千歳緑2







「……では、嫌われてはおらぬのか…?」


佐助の言葉を繰り返し咀嚼した幸村は、やっとのことでそう尋ねた。
佐助は、ふっと空気が抜けたような笑みを漏らすと、

「本当は嫌いな奴なんかごまんといたし、主なら尚更、とっくに裏切ってたよ。…旦那は、どうすりゃそうなれるのか、考えるだけ無駄って知り尽くした」

「……!」

素直に頬を緩め、また赤らめる幸村の反応に、「でもねぇ…」と佐助は呟き、


「っ!?……佐助…?」
「俺様のは、旦那が思ってるようなそれじゃないから」

幸村の髪紐をほどくと肩を押し、いとも簡単にその身体を畳へ倒した。

驚く幸村を尻目に上から被さり、耳元に顔を埋め、着物の合わせ目から片手を差し入れる。耳朶を食み、すべらかな肌を撫でれば、幸村が身を震わせた。

「な、に…っ、」

「…こういうことがしたい意味のだから…こんなに弱くなっちまったわけ。……だから、せめて忍でいさせて、旦那の役に立たせてくれよ」


「──…」

切願する眼の中でかすかな光が揺れ、刃となり幸村の胸に突き刺さる。正にそうであるかのごとく、そこへ血と熱が集中していった。

佐助が身をどけると、幸村はバッと起き上がり、

「…しばし、外で撃ってくる」
「はっ?……っていやいや、夜だし雨…」

突然の奇行に唖然とさせられ、佐助は慌てて引き留めるが、

「今なら、誰にも負けぬ大技を出せそうなのだッ」
「あっつ!ちょ…治めろって、火事に──あぁもう!」

幸村の身体から上がる焔を抑えるため、佐助は脱いだ羽織で彼を包み、それに冷やす術をかけた。力を制御出来なかった幼い頃の彼を、よくこうしてなだめていたのだ。

「もー…何でいきなり…」
「……」

羽織の上から幸村を抱き、その頭や背を撫でる。…もう何年振りのことか。頭の高さが、こんなにも変わっていたなんて。

先ほど彼に触れた際に必死で隠した緊張に、懐かしさや時の流れへの感慨が加わる。増すのは愛しさばかりで、佐助は一層胸を締め付けられた。


「佐助のせいだろう…」
「え…?」

羽織と腕の中、幸村は熱の足跡残る顔で、佐助を見上げる。佐助は、波打つ脈を鎮めながら、

「そんな目されたら、誤解しそうなんだけど…」
「…誤解は、今から解く」

え?と再び佐助が返すと、幸村は羽織を握る手に力を込め、

「お…まえの、苦悩は……もし俺が同じだと知れば、どうなる…?」

「は──」
「ぉお、おれは…!」

返答が怖いのか、幸村は思い切ったように言うと、

「佐助が思う以上に、お前を好っ……いておる!…忍のお前が、俺を同じく想うのはないと思っていたんだ。ゆえに、俺も立派な主にと…」


……え?


と言ったつもりが、声になっていなかったらしい。が、それは幸村でも読み取れたのか、


「俺も、そういう意味で──だ。…それを知った今、俺は何にも負けぬ気がする。力が次々みなぎるのだが、…佐助はどうだ…?」



(力が……)


一つ拳を作り、そっと開いてみる。
…今日に限って、感覚が鈍っているのかも知れない。

佐助がそこかしこに感じるのは、綿毛のような、フワフワしたものだけであった。











幸村の熱が治まり二人が離れると、佐助の羽織は、立派なぼろ切れに変わっていた。


「すまん…」
「今さらだし」

佐助は苦笑すると、

「…あんなに無礼したのに、旦那の影でいさせてくれるの?」
「無論…っ」

「……ありがとう」

慌てて答える幸村に、佐助は深く頭を下げ、

「もう絶対に同じ失敗はしない。…俺様も、すごい力を得たから」

「俺も、油断は二度とせぬゆえ…」
「そりゃ当然っつーか、次やったらタダじゃおかねぇけど」
「う…ぅ」
「冗談だって」

佐助は笑い、「タダじゃおかねーのは敵」と一瞬目を光らせもしたが、すぐにそれを納めた。


「何か夢みたいでさ。…このまま、朝までいて良い?」
「おっ…ぅ」
「旦那は寝て良いよ、俺様大人しくしとくから」
「ね、眠れるわけ」

幸村の言葉は、佐助の行動により途切れた。伸ばした手で幸村の頬を優しく撫で、ほどけたままの髪に指を絡める、それらの。

羽織がないため肩から腕が露になっており、最近はほぼ見ない彼のその姿に、幸村は少々緊張していた。近付いた顔には、先ほど見下ろされたあれが彷彿し、また熱が出そうになる。
それを知ってか知らずか、佐助は目に笑みを浮かべ、

「俺様が旦那に惹かれるのは、必然だったけど…逆はさ。これが、どんだけすごいことか分かる?」

「そんなことは…」
「じゃあ、俺様のどこが良かった?忍ってとこ以外で」

「な……」

幸村は即座に赤面し、佐助は笑みを深めた。

未だに信じられない気持ちで一杯だが、こういう反応一つ一つに、真実なのだと甘く囁かれている気にさせられる。よって、佐助はこれだけで満足なのだが、幸村はしばらく唸ると、


「お前の良いところは、多々あるが…俺が『そう』なのは、佐助だからだ。理由など分からぬ」

「へ?」

佐助は呆気にとられるが、幸村はためらいがちに、またはにかんで、

「お前に初めて会った際と、少し知った際に、既にそうなっておった。ゆえに、何が理由なのか分からぬのだ。…ただ、佐助を思うと真っ先に浮かぶのは、優しいところであるな…」


「──…」


(これって…)


佐助の頭には、これに似た記憶が浮かんでいた。
出会ってまだ間もない頃、『嫌われたくない』の後でした、会話のことである。弁丸が佐助を好いていると言い、意味が分からないと首を傾げた佐助に、

『いみなどしらぬ』
『さすけはやさしいからな』

などと返し、尚怪訝に思わされたあの。あの頃から、彼はちっとも変わっていない。

だが、自分は大いに変わった。…それはきっと、彼のお陰で。
あれが、どんなに温かく優しい言葉だったのか、よく分かり、身に染みるほどに──


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