白花3
──分からないが、このまま泣かせていては己の身が危うい。どうにか機嫌を治せないかと、思案を巡らせ、
「あの……次は、私が鬼の番ですよね」
「んっ…、ぅむ…!」
これはよほど効くらしく、弁丸は大きく頷き、涙も引っ込んだ。
佐助から手を離して周りを窺い、彼が目を閉じると今度は静かに動き始める。
「…十九…、二十…」
再び佐助が目を開けたときには、辺りは静寂に包まれていた。
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「んー…?」
「…違うか…」
「ここでもないし…」
そう大きくもないのに、佐助の声はよく通る。隠れている弁丸の耳にも、きっと届いているだろう。
(話、ちゃんと聞いてたんだな…)
庭中探したが、彼の姿はどこにもない。『隠れるには不適切』という場所は、きちんと覚えていたらしい。
それからたっぷり時間を置いた後、佐助は部屋に上がった。──隅にある、小さく狭い物置の前に腰を下ろす。
「部屋も全部見たし、どこにおられるんだろう…」
『………』
「マっズいなぁ…俺様、負けたことねーのに」
『…クスクス…』
忍び笑いが聞こえたかと思うと、佐助の目の前の戸がスルッと開き、
「どうだ、さすけっ!こうさんか!?」
「ッ!弁丸様、そんなところに!?思いもしませんでした…」
「そうだろう!ここは、小さくないと入れぬからなっ」
「ですね…考えが足りませんで」
──よし、上手くいった。
本人のためにはならないが、今回だけは使わせてもらおう。
すっかり上機嫌になった弁丸の姿に、佐助は密かに胸を撫で下ろす。
満足も出来たらしく、かくれんぼはそこで打ち止めになった。
その後は彼の好きな書物や、尊敬する父親や武将の話を聞かされ、やっと穏便に過ごせたわけだが、
「なぁ、さきほど『おれさま』とかもうしたな?」
「あ…れは…」
一人言を装うためだったが、気を悪くさせたか……しかし、弁丸は愉快そうに佐助を窺っている。
「恥ずかしながら、里ではふざけた物言いをしてまして」
「それがしはきにいった!さすけは、そちらのほうがよい」
ゆえに、この先はそう話せと命じてくる。これには、さすがに佐助も顔色を変え、
「冗談でしょう、長に殺されますよ」
「さすけは、それがしのしのびぞ?それがしがよいというのだから、大じょうぶだ!」
「は……ぁ…」
“とにかく、言うことに従え──”
これも、そうするべきなんだろうか…
葛藤に差し掛かったところで弁丸が父親に呼ばれ、その場は救われた佐助である。
その晩、佐助は長に今日の報告をした。
「上手くやれたようだな。殿も喜んでおられたぞ」
「…しかし、あれでは弁丸様の身にならぬと思うんですが」
と、かくれんぼでわざと負けて機嫌を取った事実や、明日からは水練や木登り、他にも色々すると予告されたことを話す。その度にあんな真似をしていれば、時間の無駄以下になるだけであると。
が、話を聞いた長は唸り、額を押さえると、
「だから不適任だと言ったんだ……お前、それは鍛練じゃないんだよ」
ただの『お遊戯』だろうがと、呆れた顔で佐助を見る。
佐助は目を開き、「お遊…?」と瞬かせた。
(…まさか、そんなことも知らなんだとは)
長は顔を渋らせ、それを佐助に教えた。こちらが大人なら、必ずしも真剣勝負ですることはないと。よって、最後の判断は正しかったのだとも。
里の子供たちにも遊戯に興じる時間はあるのだが、佐助は来て以来、彼らと接する機会がなかった。さらにそれ以前の環境を考えれば、知らないのが当然だ…「言っておくべきだったな」と、彼の困惑顔をほぐすため、長は苦笑する。
「一度、町で子供らを見て来ると良い」
「あ…はい」
「弁丸様も喜んでおられる。兄上の乳兄弟が、ちょうどお前くらいの年頃でな」
仲の良い二人を、時折羨ましそうに見ているらしい。佐助は、『それで歳を聞かれたのか』と解し、
「ですが、そんな身分では…」
「幼いが賢い方だ、わきまえておられるよ。でなくとも、お前を気に入って下さったようだ」
「……何故…、ですかね」
「さぁなぁ、こちらが聞きたいくらいだが。顔のせいかもな、他より親しみやすいのではないか?」
「…ああ」
なるほど、まず初めに習った『疑惑を持たせぬ表情』は、子供相手にも有効だというわけだ。この場合は、良かったのかどうかは怪しいが。
だが一度請け負った任務は、自ら止めることは叶わない。考えても意味がないだろう。
「どうした?」
「何か、疲れちまっ…──いえ、」
「いや良い、私の前では気にするな。術の方が易いだろうよ、お前には特に」
いつも以上に努めることだと肩を叩かれ、佐助は退かされた。
里に初めて来た日はひたすら睡眠を貪ったが、それと同じほどに瞼が重い。
『あのときとは違うのにな』と霞がかる頭で思いながら、いつもより早く横になった。
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