DQ8 | ナノ


  22:月の世界


「おや…客人とは珍しい。ようこそ、月の世界へ」

部屋の中へと入った私達四人を迎え入れてくれたのは、月の世界の住人であるイシュマウリさんだ。
中は中で幻想的な光景が広がっており、神聖な場所のように思える。

イシュマウリさんは最初から浮いてるのかと思ったけど普通に地に足がついていてちょっと期待はずれとか思ったり。
そういえば彼は歩くときは普通に歩いたっけ。
皆が走ると浮いて進んでた気がする。

「おいニナ、あいつは一体…?」

イシュマウリさんの様子を伺いながらククールが耳打ちをしてきた。
そんな彼に対し、私も耳打ちで返す。

「あの人はイシュマウリさんと言って、私達の目的である願いを聞き届けてくれる人だよ」
「へえ、そんな凄そうなヤツにも見えないけどな」
「失礼な」

コソコソと話をしていると、イシュマウリさんはこちらへスッと近寄ってきた。

「いいのだよ、お嬢さん。人は見かけでは判断できないということを証明して差し上げよう」
「全部聞こえてたのか」
「生憎私は地獄耳なのでね」

微笑むイシュマウリさんに悪意は感じられないものの、ちょっと黒い性格してるなとか思ったのは心の中でとどめておく。

「それで、君たちはどうしてここに?」
「あ、それはですね…」

「ああ、いや失礼した。説明は結構。君たちの持ち物に聞くとしよう」

エイトが説明しようとすると、イシュマウリさんがそれを遮り。
そしてハープを鳴らすと、エイトの靴から光が漏れ始めた。
その光はやがて部屋いっぱいへと広がり、今までにあった出来事を映し出す。
それは瞬間のものだったが、それでもイシュマウリさんにとっては詳しく知るには十分な様子だった。

「ええ、何これ…これって今までエイトが経験してきたってこと?」
「そう…みたい、だね」
「…さすがに凄いとしか言いようがねえな」

みんなが呆然とその様子を見守っている中、イシュマウリさんが再びハープを鳴らした。
すると光は段々小さくなり、次第にエイトの靴からは何も発せられなくなった。

「…なるほど。事情は理解できた。…おや?不思議そうな顔をしているね。記憶というのは何も人だけのものではないのだよ。物にもそれぞれの記憶があり、私はその記憶を呼び起こすちからを持っている」
「ああ、だから靴から記憶を読み取ったってわけか」
「今のが僕の靴の記憶…凄いや」
「そう。そして君たちの願いはアスカンタ王のことだね。私には死んだ人間を生き返らせることはできないが…力にはなれるだろう。さあ、私を彼の元へ案内しておくれ」
「な、なんだか話が急展開すぎてついていけないわ」
「大丈夫だよゼシカ、イシュマウリさんの言うとおりにしておけばアスカンタ王のことどうにかしてくれるから」
「大丈夫って、ニナは全部知ってるからいいわよね…後でちゃんと説明してくれる?」
「うん、オッケー!」

説明するもなにも、ぶっちゃけイシュマウリさんがアスカンタ王のところに行ってやるべきことをやってくれたらそれで全ての説明がつく…っていうかその頃にはゼシカも理解してると思うんだよね。
だからとりあえずイシュマウリさんをアスカンタ王のところに連れて行けばいいってわけだ。

「ああ、ところでお嬢さん。貴女も異世界の人間なのだね?」
「おっ、え、あ、はい」

振り向いて話しかけられるとは思っていなかったので、思わず仰け反った。
真後ろにいたエイトに頭をぐっと抑えられる。

「ふむ……まあいいだろう。行くとしよう」
「??」

何だ、イシュマウリさんは何が言いたかったんだ。
この人の考えてることって結構大事なことなんじゃないのかしら。
謎の言葉を残して前を歩くイシュマウリさんの背中をじいっと見つめるが、それ以上の反応は何もなかった。








部屋から出ると、そこはもうアスカンタ城の王の間だった。

「嘘だろ、さっきまでオレ達願いの丘に居たよな」
「アスカンタ城とはだいぶ離れていた気がするけど…」
「こんな不思議なこともできるのね、あの人」
「そうだよねー、ビックリだよねー…って、何みんなそんな顔して」

私が言ったらみんなしてジロッと睨んできた。
『お前は知ってたんだろ!』っていう顔だと思うんだけど…私だってみんなの会話には加わりたいんだからいいじゃんか。
それに知ってるとはいえ、実際にこうして自分の目で見るのは初めてなんだぞ!
もっと感情込めて言えばいいのか?
いやいや、わざとらしい発言はもっと嫌だわ。
悪い事ではないんだけど…知ってるって、寂しい。



そんなやりとりをしている中、イシュマウリさんは王に近づいてハープを鳴らす。

「かつてこの部屋に刻まれた面影を月の光のもと再びよみがえらせよう」

実際のハープの音ってやっぱり綺麗だな、なんて聞き惚れていると、王の後ろ付近に女性の幻影が現れた。
亡くなったアスカンタの王妃だ。

異変に気づいた王がゆっくりと後ろを振り返り、王妃の姿に気づいた時には勢い良く立ち上がっていた。

「シセル!」

駆け寄った王が手を伸ばすと、シセル王妃はスッと姿を消す。
そして少し離れたところでまた姿を現す。
幻影は王にとっての思い出の姿だ。
過去に二人の間にあった出来事をそのまま映像として蘇らせている。

さっきまであんなに誰にも何にも反応しなかった王がシセル王妃の姿を見た途端動き出すなんて。
二年間も伏せているなんて、とバカにしたものの、王にとってはそれだけシセル王妃が大切で、かけがえの無い人だったんだなって思う。
この世で一番大事で愛していた人。

こんなにも強く想ってもらえるのはちょっと羨ましいと思った。

王に笑顔を向けるシセル王妃は、本当に生きているようにしか見えなかった。
突然部屋に入ってきた人があの姿を見たならば、生き返ったと錯覚してもおかしくはないくらいに。

過去を思い出しているのか、王は王妃に手を伸ばして話しかけた。

「シセル…どうして、君はそんなに強いんだい?」

私達は王と王妃のことを詳しく知っているわけではない。
話の流れを知っている私だけならともかく、皆からしてみたら何の話だ、と思っていることであろう。
それでも今が重要な時だっていうのはなんとなく理解できるので、誰一人として言葉を発することもなく、その行く末を見守った。

「お母様がいるからよ」

シセル王妃の答えに王はハッとして顔を上げた。

「わたしも本当は弱虫でだめな子だったの。いつもお母様に励まされてた。お母様が亡くなって、悲しくて、さみしくて…。でも、こう考えたの。私が弱虫に戻ったらお母様は本当にいなくなってしまう。お母様が最初からいなかったのと同じことになってしまうわ…って。」

無言で手を伸ばす王。
その手は王妃の肩に優しく乗せられた。

「励まされた言葉、お母様が教えてくれたこと…その示すとおりに頑張ろうって。……そうすればわたしの中にお母様はいつまでも生きてるの。ずっと」

その言葉はまさに今の王にとって必要な言葉だった。

次第に王の姿が幻影と重なり、二人は手を取り合って屋上へと向かった。
ゆっくりと二人の後を追うと、王と王妃は二人並んでテラスに立っていた。
差し込んでくる朝日の眩しさに目を細め、アスカンタの国を見渡している。

「パヴァン、ここはあなたの国よ。あなたが…そして国民が、みんなが笑って暮らせる国になりますように…」
「…!」

言った後、シセル王妃はその姿を消した。
直前に王が抱き締めたのは、彼女の幻―――――――。




「『いつまでも生きてるの、ずっと』…か…。シセル…僕は間違っていたんだね…」



ようやく気づいたか、とツッコミを入れたいところなんだけど。
どうしてくれんのよ感動しちゃったじゃないのよ。
だって愛する人にようやく再び会えたと思ったらまた消えちゃったんだよ。
それじゃなくても自分の一番大切な人が死んじゃうなんて。
私は単純で切り替えも早いから、きっと大切な人が死んでも二年も伏せてあげることは出来ない。
でも悲しいって思ったり、寂しいって思うのはいつまでだって続くよ。
生きていればって思うよ。
あー、そういや一番最初にプレイした時でも泣いたわこのシーン。

「ニナ、泣くなよ」

ひっそりと涙ぐんでいるところをククールに見つかってしまった。
自然にみんなから顔を逸らしていたはずなのに、なんでだ。

「泣いてないし」
「その目に溜まってるのは何だよ」
「なんでもない」
「……ったく」

ククールは自分の袖を私の目にぎゅっと押し当てた。

「いた!」
「文句言うな、目が腫れるよりマシだろ」
「………うん」
「よし」

確かに目が腫れて、そんなブサイクな顔をみんなに見られるよりはマシか。
不本意ながらも頷いておいた。

「なんか…かいがいしく世話をする親みたいね」
「シッ、ゼシカそれは言っちゃだめなことだと思う」

聞こえてるよ二人共。
どうせ私は世話のやける子供だよ、悪かったな。
っていうか、結局泣きそうになってるの、全員にバレてるし。

「とりあえず、あの王様ちょっと一人にさせてあげたほうがいいかもしれないわね」
「そうだね、僕達は下に降りてようか」
「あ、お待ちください!」

テラスから出て行こうとする私達を呼び止めたのは、パヴァン王だった。

「あなたがたのおかげでわたしは深い悲しみから立ち直ることが出来ました、何かお礼をさせていただきたいのです。もう少し落ち着いたらわたしも下に行きますから…どうか、待っていてはくださいませんか」
「お礼してくれるっつーんなら遠慮なく」
「ククールってば…ありがとうございます、それでは僕達は一足お先に」
「って、あら?イシュマウリさんは?」
「あー、そういえばいつのまにか居なくなってた。月の世界へ帰っちゃったんじゃない?」
「私達っていうよりあの人のおかげなのにね…いいのかしら?」
「苦労して願いの丘に登って、あいつを連れてきたのはオレ達なんだし、いいんじゃねえのか」
「…それもそっか。じゃあそういうことでいいわね!」

どこを見渡してもイシュマウリさんの姿は見当たらなかった。
マジでもう帰っちゃったのか、あの人。

…結局あの意味深な言葉の続きはなんだったんだろうか。

2016.4.28(2012.12.31)
prev / next
[ main ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -