白花2
しばらく目を輝かせていた弁丸だったが、はっ…と今度は難しい顔になり、
「すまぬ…」
「は?──ああ、慣れてますんで」
「………」
相手を傷付けたと感じたのか、弁丸は黙ってしまった。またもや予測不能な事態に、佐助はどう言えば良いのか分からない。
と思っていたら、彼は早くも明るい顔に戻り、
「さすけは、としはいくつなのだ?」
「あの……猿飛、…ですけど」
「としだ、とし!それはうじであろう?」
「…は、ぁ。…十三ですかね、確か」
ふーんと弁丸は満足そうに頷き、「それがしは七つだ!」と主張する。『それが?』と続きを待っていると、
「今までの中では、さすけがもっともとしがちかいぞ」
「そうなんですか」
「そっ…、う、うむ」
「?」
何か言いかけて止めた弁丸。
表情は明るく楽しげなのがしぼんだものになり、佐助は首を傾げる。
里で学んだ、面相から胸中を読み取る方法がちっとも使えない。だいたい、こんな複雑な動きは見た試しがないのだ。
…簡単な役目だと思ったのは、どうやら間違いだったらしい。
「明日は、よみかきとたんれんがおわったら、きてほしいのだが…」
「朝からいますよ。邪魔しないよう、隠れてますけど」
「そ、そうかっ」
ホッとした様子で弁丸は腰を上げ、「では、今日はもうやすんでくれ」と佐助を促す。
佐助も短く返事をし、立ち上がった。
「これからよろしくな、さすけ!」
「──は、滅相も…」
やはり親子だなと、先のやり取りを思い出す。だが向けられる視線は下からで、あの綺麗な目が真っ直ぐ佐助の姿を捉えていた。
こめかみの辺りがピリッと痛み、佐助は数度瞬きを繰り返す。馴れない世界に、気を張り過ぎていたのだろうか。何とも不甲斐ない話だが。
そのまま頭を下げ、新しい場所だが見慣れた粗末な寝床まで、一瞬で移った。
翌日、佐助は弁丸が起きる前から近くに控え、彼の座学と鍛練後、日が高くなった頃に部屋に呼ばれた。
「これから何を?」
「うん、『かくれんぼ』をいたす!まずは、さすけがおにになれ」
「かくれんぼ?」
すると、「しらぬのか?」と弁丸は意外そうにし、誇らしげにそれを説明した。
(ああ、敵の目を欺くための…)
自分も、似た修行を何度かやらされた。目をつぶって二十数えるというのはなかったが、言われた通りに従う。
「ひとーつ、ふたーつ…」
「けっして見てはならんぞっ?」
「…みーっつ」
「!!」
きゃははと甲高い声を上げ、弁丸は佐助から離れ駆けていく。
あれでは、どの方向に行ったか筒抜けだ。他の従者は何を考えているのだろう、あんな初歩的なことを教えてないなんて。
当然のごとく、庭の岩陰に隠れていた姿をすぐに発見した。
「な…!さすけ、ほんとうに見ておらなんだか!?」
「ちゃんとしましたよ。弁丸様が跡を残し過ぎなんです、場所ももっと選ばないと」
「む…?」
「声も気配も消すのは、隠し身の基本でしょう。それから、人が探さぬ所を即座に見極めて──…」
「──では、あちらは?」
「あれも一方しか隠せません。見付けてくれと言ってるようなもんです」
「……」
示す場所全てが不合格で、弁丸の頬は徐々に膨らんでいく。「もうよい、つぎはそれがしがおにのばんだ」と目を閉じ、数え始めた。
「いや、私は…」
「かならず見つけるからな!…みーっつ…」
(俺より、そっちがもっとやるべきじゃ…)
と思ったが、見付ける側には自信があるのかもなと、適当な高さの木の上に身を隠した。
数え終えた弁丸が目を開け、周りをキョロキョロし始める。
上から眺めていると、本当にまだ小さい…昔偶然近くで目にした、よちよち歩きの赤ん坊を思い出す。それを見たときに湧いた、よく分からないモヤのようなものも。
「ここだっ!…おらぬ」
「あ、ここだな!?……ぬぅ…」
「ならば、もうこちらしか…!!」
などと騒がしく、そこらを覗いたり開けて回る彼。いないと分かる度悔しげな顔になり、やがてそれは別物へと変わっていく。
「…さすけぇ……」
──だから、その上だって。頼むから、ちょっとは見てくれ…
佐助は焦れる思いで、途方に暮れる弁丸を見つめる。こんなにも分かりやすく近くにいるというのに、彼は気付かず下ばかりを向いている。
その内『ぐすっぐす…』という嗚咽が届き、佐助は無意識に枝を鳴らしていた。
「あ…!」
「…えー、とですね、」
「こごにおっだのかぁ…!」
「!?」
どぉっと抱き付かれ腹へまともに衝撃を食らい、一瞬息が止まる。なんつう馬鹿力だと離れようとするが、小さな腕は頑としてそれを許さない。
その状態で、弁丸は佐助を見上げると、
「いなくなったのかとおもった!お山にかえったかと…」
「は、はぁあ?そんなわけないでしょ。う」
里で使っていた気安い言葉遣いが出てしまい、急ぎ取り繕う。
(な……んでだよ…)
半ベソ顔の弁丸に、驚きを通り越し戦慄した。何故そう思ったのか、それでどうして泣くのかが分からなくて。…分からない。
もし実際に自分が消えたとしても、代わりは他にいくらでもいる。まるで全てをなくしてしまうかのような、そんな怯えた目をする必要など、どこにもないというのに。
[ 2/29 ][*前へ] [次へ#]