DQ8 | ナノ


  15:願っても、時間は戻らない


ゆっくりと目を開けると、まず視界に入ったのは地面だった。
体を起こして周囲を見渡す。
空は、もうすぐ闇に飲まれそうな色をしていた。
空気がひんやりとして、肌寒い。

あの瞬間、私は過去に飛ばされる時が来たのだと直感した。
まさかこんなにも呆気なく、突然過去に来ることになろうとは誰が想像できただろうか。

…最後に見た人はきっと未来の自分だろう。


『自分と自分が同じ空間に居ることは出来ないんだよ。出会った瞬間に片方が飛ばされてしまうんだって』


エイトが言った言葉が頭の中に浮かんだ。
つまりは未来の自分と私が出会ってしまったから、私は過去に飛ばされてしまったんだ。


ここが過去の世界だということはすぐにわかった。
先程まで感じていた平和な空気が一変したからである。
ピリッとした空気を肌に感じる。
さっきまで居たトロデーン城のほのぼのとした空気は今やどこにもない。
道のど真ん中に立ちつくしているのは自分ひとりで、エイトもククールもいない。


……嘘でしょ、誰もいないの?本当に?

右を見ても、左を見ても。
さっきまで一緒に居たはずなのに、どこにもいない。

いなくなってしまった………、いや、違う。
いなくなったのは、私だ。


急に怖くなって、体が震えだす。
そうだ、私はもう二人に助けてもらうことは出来ないんだ。
これからは私が皆を助ける側に回らなければならないんだ。

私にそんな事ができるだろうか?
明日、蘇生呪文のおさらいをする予定だったのに。
まだ完璧じゃないのに。

こんな中途半端に過去に来てしまって、私は大丈夫なのだろうか?
頭が痛いし、吐き気がする。
そんなのは気のせいだと解っていても、振り払うことが出来ない。


「…エイトに髪の毛切ってもらったお礼…ちゃんとありがとうって言ってなかったな…」


独り言のように口から出た言葉はどうでもいい言葉で、無意識の内にククールからもらった指輪を包むようにして自分の手を握り締めていた。

ふと、前方の茂みからガサッと音がした。
その音に顔を上げると、そこには一匹の魔物が。

サーベルきつねだ、と認識すると同時にそれは襲い掛かってきた。
素早い突きで攻撃してくるので咄嗟にそれを交わしつつ、ヒャダルコを放つ。
氷の刃をまともに浴びたサーベルきつねはガクリと膝をついたかと思うと、頭の帽子が落ちて。
そして、光となって消えた。




そうだ、ここには魔物がいるんだ。

あの平和な世界とは違う、人間を襲ってくる魔物が。
こんな風に一人で道端に立っていたら魔物達にとっての格好の的だ。
何も出来ない女子高生のままだったならば、今ので私は死んでたかもしれない。
咄嗟に動けたのは、戦い方をエイトやククールに教えてもらうことができたから。

出来るか出来ないかじゃなくて、やらなきゃいけないんだ。
どうして私がこの世界に、なんて。
そんな言葉はトロデーン城で過ごしている日々の中で消えていった。

今まで修行してきたのはこの時のためじゃないか。
いつでも受け入れる覚悟は出来ていたつもりだったのに、最近不安定だったから……いや、言い訳はやめよう。


やるべきことがあるんだ、前に進まなきゃ。

頑張ればきっとまた皆に会える。

だから、その為にも私に出来ることをやらなきゃ。





まずはここから動かねば…とりあえず何か建物を探そう。
そして現在の時間経過の状況を知る必要がある。


大丈夫、散々修行してきたんだからそう簡単にはやられはしない。
呪文だってちゃんと使える、大丈夫。

大丈夫、私はできる。




私はできる。










しばらく歩いてようやく村を見つけた。
ローブの裏ポケットに常備してあるキメラの翼を使って知っている場所へ行っても良かったのだが、飛ばされた場所にも意味があるのかもしれないと思ったら使用するのを躊躇ったのだ。
それに、魔物との戦闘に慣れておく必要もある。
歩いているうちに何度か戦闘に入ったが、冒険の初期に出てくるような魔物ばかりでとりあえずは楽勝できるレベルだった。
まだ体力にも問題ないし、MPも然程減っている気はしない。
ただ、平和な未来では人間と仲良く暮らしていた魔物達を倒さなくてはならないというのは少々心が痛かった。
…が、倒さなければこちらがやられてしまうのだから仕方が無い、と割り切るしかなかった。


私の考えが間違ってなければ、ここはリーザス村ではないだろうか。
そしてその考えは当たっていたようで、村の近くまで来ると遠目に見えるはリーザス像の塔だった。
リーザス像の塔のてっぺん辺りから淡い光が漏れている。
リーザス像って光るんだっけ…?

そんな事を思っていると、塔から何かが飛び出した様な影が見えて。
ハッとした瞬間、私は塔に向かって駆け出していた。
きっと塔から飛び出した影はドルマゲスだ。
となれば、さっきの光は…サーベルトさんが…!?




嫌な予感が胸を過り、急いで塔へと向かった。
そして最短距離で塔を駆け上がる。
途中何匹かの魔物に出くわしたが、難なく倒すことができた。
この魔物達も5年もすればすっかり改心しているんだろうなあ、と心を痛めつつ進んで行く先に見つけたものは。

予想通り、ドルマゲスにやられたであろうサーベルトさんの体が横たわっていた。


「サーベルトさん!!」


駆け寄って、体をゆすってみたものの反応はない。
一瞬にしてやられてしまったあの映像を思い出す。
未来のサーベルトさんも、凄く悔しかったと語ってくれた。
何よりあの優しいサーベルトさんをこんな姿にしてしまったドルマゲスは、暗黒神に操られていたとはいえ・…やはり許せない。



この嫌な冷たい空気が、力なく倒れているサーベルトさんの体からゆっくりと体温を奪っているような気がした。
生まれて初めての蘇生呪文…上手くいくだろうか。
いや、上手くやらなきゃダメなんだ。


刺された杖の跡に手を当てる。
初めて使うその魔法に、緊張が走る。


「お願い、上手く行きますように…!」


目を閉じて、強く念じる。


「光の神よ、大地の精霊よ。我が願いを聞き届け給え。この身体に再びぬくもりを。胸に心拍を。瞳に光を戻し給え。さまよえるサーベルト・アルバートの魂を、この肉体に戻し給え。…ザオリク!」


手から放たれる光は次第に大きくなり、サーベルトさんの全身を包む。
それはゆっくりと暖かさを増し、サーベルトさんの体へと溶け込んでいった。

時間にして2、3分位だろうか。
蘇生呪文を唱えたというのに、サーベルトさんの体が動く気配はない。


「なんで…?ちゃんとおさらいしなかったからやっぱりまだ不完全なの…!?」


5年後の未来でサーベルトさんはちゃんと生きていた。
夢でも幻でもなく、紛れも無いサーベルトさんその人だった。
タオルで私の目を冷やしてくれて、それから額にキスまでしたじゃないか。

あんなに優しい目をしたサーベルトさんにもう会えないなんて、そんな事あっていいはずがない。
兄思いのゼシカだって悲しむ。
サーベルトさんに懐いていたポルクだって……そうだよ、あんなに楽しそうだったゼシカ達が悲しむ姿なんて見たくない。



大丈夫、私はできる。


さっきそう思ったばかりじゃないか。

私はできる、できるんだ。

今ここで、やらなきゃいけないんだ。


「頑張って、サーベルトさん…お願いだから…戻ってきてください…!」


ありったけのMPを注ぎ込んで、何度も何度も呪文の詠唱を繰り返す。
ひとつひとつに思いを込めながら…丁寧に、ゆっくりと。





すると、ようやくサーベルトさんの右手の指がピクリと反応を示した。



何度も唱えた甲斐あってか呪文が効いたらしい。
サーベルトさんの心臓に手を宛てると、トクン、トクンと小さく鼓動が聞こえ始めた。


「…………良かった。最後まで上手く発動しなかったらどうしようかと………本当に……良かった……」


安心したことによって力が抜けた。それに加えて人の命に関わる呪文って相当疲れるみたいで、どんどん体が重くなっていく。
体力を吸い取られている気分だ。
息を吹き返したとはいえ、サーベルトさんはすぐに動ける体なわけがない。それどころかまだ意識を失ったままだ。
気を失ったままのサーベルトさんと、今にも倒れてしまいそうな私がここに居ることは非常に危険な状況。
いくら弱い魔物といえども、眠っているところを襲われたらひとたまりもあったもんじゃない。

用が済んだらこんな場所からはさっさとおさらばしなければ。
念のためサーベルトさんにベホマをかけつつ、そしてかろうじて残っているMPでリレミトを唱える。
塔から脱出したらその先はこれ、キメラの翼。

膝をついた体勢から翼を高く放り投げ、場所は…そうだな、トラペッタにでもしておこうか。
サーベルトさんの体をしっかり抱きかかえ、トラペッタの町並みを思い浮かべる。
光が私達二人の体を包み、リーザス像の塔の頂上にはサーベルトさんの剣と盾、そして血痕がだけが残された。




その後、私が目を覚ましたのはトラペッタに到着してから10日も後の事だった。

2016.3.20(2012.9.16)
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