19:託されたモノ
ニナの部屋を出てしばらくした後、兄貴がオレの元へとやってきた。
また何か言われるんじゃないか、そう思ったら自然と足は外へと向いていて。
横をすり抜けようとした瞬間に兄貴の口から出てきたのは、予想外の言葉だった。
「ククール、お前にこれを預けておく」
言いながら指で弾いたもの。
咄嗟に受け取った、銀色に輝きを放つそれは。
「オイ、これ…!」
「私の聖堂騎士団の指輪だ。お前はあの方達…特にニナさんの護衛として一緒に旅に出ろ」
「…?」
兄貴はいつもオレの事を疎ましく思っていた。
ククールという名前を告げたあの日からオレの事にだけ態度が冷たく、まるでオレの存在など無視したような扱いをする。
アイツがオレを恨む気持ちもわからないでもないが、いつか和解できる日がくるんじゃないかと…そう思い続けてもう何年が過ぎた事か。
ふと、最初に優しく声を掛けてくれたあの時のことを思い出した。
あの時とは態度も表情も、全く別物なのに…何故だろうか、不思議と今の気持ちがあの時と重なる。
「いいか、忘れるな。それは預けているだけだ。ちゃんと返しに来い……話はそれだけだ」
「あ、」
言うだけ言って、バタン!と思い切りドアを閉めて行ってしまった。
『返しに来い』
それは戻って来い、っていう意味だよな?
オレが旅に出るという名目で、オレの事を追い出すチャンスなんじゃなかったのか?
何故、いつものオレに対する態度とは違う?
……ニナは、未来のことも現状も、全てを知っていると言っていた。
…あいつが兄貴に何か言ったのか…?
突然現れてオディロ院長の命を救い、二日間も眠りっ放しで。
目が覚めたかと思えば自分は異世界、そしてこの世界の未来から来たとか言う不思議なヤツ。
正直最初は男かと思っていたんだが…女性っていうのはゼシカのようなスタイルが好ましい。
ニナはゼシカとは全く正反対のような感じ。
髪はショートで胸もないし、言葉遣いも女らしさを感じない。
…それでも、どこか気になるんだよな。
オディロ院長の命を救ってくれたからか、はたまた未来の自分と関連していると言ったからなのか。
それとも異世界の人物という特殊な存在だからなのか。
護衛………、護衛ね。
ニナには護衛なんて必要そうにも見えないが…まあ、団長命令だし、一緒に旅してみるのも悪くはねえかな。
手のひらの指輪をじっと眺める。
あの団長サマがオレにこんな大事な指輪を、ねぇ…。
この状況から距離を置くのはきっとオレ達にとって必要な時間なんだろうな。
帰って来た時に何かが変わっているといい。
そう思いながら、オレは自室を後にした。
「どうしたんじゃククール、眠れないのか?」
「トロデ王…」
今日の出来事を思い返していたらなんだか眠れなくなって。
本日の宿である教会の近くの木に寄りかかってぼーっとしていると、馬車からトロデ王が飛び出てきた。
他の奴等を起こさないように出てきたつもりだったんだが…そういやこのおっさんは馬車で寝てるんだったな。
何とも不憫なやつ。
「まあ、ちょっと昔の事を思い出してね」
「何か事情があるようならワシでよければ聞いてやるぞ?子分の悩みを聞くのも王としての勤めじゃからな!」
誰もおっさんの子分になるなんて言ってねえよ。
けど、こいつのこういう性格に救われる部分もあるのかもな。
なんか変に気を使わなくていいんだよ、この王様は。
姿が魔物だからかもしれないが、壁ってモンを感じさせねえんだよな。
「悩んでるっつっても、今日の旅に出る前までの話なんだけどな…」
流れでオレの過去の話、それから今日の話をトロデ王にすると、意外にも王は黙って聞いていた。
口を挟んでくるのかと思えばそうでもねえんだな。
「そうか。お主にも色々とあるようじゃな…それにしても、ニナ…本当に不思議な娘じゃのう」
「あんたもそう思うのか?」
「あんたとは何だ、王様だぞわしゃ。…まあ良いわ。突然現れてワシらのことも全て知っていて…それだけでも十分不思議じゃろう」
「まあ、そうだよな。でもこの世界にも説明のつかない不思議なことってたくさんあるからな…考えてもどうにもならねえな、と思ってただけさ」
「よくよく考えれば魔法だって不思議な力だものな。勤勉なワシにも理解できないこともたくさんあるわい」
「ああ、曲がりなりにも王様だから知識はあんのか」
「曲りなりにもとはなんじゃ!」
「しっ、他のやつらを起こしちまうぜ」
「ぐぬ…!」
口篭る様子は単純明快そのもので、思わず少し笑ってしまった。
ニナだって目的はあっても自分がここに来た理由はわからないと言っていた。
この世にはわからないことなんてたくさんあるんだ、いちいち気にしてたら生きていけねえ、か。
「とりあえずオレは部屋に戻るとするぜ。礼は言っておく…ありがとな、王様」
「お、おお…素直に王様と言われたらそれはそれで…」
ブツブツ言いながら馬車へと歩いていく後姿を見て、また笑いそうになる。
ほんっと不思議な奴等と出会ってしまったもんだ。
魔物に姿を変えられた王様。
馬に姿を変えられた姫。
呪いを受けず、城の中でたったひとり無事だったエイト。
兄を殺されたと思い、仇討ちのために家を飛び出たゼシカ。
エイトをアニキと慕っている盗賊ヤンガス。
そして異世界から来たニナ。
旅は長くなりそうだが…今までの修道院での生活を考えると、いい気分転換にはなりそうだな。
楽しみだと思える感情なんて久しぶりだ。
部屋へ戻ろうとして教会の扉を開けると、目をこすりながら眠たそうにこちらに向かって歩いてくるニナが居た。
「お前…何してんだ、こんな時間に」
「…ん?あれ、ククール。ククールこそ何してんの?」
「オレはちょっと外の見回りをしてきただけだぜ」
「へえー…えらいね。私はトイレに行きたくてねー」
見回りなんてもちろん嘘だ。
眠れなくて外に出てたなんて言う必要もねえだろ。
それにしても………ホントになんつーか、女らしさを感じねえな。
「トイレってお前…あっちだろ、こっちには外への出口しかねえぞ」
「おお?…ふむ。ほんとだ。ありがとククール」
寝ぼけているのか、指差した方向とは反対に行こうとするニナ。
「あー、ったく仕方ねえな…こっちだって、ホラ」
「ん」
「っと、」
腕をぐいっと引っ張ったら、力が入らなかったのかそのまま倒れ掛かってきた。
そのまま支えてやったが、ニナは動く気配がない。
「おい、どうした?」
「んー…」
…寝てる…のか?ハァ!?この体勢で寝るのかコイツ!?
「おい、ニナ。起きろ。トイレ行きたかったんじゃねえのか?おい」
少し体をゆすってみたものの、覚醒する気配はない。
この状況でオレにどうしろと…こいつ…漏らさねえだろうな…。
「あったかいねー…」
「お、起き……てねえな」
あーあ。
なんか幸せそうな顔して寝てんなーとか思ったら、起こすのが段々と可哀想になってきた。
オディロ院長の命を救ったあの時とは全くの別人に見える。
それから、オレ達にニナ自身の事を説明した時も随分大人びて見えたものだ。
それが今は子供のようにうつらうつらとしている。
護衛なんて必要ねえとか思ってたけど、こいつ、オレよりも年下なんだよなあ…。
「しょーがねえな、ったく」
ニナの膝裏と背中に手を当て、そのまま持ち上げた。
思ったとおり、軽い。
「ちゃんと食べてんのかねえ、このお姫サマは」
お姫様だなんて思っちゃいないが、この体勢ときたらお姫様っていうのがセオリーだろう。
ニナをベッドまで運び、丁寧に布団までかけてやる。
オレはなんて紳士なんだろう、と自讃しながら自分のベッドへと潜り込んだ。
……いつか、コイツに自分の指輪を渡した意味が解る日が来んのかな。
オレも、少しだけ寝るとするか。
2016.4.22(2012.12.31)
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