DQ8 | ナノ


  14:世界は突然交差する


強盗もとい盗賊から男性が盗られたお金を奪い返し、その後二人組はギャリング家率いるベルガラックの自警団に突き出した。
自警団はそのうち盗賊のアジトを突き止めて懲らしめてやると言っていた。
フォーグとユッケが運営しているらしいので、これで町の人も安心だろう。
あの二人なら多少の強い盗賊団には負けることもなさそうだ。

結局、気分が萎えてしまったので温泉には行かなかった。
色々あって疲れてしまったので、そのまま帰ることにしたのだ。


ククールからもらった指輪は右手の人差し指にピッタリだった。
ククールが右手の薬指に嵌めてたものだったから、私もそれに倣って同じ場所にしようと思ってたんだけど…やっぱり男物のサイズは私には大きかったようで、諦めた。

ククールが何を思ってあんな行動に出たのか私にはわからない。
あの時のククールは昔を思い出してたって言ってたし、『こんな小さい体でいつも頑張ってくれてたんだよな』なんて言葉は本来だったら未来の私に向けての言葉なんじゃないかって思った。

ククールと私はどんな風に時を過ごしてきたのだろう。
ククールの言葉にはどんな意味が込められているんだろう。

…わからない。
今の私じゃ、何もかもがわからないよ。


深く考えれば考えるほどドツボに嵌っていく気がして、頭が痛くなる。

ただ、心配してくれている事だけは伝わってきたけれど…今の私はそれだけだ。
それだけしかわからないんだ。



「ニナ、温泉はどうだった?昨日は疲れて寝ちゃってたみたいだったから部屋には行かなかったけど」
「エイト…」
「あれ、どうしたの?楽しくなかったの?」
「ううん、楽しかったことは楽しかったよ」

カジノでは遊べたこと、それから盗賊退治で温泉には行かなかった事をエイトに話すと、残念そうな表情で慰めてくれた。

「折角楽しみにしてたのにね…また機会作れると思うから、今度こそ僕も一緒に行きたいな」
「そうだね、その時は姫の護衛と重ならないといいね」

そう言ってお互い笑い合った。
優しいエイトはまた機会を作ってくれると言う。
あとどれだけここにいられるのかわからないけど、その機会が来ればいいなとは思う。
でも、なんとなく…本当になんとなくだけど、私はもうすぐ過去に飛ばされるんじゃないかって気がするんだ。

ここに来てから何日が経っただろうか。
この世界では曜日感覚がないから日にちもはっきりとは覚えてないけれど、もう半月は超えているはず。
修行だって順調だし、明日には蘇生呪文のおさらいをやることになっている。
盗賊の一件でスクルトがちゃんと出来た事から、今まで覚えた呪文はちゃんと使えるだろうと安心している。

もうちょっとで今のみんなとはお別れになっちゃうのかなあ…なんか…過去に飛ばされるって知ったときから解っていたことだけれど…やっぱり寂しいものは寂しい。

「えっ…ご、ごめん!?僕何かした??」
「え?」

突然慌てだすエイト。
何事かと思えば、おろおろしながら私の頬にエイト自身の袖を宛がった。

「だって泣いてるからビックリして」
「うわ、本当だ」

言われて気づけば目からじわりと涙が浮き上がっていて、先程はそれがこぼれたんだな、という事を理解した。

「…自覚なかったの?」
「うん、泣いてるって言われてビックリしてる」

寂しさを紛らわすために笑えば、エイトはちょっと困ったように笑った。

「何かあるなら相談に乗るよ?」
「ううん、大丈夫だよ!元気だし!」

こればかりはエイトには言えない。
エイトだけじゃなくて、ククールにもヤンガスにも、トロデ王にもミーティア姫にも。
おじいちゃんにも、ゼシカにもサーベルトさんにも今を生きている人達には誰にも言えない。
例えば過去に行きたくないって私が駄々をこねたとして、誰にもどうすることもできないのだから。

「そう?ニナがそう言うならいいけど…何かあったら遠慮せず言ってね」
「うん!…あ、そうだ」
「何?」
「エイトって髪の毛切れる?」
「髪の毛って……え、もしかして僕にニナの髪の毛を切れってこと?」
「そうそう!エイト器用そうだから切れないかなーって思って。ホラ、今後戦闘とかするのに邪魔になりそうでさ」
「出来ないこともない…とは思うけど、僕でいいの?」
「エイトがいいの!じゃあ私の部屋へ行こ!」
「あ、ちょっ!ニナ!」

有無を言わさずエイトの手を引っ張り、自室へと連れて行く。
髪の毛を伸ばしていることに関しての拘りもないし、気分転換にもってこいだ。
それ以外の気分転換方を知らないのかと言われたら言葉に詰まるけど。




「よし、こんなもんかな…どう?何か気になるところある?」

ハサミを机に置き、そして鏡を渡してくれたエイトの顔はなんだか疲れているようだった。
エイトにとっては日々の鍛錬よりも大変なことだったかもしれないな、と思うとちょっと笑える。

大鏡と手鏡を合わせて後ろも確認すると、想像以上に上手く切れててビックリした。

「エイトってなんでもできちゃうんだねー」
「なんでもってことも無いと思うよ」
「私にしてみたらなんでも出来るように見えるよ、うん!これで大丈夫!おかげさまでサッパリしたよ!」
「それなら良かった。ニナの役に立てたなら光栄だよ」
「エイトはいつも私の役に立ってくれてるじゃない。それも十分すぎるくらい」
「僕自身はそんなつもりないんだけどね…今までの分の精一杯のお返しをしている感じだから」

それでも私は感謝してるんだ、そんなに謙虚にならなくてもいいのに。
でもこれがエイトの性格なんだろうな、お人よしで優しいエイトの。

「しかし、ホントに思い切って短くしたよね。まさかここまで短くするつもりだとは思ってなかったから」

長かった髪の毛はバッサリと完全なショートに。
どうせまた伸びてくるなら思い切り切っておこうと思ってお願いしたのだが、最初エイトは躊躇っていた。
いいから!やっちゃって!と何度も繰り返し言ってようやくここまで切ってもらったのだ。
一見少年のようにも見えるな、と思いつつ鏡の中の自分を見る。

「今のニナを見てると、最初に出会った時を思い出すよ」
「エイトと初めて出会った時はこれくらいだったの?」

自分の髪の毛を指差しながらそう聞くと、エイトはコクリと頷いた。

「エイトー、いるか?」

エイトが何か言おうとしてたのが鏡越しに見えたのだが、それは来訪者によって中断されてしまった。

「ククール、どうしたの?」
「や、今度の新入兵士についての話なんだが…ニナの部屋にいるって聞いてな」
「ああ、そういやその話をする約束だったね」

どうやら新しくお城に配置される兵士についての話らしい。

「エイト用事あったんだね、時間取らせちゃってごめん。ククールも、ごめんね」
「急ぎってわけじゃないから大丈夫だ。エイトはついでで、本心はニナの顔を見に来たってとこかな」
「あー、はいはい、嬉しいですありがとうー」
「僕はついでとか酷くない?」
「ニナとエイトじゃ優先順位が違うんだよ」
「…まあ、わかってることだけどね」

笑いながらため息を吐くという、なんとも器用な事をするエイト。
ククールはいつもそうやって軽い事を言う。
こっちはククールの気持ちが読めなくて悩んでいたっていうのに、ごく普通に会話をしてくるもんだから調子狂うじゃないか。
変に神妙な感じじゃないのは有難いけど。

「で、髪…切ったんだな」
「うん、今さっきエイトに切ってもらったんだ」
「上手く切れてるじゃねえか。さすがはエイト」
「褒めても何も出ないよー?」
「長い髪も似合ってたけど、やっぱり短いのがニナって感じがするな」


ドクン。

心臓が大きく揺れた。

胸騒ぎがする。


「さっきもね、話の途中だったんだよ。最初に出会った時にこんな感じだったなあって思いだしてさ」


ドクン、ドクン、ドクン。

エイトとククールが私の周りで何かを喋っている。
心臓の音は次第に大きくなり、エイトとククールの声が遠ざかっていく。

胸騒ぎどころの話じゃない、これは…!

私が咄嗟に机に立てかけておいた杖を手に取った、その瞬間だった。


「みんな、ただいま!」


誰かが部屋の前に立っている。
でも、ぼやけてハッキリとした姿は見えない。

エイトもククールも、何もかもが見えなくなっていく。
声も聞こえない。


部屋の前の誰かと目が合ったような気がした。


ほんの、一瞬だった。


目の前に大きな光が広がり、すぐさま目も開けられないくらい眩しくなって。
そして自分の体がその光に飲み込まれていく。
ぎゅっと目を瞑ると、あの時の様に自分の体が反転したような感覚に襲われた。


「ニナ!!」


落ちる、と思った瞬間。
誰かが私を呼んだ声が聞こえた気がした。

2016.1.14(2012.9.6)
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