花霞3




「よく似合ってるよ」

「…そ、そうでござるか?」


その前に『綺麗ですなぁ』と言おうとしていたので、ヒヤリとする幸村。

言わなくて良かったと胸を撫で下ろすが、その様子は恥じらいを隠そうとする風にしか見えず、慶次の心をまた喜ばせる結果となっていた。


「槍を握る際は、外しておきまする」
「やっぱ、落としそうかい?」

笑う慶次に、幸村も口元を緩める。



(…戦の空気には、触れさせたくない)


こんな綺麗な物は、あの場には似合わない。今とはまるで違う、鬼と化す自分にも。


──会って間もない頃の二人は、互いの生き方を否定し合っていた。理解はともかく納得には到った今も、それぞれの道が交わることはない。
しかし、幸村は彼の愚かさや甘い考えに、密かな尊敬や夢を抱かされた。そして何より、その暖かさに惹かれた。

そんな彼に、贈られた物であるからこそ。



「じゃあ、調節できるよう俺が作り変えるよ。余った珠は、もらっとくな?」
「…え、しかし…」

「珊瑚は、開運や魔除けの力があるんだってよ。俺以外の魔が付かねぇようにーってな」

慶次は冗談めかして笑い、幸村の手首を軽く握ると、


「着けてくれよ。…どんなお前になっても良いからさ」


「………」


(慶次殿…)


案じさせまいとしてだろう、慶次は笑顔を絶やさず言うが、彼が思うより、幸村は彼のことを分かっている。
──鬼でも何でもなって良い、また逢えるのなら。その目はそう訴えていた。

珊瑚は開運などの他に、生命力や長寿をもたらすとも言う。



「……」

その笑顔を徒労にはしたくない、幸村は彼の望む通り、真意には気付かぬ振りを決めた。

「では…お願いしまする」
「よしきた!」

慶次はニッと笑い、

「けど、戦に着けてくのはそうねぇかもな」
「え?」
「あれ、土地の豊潤を招く舞でさ。行った先々でしてるから、戦がなくなる日も遠くねぇ…なんてな」

「…それは…」
「あ、でも踊ってばっかじゃねーよ?ちゃんとやってるからな、俺なりに」

「──はい」

慶次の奔放さを幸村がよく戒めるので、会えば度々するやり取りである。

焦り言う姿はもう本心のようで、幸村も笑ってしまう。それに慶次も内心で安堵し、二人は静かに笑い合った。









町の灯りはぽつぽつ消え始め、時折小さく届いていた笑い声も、少なくなってきた。

そろそろ戻らなければと夢吉を呼ぶ慶次だが、どこまで登ったのか、なかなか姿を現さない。


「………」
「ん?」
「…いえ…」

目をそらす幸村に、慶次は「あ」と、

「もしかして見惚れてた?こういう格好も、結構乙だろ?」

「……、…はい」
「…お」

予想しない応えに「嬉しいねぇ」と照れると、慶次は幸村の腕に目をやり、

「これ、宿じゃなきゃ直せねぇからなぁ。朝までには渡してぇし」

「…難しゅうござるか?」
「いや、すぐできるよ」
「では…」
「あー……と、ごめん。酒、宿に置いて来ちまってさ」

「いえ…、…あの…」

頭をかく慶次に、幸村は続けて口を開こうとするが、

「町で武田の奴らに聞いたけど、今日は皆夜通し遊ぶって?……幸は例外?」


「………」


それこそを言おうとしていたのだ、『通じていたのか』と幸村は羞恥に見舞われるが、慶次の方も良い勝負な顔をしている。

首を振り、「……いいえ」と応えると、


「──幸!」
「ぇ、わ、ッ…」

抱きすくめられ慌てるも、その前に見た慶次の顔は、本当に嬉しそうに輝いていた。…幸村は力を抜かされ、彼の腕に大人しく従う。

会えるのも賭けだった分、そうなるのは無理もない。慶次は喜びに頬を色付かせ、幸村を長く逃そうとしなかった。


「朝までに帰せるかな…」

「……」
「ははっ、ウソウソ」

慶次は笑い、幸村を離すと、「早く春が来りゃ良いな」


え…?

幸村は瞬かせるが、彼は町の花霞を見つめ、


「お前にとっちゃ暑苦しい夏だろうけどな。…そうなったら俺、ずっと離さねぇからさ」


「──…」


四季のことではないと悟ると、幸村は胸をギュッと掴まれた。…手首の飾りを握り、そして強く、強く誓う。

自身の言葉に苦笑する慶次に、幸村も笑みを浮かべた。


「某……夏も好きですゆえ」

「っ、そう来るかい…」

彼には当たり所だったのか、慶次は若干悔しげに顔を歪め、


「…なぁ。夢吉が戻らねぇ理由、教えてやろうか?」
「え?」

「まだ出ちゃ駄目だと思ってんだろ、俺がいつものするまでは」


『え』


声が出るより先に、腕が引かれる。

二つの影は重なり、広がる花陰に消えた──






[終]












(……寝ちまってたか)


ふぅっと息をつき、慶次は上体を起こす。
胸の上から何かが落ち、拾ってみると、枝から離れたらしい桜の花だった。

──そういえばあのとき、幸村はこれを己の肩から取ろうとして…


「キッキッ」

「夢吉…ほらこれ」

肩に乗った相棒に桜を見せると、夢吉は楽しげに鳴く。
それを愛でる慶次の左腕には、あの飾りと、珠が数個のもう一連が掛かっていた。


「…なぁ夢吉。良いことがあるかも知れねぇよ?」
「ウキッ?」

「や、そんな気がするだけ」

慶次は笑い、夢吉に出発を告げた。



(きっと、もうすぐ…)


以前の夢を見たのは、再会の兆しに違いない。慶次はいざなわれるように、遠山の花霞へ目をやる。

小さな桜を懐に入れ、彼方へと向かった。







‐2013.5.30 up‐

頂戴絵はこちら^^→慶次+α

がらくたのお城】のi-no様より。本当にありがとうございました!前書きに書いた通り非BLサイト様ですが、匂わす程度ならOKと、幸村の手を入れて下さったのです。サイト様では女性にも見えるような描き方で。

寝たフリと「やぁ、俺に逢いに…」は、i-no様のネタを拝借・感謝(*^^*)
他幸なので極力佐助を出したくなくて、あんな流れに。隠れて護衛について来るだろうし。幸村が一人で慶次のとこへ会いに行く、自然なシチュを思いつけなかった;

元々最後は、二人のアクセサリーを着けた慶次のみ登場、幸村は亡くなってて『再会』は慶次の寿命が近々…な風に見せたいと思ってたけど、夢のあるまま終わらせたくなり、あのオマケだけを。アクセの調節・倍加はそのため。幸村は、今も健在で着けてる/着けたまま逝ってしまった、どちらでも。

妄想激しくてすいません; 切な描写むずかすぃ。夢見草は桜の別名、遠くの桜群がそう見えるのを花霞と言うらしいです。

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