみつく形で温もりを求めようとすれば、ククールはそれに応えるように更にきつく抱き締めてくれた。

「ニナの居場所はここだ」

「それに、残す者より残される者のほうがツライんだぜ?」

……うん、それはわかる。
もし立場が逆で、お母さんやお父さんが亡くなってしまったら辛い。
もう二度と会えないのは同じことだけど、それでも生きてるのと亡くなってるのじゃ気の持ちようが違ってくる。

「黒いハンカチだろ?そのテーブルに置いてある」
「…私の元の世界での出来事を知った理由?」
「ああ」
「……うん、そう。お母さんのハンカチなの」
「向こうの世界からの物がこっちに紛れ込んだってことはさ、いつかこっちの物も向こうに紛れ込むこともあったりするんじゃねえの」
「…?」
「旅をしていれば、今後また月の世界に行けるかもしれないだろ」
「…うん?」
「その時、試してみたらいいじゃねえか。自分の物を向こうの世界に送ることが出来れば、生きてるって事だけは知らせることが出来るかもしれない」
「でも、それはイシュマウリさんが物から記憶を読み取ることが出来たからであって…」
「色々理由のつかない不思議なことが起こってんだ、出来る可能性はあるだろうさ」
「…そっ、か…そしたら、私が生きてて、元気でやってるよって事だけでも伝えられるかも…しれない…?」
「ああ」

…そっか。
逆もまた然り、って事か。
そうだよね、この世界に来てから私の計り知れないことばかりなんだから。
イシュマウリさんに頼んで、どうにか力を貸してもらえたら…もしかしたら、お母さんとお父さんに少しでも安心を届けてあげられるのかもしれない。

ククールの言ったとおり、残すよりも残される者の方が、辛いんだよね。
私の悲しみよりも、親の悲しみのほうが深いよね。
だったら、居場所がないなんて落ち込むよりも、いつかちゃんと伝えられるように、前向きに生きよう。

そうだ、私には…私達には、明るい未来が待っているはずなんだ。















「………」
「………」

お互い抱き締めあったまま、あれから何分経っただろうか。
気持ち的には何時間も経過してしまったように思える。

……ええっと……。

ククールの優しい言葉で次第に落ち着いてきたと思えば、正気を取り戻した途端に今度は妙に気恥ずかしくなってきてしまった。

だって、普通に考えたら男女が抱き合ってって……いや、違う。
こんな事を考えてたら励ましてくれているククールに対しても失礼だ。

「ククール」
「ん?」
「…ありがとう」
「……おう」

素直にお礼を言うと、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。
もしかしてククールも照れてるのかな、と思ったけど、ククールに限ってそんなことはないだろう。
だって女の子慣れしてるだろうし…こんなのは日常茶飯事だったんじゃないのかな。
あまりに優しすぎるから、うっかり勘違いしてしまいそうになる。

胸の動悸がうるさい。

恥ずかしすぎて、そのまましばらく顔を上げることができなかった。

2016.7.6(2014.3.25)
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