白花4







「さぁすけー!」

「はいはい、今度は何ですか」
「お八つだ!はようまいれっ」

「…ああ、はい」


あれから一月が経ち、里での三年間は軽く越えた気がする佐助である。──下の名を呼ばれた回数についてだが。

『お遊戯』を町の子供たちから学ぶと、弁丸は一層佐助に懐いた。せがまれ体術を披露したのも、理由の一つになったらしい。いずれは鍛練の相手もしてくれと、とてつもなく目を輝かされた。

そして、彼が一日の中で最も喜悦する御八つ時。その際も、必ず佐助を傍に座らせる。


「どうだっ?」
「はい、大丈夫ですよ」
「だから、どくは入っておらぬといっておろう!ほら!」
「勘弁して下さいよ、もう…旨いですってば。嬉しいです、幸せですホント」

「ふふっ、であろう?」

佐助からその言葉が出ると、またニコニコと破顔する弁丸。
自分の好きな物(団子や饅頭などの甘味)は、他人が食べても同じ気持ちになると信じているようで、佐助への褒美のつもりらしい。

最初に『毒見もなしになんて』と、注意したのがいけなかった。それからは、佐助は毎回こんな羽目に…少量なので苦ではないが、言わされる台詞と弁丸の笑顔が、どうしても慣れないのだ。

日が沈み外が陰り始めた頃、女中が皿を下げに来た。「今日のお八つは遅かったんですね」と、佐助が声を掛けると、


「今宵は、早くに休まれるとのことですので」

「夕げはたべぬので、かわりにそうしてもらったのだ」
「へえ…」

弁丸は寝所に移り、佐助も一応ついていった。「では、お休みなさいませ」と膝を着き、頭を下げるが、


「さすけ、はよう」
「──はい?」

布団をめくり手招きをする弁丸に、佐助は目が点になる。
だが、彼はお構い無しに佐助の手を引き、「それがしがねるまででよいから」と、布団を叩く。断ればどうなるか、これまでの付き合いで既に知った、意思の強い目で佐助を見上げて。

「出来るわけないっしょ…汚れちまいますよ」
「さすけもきがえたではないか」
「さっきまで外にいたし──って、ちょっ…」

「どこもきたなくないぞ?」
「…ハァ。もう良いや」

諦めた佐助を弁丸は笑い、引き込んだ彼の躯へ身を寄せる。
寝間着の薄い着物だからか、伝わる温もりは熱いほど。佐助は、居心地の悪さに顔をしかめた。


(まぁ……気楽ではあるけどさ…)


弁丸の周りは、本当に人が少ないのだ。
口うるさい者もおらず、一介の忍と彼が二人でいても、皆微笑ましそうに眺めている。砕けた口調も使いやすく、一度も咎められたことがない。

佐助は、人前で修練に明け暮れるのを嫌い、陰で要領良くやる方を好む性格である。他者との関わりも実際は億劫で、一人でいるときが最も羽を伸ばせた。

子供を知らなかったのだ、弁丸相手に戸惑うのは当然だろうが…ここの環境が休養時に近いせいで、『他の忍には見られてないし…』『いやいや、任務中だろ』と、身の在りようを揺さぶられていた。



「さすけも、もうここでねぬか?」
「何言って…だいたいおかしいでしょ、二人で寝るとか」

「…ずっと小さいときは、母上がこうしてくれた」

弁丸は控えめな声で、「今日は、母上とおわかれした日なのだ」と身を擦り寄せてくる。


「…そうなんですか」

「さすけは、それがしがきらいか?」
「──は?」
「いつも、へんなかおをするだろう」
「変、…って」

驚きや戸惑いといったそれだろうが、気にしている様子は少しも見られなかったのに。結局、また面食らった佐助である。

「考えたこともないですよ」
「まことか…?」
「人を好き嫌いで見ませんから、俺らは。心配しなくても、逃げませんて」

「……では、さすけはだれもすいておらぬのか」
「はい。…?」

てっきり、また『山に帰るのでは』と不安がったのだろうと、思ったのだが。
弁丸の呆けた顔に、佐助は理解し直し、

「皆そういう風になるんですよ、忍は目と凪が命だから」

「なぎ…?」
「好きとか嫌いとかに傾倒してたら、視野が狭まり判断力が鈍るんです。そうなりゃ、簡単にお役御免なんで」

何となくだろうが納得はしたようで、弁丸は「そうなのか」と頷いた。


「きらわれぬのなら、よいか…」
「はぁ…、そんなに嫌ですか?嫌われるの」
「いやにきまっておろう」

弁丸は口を尖らせ、

「すいたものには、きらわれとうない。だから、さすけにはきらわれとうなかったのだ」

とすねた口振りで言い、佐助を窺う。



「──え?」
「またへんなかおだ、ともうした」

「…いやすいません、意味分かんなくて。弁丸様が、何で俺を…」
「いみなどしらぬ。…あ」

弁丸はポツリ呟き、「さすけはやさしいからな」と付け加えた。


(………誰が?)


彼の誤った感受性に、佐助の眉は寄る一方である。ただ適度に甘やかしているだけで、それは優しさとは言わないはずだ。
腰や背中の辺りに、ざわざわとしたものが這い上がってきた。


「弁丸様、それ勘違いだから。俺、優しくない…」
「…うん……」

いつの間にか弁丸はまどろんでおり、佐助は口を閉ざした。
やがて沈黙が訪れ、小さな寝息が佐助の首元を撫で始める。



(『好いた』って……)


あり得ない。
優しくなんかない。違うのに、それは


“どうだ、うまいだろうっ?それがし、これが大すきなのだ!”


「………」

大好物の菓子と自分に向ける、どうにも慣れないあの笑顔。それが突然脳裏に浮かび、目の前の寝顔と重なった。

胸から腹にぴったり寄り添われ、息遣いの度に力が加わり、また離れていく。伝わる体温は変わらぬ熱さで、首にかかる吐息のせいか、顔にもそれが伸びてきた。…熱い。
焚き火を間近にするときに起こる、頬の火照りに似ている。


「……んゅ…」
「…ッ、」


(な……に、して……)


せっかく寝付いたというのに、髪に触れてしまっていた。しかも離せず、他人事のように茫然とする。

…気持ちが良すぎるのだ。見た目通り柔らかく、小さな頭は本当に温かい。
そっと背に片手を回すと、腕にも温もりが溶けていく。全身が弛緩するような心地に飲まれるが、それは錯覚だったのではなく、

気付けば夜半を過ぎており、ここでも人の少なさが幸いした。
もちろん報告するはずもなく、長きに渡り彼一人の胸の内に納められる、小さな秘事となった。







‐2013.2.22 up‐

読んで下さり、ありがとうございました!
なんちゃって戦国、テンションも何か低くてすみません。幼少期〜とか、きっと沢山の佐幸好き様が書かれてる・読まれてると思うんですが、やはりやってみたかったようです。お目汚し失礼しました。やっぱ子供らしくないぜ、弁丸様でも…

あの、3宴の佐助の過去?話ネタをお借りしたい欲望が…もう少し育った設定で書きたいな。長編な続き物ではなく、書きたい年齢や設定飛び飛びな予感。書けたら…の話で未定ですが; 何より、戦国部屋を作りたかったんですね。他の設定とかもやれたらな〜と。

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