1:異世界への旅立ち
つい先程まで私は地元の神社に居たはずだった。
そろそろ受験勉強に本腰を入れようと思い、封印ついでに願掛けしようと思って持ってきた大好きなドラクエ8。
シリーズでプレイしてないのはこれだけだったので、受験前には終わらそうと思って中古屋で購入した。
ラスボスまで倒して、これで勉強に集中できると思いきや…このドラクエ8の世界観をとても気に入ってしまった私は勉強どころじゃなくなっていたのである。
二度、三度のプレイを繰り返し、それでも終わりの見えないゲーム生活。
最近の成績の落ち具合を見て、流石にこれはまずいという意識も芽生えたので(若干遅い気もするが)神頼みをしに来たわけである。
封印といっても神社に納めるとかそういうつもりでもなく。
だってゲームを納めるとか行動が意味わからないしね。
家に持ち帰ってどこかの箱にでも入れようと思ってたんだけど…帰ろうとして振り返った瞬間、突然の地震。
一瞬大きく揺れたと思ったら、直ぐ治まって。
その次の瞬間、自分の体が反転したような感覚に見舞われた。
……き、気持ち悪い。
三半規管がやられたような感覚…フリーフォールのように真上から一気に下まで落とされるよりも辛い。
なんだ、今の。
「…?」
周囲の雰囲気が変化したことに気づき、ゆっくりと顔をあげる。
するとそこには驚いた様子のお兄さんが立っていた。
あ、あれ?神社は何処へ…?
外見は割と冷静に思えるけど、内心バックバクしてるからね、うん。
何かきっかけがあればいつでもパニックになれる自信がある。
「ニナ…?突然現れたからビックリしたじゃないか。さっき出て行ったばかりだろ?忘れ物でも取りに来たの?ていうかそんな格好してたっけ?…髪の毛!!その髪の毛どうしたの!?」
「え?」
彼は確かに私の事を見て『ニナ』と言った。
それは私の名前で間違いないのだが、誰か違う人と間違えているのではなかろうか。
「あの…人違いでは…?」
人違いに関してもそうだが、それよりもっと気になるのはここは何処なんだということだ。
室内であることは間違いない。
だが日本の家庭のそれではなく、もっと壮大な…まるでお城のような…というか、お城だよねどう見ても。
「馬鹿にしてるの?僕がニナのこと間違えるわけないだろ。それともからかってる?」
「いえ、あの…決してからかってるわけではない「エイト?何してんだ、まだか?」
ないのですが。
そう続こうとした言葉は、新たな登場人物によって遮られてしまった。
「って、ニナか!?忘れ物でもした…え!!なんだよその髪の毛!!」
部屋をちょっと覗いて、それから私を見るなり中へと入ってくるのは銀髪美形のお兄さん。
最初の爽やかな彼に続き、こちらの銀髪美形なお兄さんまで同じようなことを言う。
二人共超最近どこかで見たことあるような気がするんだけど、如何せん混乱が増したことによって最早何も考えられなくなってきている。
「こんな一瞬で髪の毛伸びるもんなのか?女の子って」
「いや、有り得ないだろククール。ニナ、カツラでも被ってるの?」
「カツラとか…なんでそんなもん…つーかホント、どうしたんだよ。そんな顔して何か困ってんのか?」
銀髪のククールと呼ばれたお兄さんが私に近づき、頬を撫でる。
その瞬間、当然のように固まる私。
だって男の人に頬触られるとか、それだけでなんていうかちょっと…!
「あ、の、やめてください!」
顔をフイッと背けると、無言の空気が流れた。
「それから、私…どうしてここにいるのかわかりません」
更に続く無言。
そんな空気の中で顔をあげる勇気も出ず、段々といたたまれなくなってきた。
この人達の言っている『ニナ』っていうのは私のことではないはずだし、神社にいたはずの私がどうしてこんなところに居るかなんて説明できるわけもない。
第一、その理由を一番に知りたいのは私なのだから。
「…わ、私…」
「よし、わかった。ねえ、ちょっとだけキミに質問したいことがあるんだけど…いいかな?」
いつまでもここに居ても仕方ない、とりあえず外に出てしまおう。
そう思って告げようとしたその時、エイトと呼ばれたお兄さんが優しい笑顔でそう語りかけてきた。
ちなみにククールさんは少し下がってくれたようで、私と彼らの間には少し距離がある。
質問って何だろう。
知らず知らずのうちに体が震えてきて、制服の裾を握る手に力が入る。
「怖いことは何もないから。大丈夫」
そう言って私の手にやんわりと触れたエイトさんの手は暖かくて、笑いかけてくれる目も凄く優しげだった。
「さっきは驚かせてしまったみたいで、悪かったな」
客観的に考えれば悪くはないのに謝ってくれたククールさん。
確かに、この人達は怖い人達ではなさそうだ。
どんな質問が降りかかってくるのかは気になるが、大人しく受け入れることにした。
「はい、私に答えられることなら…」
「じゃあ、こんな場所じゃ何だから移動しようか。ククール、お茶の準備増やしてもらっていいかい?」
「ああ」
頼まれたククールさんは、既に部屋の外に歩き始めていて。
背中越しに手を振ってから出て行った。
クールな振る舞いが似合う人だな。と、何となくそう思った。
「じゃあ、僕についてきてくれるかな?」
「はい」
「うん、ありがとう」
エイトさんの言うとおりに彼の背中についていく。
彼が着ているのはお城の兵士が着崩したような感じのもの。
ククールさんも似たような服を着ていた。
ということは、ここは本当にお城で彼らは兵士とかだったりするんだろうか。
それに、気になるのは彼らの名前。
…いや、でもまさかねえ。そんな事、実際にあるはずが…ないよねえ?
先程の場所とは少し離れた場所まで歩き、エイトさんが足を止める。
「丁度僕らがここでお茶しようと思ってたところだったんだ。ポルトリンクで美味しい紅茶が手に入ったって、ゼシカにおすそ分けしてもらってね。昨日の夕方届いたばかりなんだよ」
ポルトリンク。
ゼシカ。
それに、ククール。
主人公の名前は自分で好きなものを付けられるから何ともいえないが、エイト…。
もしかしてここってドラクエ8の世界だったり…そんな有り得ない世界だったり…?
やっぱり聞き覚えのある名前と、見たことのあるような感じの二人。
…いやいや。いくらなんでも好きすぎてその世界に来ちゃうとか、有り得ない。
かといって神社からここにいる経緯なんて全く持って説明しようもないけれど。
これは夢なのかな。
地震によってビックリした私が気絶して夢を見てるとか?
まあ、あれだけの地震で気絶っていうのも有り得ない話だけど。
「あ、ごめん。色々言われても何が何だかわからないよね。とりあえず座って」
「あっ、は、…すみません」
考え事をしてしまっていたのを呆気にとられていたと勘違いしたらしいエイトさんは、紳士っぽく私の座るであろう椅子を丁寧に引いてくれた。
「お待たせ、持って来たぜ」
そこにタイミングよくククールさんが戻ってきて、テーブルにお茶道具一式を置くなり二人共椅子に座る。
紅茶のポットからはいい匂いが漂ってきて、なんだか少しリラックスできた。
「いい香り…」
「だろ?さっき味見してみたが、なかなかのモンだったぜ」
紅茶の中でも最高級らしいからな、とウインクするククールさん。
私って単純だから美形には弱いんだよね…すぐ顔が赤くなるからやめて頂きたい。
エイトさんは美形っていうより爽やかな好青年風だからまだ大丈夫なんだけど。
それでも整った顔をしていることには間違いない。
綺麗な顔って近くにあるだけでなんというか、逃げていきたくなる気分。
「それで、さっきの質問なんだけど。上手く説明できないんだけど…まず確認からさせてもらおうかな」
「はい」
「キミの名前は『ニナ』であってるよね?」
「あっては…いますけど、お二方の言ってる『ニナ』って人とは別人だと思います」
「ニナは異世界から来たんだろ?」
「え!?」
ククールさんの突然の言葉に声を失った。
彼は今なんて言った?
異世界!?
異世界だと!?
思わず顔が引きつる、ていうか半笑い状態になる。
「あの、それはどういう…」
「もう一人のニナが言ってたんだよ、自分は異世界から来たって」
「もう一人??」
もう一人のニナ?
ホントにもう何が何だか意味不明だ。
誰かわかるように説明してくれ…!
「あー、ククール、それじゃニナが混乱しちゃってるよ。もうちょっとしっかりした説明してあげなきゃ」
「オレはこういう説明、あんまり向いてないからな」
「そしたら黙ってればいいのに…はぁ、じゃあ僕が説明するよ。混乱するのは当然だと思うけど、とりあえずゆっくりでいいから全部聞いてね?ああ、わからないことがあればその都度聞いてもらって構わないからね」
そう言ってエイトさんは、私に置かれた状況のこと、それからもう一人の『ニナ』についての話をしてくれた。
彼が話をしてくれたのは今から5年前のことだ。
突然現れた『ニナ』という人物がゼシカの兄であるサーベルトさん、マイエラ修道院長だったオディロさんの命を救ってくれたこと。
それからドルマゲスや暗黒神を倒すために旅に加わってくれたこと。
そして彼女は異世界からやってきたと話していたらしい。
出会ったときから5年後の未来にやってきた彼女は、そこで修行をし、そして自分達の前に現れた、と。
その肝心の彼女は『もうすぐ過去の自分がやってくるから』といって旅に出てしまったそうだ。
「彼女曰く、『自分と自分が同じ空間に居ることは出来ないんだよ。出会った瞬間に片方が飛ばされてしまうんだって』だそうだ。つまり、彼女が帰ってくるときにキミが過去に飛ばされるっていうのが僕なりの解釈だよ」
「要するに、その旅に出た『ニナ』さんが私の未来の姿だと?」
「そういうことだな」
「そんなこと言われても…信じられないと言いますか…」
冷めてしまっているであろう紅茶を啜りつつ、エイトさんとククールさんが私の様子を伺う。
「まあ…突然こんな話を信じろっていうのも無理な話かもな。正直オレ達だって最初にニナが現れたときには信じられない気持ちで聞いてたんだぜ。今、ようやく合点がいったって感じだ」
「こうやって目の前にキミが居るからね。『ニナ』にしては様子がおかしいなと思ってたし、髪形だって服装だって違うし、それに…」
「やっぱり5年も経つと幼いって感じがするよな」
「うん」
二人で顔を見合わせて笑っているが、そんな穏やかに話しをされても私としては困惑から抜け出せないんだけれども。
どうするんだよこの状況。
結果、私がその『ニナ』さんの過去だったとしても、私が手助け出来るようなことなんて一個もないぞ…!
「そんな困った顔するなよ。可愛い顔が台無しだぜ?」
「かわっ、!?」
この流れでそういうこと言うか普通。
いや、ククールさんなりの気遣いなのかもしれないけれど。
「今は不安なことがいっぱいあると思うんだ。だけど何かあったら僕たちを頼って」
「オレ達に出来ることは何でもしてやるよ。お前はオレ達の恩人だからな」
「……不安なんて、そりゃあいっぱいどころじゃないです。未来の私が命を救っただかなんだかわかりませんが、私にはそんな力はないですもん」
「力は無くとも知識はあるだろう」
「「オディロ院長!!」」
突然廊下の方から声が聞こえて、驚いて振り向いてみれば、そこには思ったとおりの老人の姿があった。
二人が声を揃えて言ったとおり、老人は私の記憶にも残っているオディロ院長その人だった。
「もうとっくの昔に院長ではないというのに…まあよい、その娘はニナなのだな?」
「はい、本人はまだ状況が飲み込めていないようですが…彼女に間違いないかと」
近寄ってくるオディロ院長に二人共立ち上がって敬礼をする。
それを見たオディロ院長は良い、と手を下げさせた。
「どれ…少し彼女を借りても良いかな」
「直ぐに返してくれるなら良いですよ」
「おぉ、これはこれは。相変わらず過保護なヤツだ…うむ、少々話をさせてもらうだけだよ。ニナ、こちらへ付いて来なさい」
言うや否や部屋を出て行ってしまったオディロ院長。
付いていっていいものかわからず、エイトさんとククールさんの顔を交互に見ると、二人共私の背後に回って背中を押してくれた。
いってらっしゃい、の合図のようだ。
2015.9.11(2012.6.11)
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