DQ8 | ナノ


  32:自分について考える


ハッと気づくと、幻想的な世界が視界いっぱいに広がった。

「目を覚ましたか」
「…私、寝ちゃってたんですか」
「ハープの力で、ほんの少しだけだが」

…そうか。
イシュマウリさんがベッドに寝かせてくれたんだ。
テーブルといい、ベッドといい、都合のいいときに都合のいいように現れるのって凄い。
てっきり泣き疲れて寝てしまったものだと思ったが、どうやらそれは違ったようだ。
さすがに泣き疲れて寝るとか、さっきの出来事からしてそんな神経図太くないからね、私。

でもおかげさまで少しは気分が落ち着いた。
やはりすぐに受け入れることは出来ないけれど、これならば皆にも普通に顔を合わせることが出来る…と、思いたい。



それからしばらくして、ギィ、と扉の開く音がした。


















それにしてもあのモグラの親分は強烈だったな。

そんな話をしながら再び月の世界へと戻ってきた僕ら。
扉を開ければ、奥のほうでニナとイシュマウリさんがそろってこちらを見ていた。

「お帰り!みんな怪我とかしてない?」

…なんだか、ニナの顔、赤い。
目の下はもっと真っ赤になっちゃってる。
元気そうに話しかけてくるけど、その顔じゃ逆に皆心配するだけだと思うよ?
ククールなんか…ああやっぱり。顔が歪みまくってるし。

僕達がハープを取りに行っている間に、一体何があったのか。
ニナが話したいと思わない限りは無理に聞き出すつもりもないけど、やっぱり心配になってしまう。
空元気…っていうのかな、とにかくニナのこんな様子は出会ってから今まで見たことが無い。
本人はそんなつもりはないんだろうけど、無理してる様子は良くわかる。
いつも明るく頼もしく皆を引っ張ってくれて、時には子供っぽかったり、冗談も言ったり。
今はニナがいつもよりも一回り小さく感じられるような気がした。

「怪我はないけど、モグラの歌がいつまでも耳に残っちゃって…酷いもんだったわよ」
「ああ…変な歌歌うんだよね。ふふ、行かなくて良かったかも」
「ニナ…「あ、これが月影のハープ?やっぱり綺麗だねー!はい、イシュマウリさん!」

行かなくて良かった、だなんてそんなのは嘘でしょう?
危うく僕の口からはそんな言葉が出掛けた。彼女が遮ってくれなければこの場の空気を凍らせてしまったかもしれない。
ニナは僕が何を言いたいのか察してしまったのだろう、持っていたハープを半ば奪い取るようにしてイシュマウリさんへと渡した。
ちなみにククールはそんなニナの様子を黙って見つめたままだ。
ゼシカもヤンガスも王も、ニナを気遣ってかなんとか話を進めようとしていた。



イシュマウリさんはハープを手にして感慨深そうに言った。

「この月影のハープもずいぶん長い旅をしてきたようだね。そう、君達のように…よもや再び私の手に戻る時が来るとは。…いや、これ以上はやめておこう。さあ荒れ野の船のもとへ。まどろむ船を起こし、旅立たせるため。歌を奏でよう」

イシュマウリさんがハープを鳴らすと、一瞬にして景色が変わった。
月の世界から、古代船のある荒れ野へと…ルーラとはまた違った感覚で、不思議な感じだ。

「この船も月影のハープも、そしてこの私も、みな旧き世界に属するもの。礼を言おう。懐かしいもの達にこうして巡り合わせてくれたことに」

イシュマウリさんが曲を奏で始めると、幻のように魚達の姿が見え始めた。
だが、それも束の間、ハープは再び自ら演奏を止めるかのように止まってしまった。
どうしたんだろう、月影のハープだけじゃ不完全なんだろうか?

その瞬間、何かに気づいたようなニナがミーティア姫に近寄る。
そして彼女の鬣を優しく撫でると、姫が嘶いた。
そんな姫にイシュマウリさんが近づいて。

「気づかなかった…馬の姿は見かけだけ。そなたは高貴なる姫君だったのだね?…そうか、言の葉は魔法のはじまり。歌声は楽器のはじまり。呪いに封じられしこの姫君の声。まさしく大いなる楽器にふさわしい…姫よ、どうか力を貸しておくれ。私と一緒に歌っておくれ」

イシュマウリさんがハープを奏で、ミーティア姫が歌う。姿は馬なのに聞こえてくるのはとても不思議な歌声で。
あっという間にあたり一面が海へと変わっていく。
息は出来るのに自然と身体が浮いた。まるで本当に海の中にいるみたいだった。
ユラユラと不安定な中、イシュマウリさんが作った階段を上って船へと乗り込む。

ニナは大丈夫かな、と振り返ってみれば当然のようにククールが彼女の手を引いていた。
その時ククールを目が合ったが、気まずそうに逸らされてしまった。

…うん、僕がククールの立場でも同じだったかもしれない。
ククールは何も言わないけど、ニナのこと、とても大切に想ってるんだよね?
もちろん僕も同じ気持ちだ。
月の世界、残された時に何があったかはわからないけれど、良い事じゃないというのは皆わかってるはず。
でも、現時点でニナが一番安心できるのは日ごろの様子を見てても…ククールだと思うから…、きっと何があってもククールがちゃんとフォローしてくれる。
そしてそれは、悔しいけれど僕の役目ではないんだ。
ただ、ククールがその手を離したときは遠慮なく僕がその手を取るけど。

…ニナの事を大切に思う気持ちで負けてるつもりはないから。

ニナに出会うまでの僕は、ミーティア姫に少なからずとも好意を抱いていたんだと思う。
はっきりと好きだと自覚したわけではなかったから、家族愛のひとつに近いと思うんだけど。
それが、ニナという存在が僕たちの前に現れてから、僕の心はニナに傾いている。
最初は、多分憧れだったんだ。
僕と同い年なのにとてもしっかりしていて、あんな華奢な体で蘇生呪文まで使いこなして、人の命を助けることが出来て。
女の子なのに、人としてすごく格好いいなと思ったのをハッキリと覚えている。
でも、一緒に過ごす時間が増えていくにつれ、その気持ちはゆっくりと変化を遂げていった。
ニナが無理をする姿は見たくないし、もちろんさっきみたいに無理やり笑った顔も見たくない。
できることならばその原因は、僕が取り除いてあげられればいいなと思う。
でも、ニナに必要なのはやっぱりククールだ。
大事そうに撫でている指輪、未来のククールからの贈り物だと言った彼女。
本人は自覚してないのかもしれないけれど、ニナはククールを大切に想っていると思うんだ。
だから、今の僕に出来ることは、見守ることだけ。もちろん、助けを求められたら喜んで応えてあげたい。
その気持ちは、きっといつまでも変わることはないと思う。



全員が船に乗り込んだのを確認すると、イシュマウリさんは最後にもう一度ハープを奏でた。

「さあ別れのときだ。旧き海より旅立つ子らに船出を祝う歌を歌おう…ニナよ…どうか、貴女の心が常に安らぎに満たされるように…。さようなら…」


ニナを気遣う言葉を残しながら、彼の姿は海に溶け込むように消えていった。










船は、古代の海から現代の海へとたどり着く。
その頃にはもう古代の船という印象はなく、まるで今まで普通に航海していたかのように綺麗に甦っていた。

















みんなが気を使ってくれているのがとても良くわかる。
一瞬エイトがうっかりって感じで話題を振りそうな気がしたので、故意的に遮らせてもらった。
だって、まだ何て説明していいかわからないんだもん。
元の世界での自分は死んじゃいました、なんて。
簡単に自分の口から言える事ではない。

それ以降は気にしつつも何も聞かないでくれたから、安心した。
もちろん他の誰ひとりとして聞こうとしてくる人はいなかった。
ククールもとても何か言いた気だったけど、我慢してくれたみたいだ。

変に心配をかけるのは嫌だ。
そう思って、次の目的地を告げるために口を開いた。

「次の目的地はベルガラックっていう町だよ」
「ベルガラック?」
「うん。東の大陸はもうほとんど探し尽くしたでしょ。だから次に目指すのは西の大陸。その中でいち早く行かなきゃ行けないのがベルガラック」

首をこてん、と傾げるゼシカにそう答えると、なるほど、と納得してくれたようだ。

「ベルガラックにも居るのか?七賢者の末裔が」
「さすがククール、鋭い!」

船を手に入れたからには他にも色々寄り道はできる。
たとえばメダル王女の城とか、バトルロードとか。
バトルロードはゲルダさんの家に行く途中あたりだっけ?船が無くても行けたはずだったか。
飛ばしてしまったところで然程重要ではないはずだ。
メダルのご褒美にいいものがもらえたり、モンスターに援護してもらったり出来るのは凄く有り難いことなんだけど…このまま寄り道せずに進めばギャリングさんを助けることができるかもしれないと思っている。
ドルマゲスにやられてしまう前に間に合うんじゃないか、と。

本当はベルガラックは一度来たことがあるから、キメラの翼を使ってもよかったんだけど。
船はどうしても必要になったはずだし、今までの出来事は必要不可欠なことだと思ってる。

ゴルドとサヴェッラ大聖堂にも行ける…けど、実際のところその後のマルチェロさんの動向が気になることは気になるが、わざわざ現時点でククールとマルチェロさん会わせる必要もないだろう。
もうちょっと時間が必要だと思う、この二人には。

…理由は違えど、今の私みたいに。

「海は大王イカとか強い魔物が出るから気をつけてね」
「気をつけてね…って、ニナは戦わないでがすか?」
「私はまだ補助的な位置でいいかなーって思ってるので」
「つまりはまだアッシ達より強い、と」

ヤンガスは少しいじけてしまったようだ。
そんなつもりじゃないんだけどな、言い方がまずかったかな。
だってさ、この世界の未来に私が居ないとしたら、やっぱりこの世界を守らなきゃいけないのは皆じゃないか。
それなのにいくら未来であんなにも感謝された立場とはいえ、出しゃばっちゃいけないと思ってたんだよ。
最初はもちろん、みんなを鍛えるために補助的な位置に居たんだけど。
でも……もう、私も率先して戦いに参加しないといけないよね。
最終的にはどんなことも惜しまず力を貸すつもりだったよ?
それこそ、そうすれば自分の世界にいつでも帰れるだろうと思ってたし。

元の世界に帰ることもできない。
この世界に完全に馴染むこともできない。

…私の存在って、一体なに?

思わず、小さな溜息が出た。

2016.6.26(2014.3.18)
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