烏羽2
『育ててくれた同朋を、一人残らず殺したんだ』
「──…」
静かだが明瞭な声色で放たれた言葉に、幸村の顔が強ばる。何か言いたげに佐助の目を見るが、できぬまま暫時が過ぎ、
「それは…」
「同郷の歳上は皆知ってるよ、その後で里長に拾われたから。…そんな奴傍に置いといたら、いつか同じことされちゃうかもよ?」
だからさ…と、佐助は先の要望を暗示する。
「…ここを出ていくと言うのか?」
「違う、他の仕事だけに専念したいってこと。その方が力発揮できるから。武田を裏切るつもりも、仇なすつもりもないよ」
「ならば…っ」
「でも、旦那は別」
視線を下げ、佐助は無表情になると、
「俺様はさ……忍でいたいんだ。なのにアンタの傍にいると、それが叶わなくなる。どんどん弱くなってく。…邪魔なんだよ、その内本当に牙をむきかねない。だから、そうなる前に」
(な……)
幸村は、愕然とした。
以前より傍にいないし、元服してからは無理も我儘も、ほとんど卒業している。記憶にある限りは、佐助の仕事や修行の邪魔をした覚えはない──が、自覚がないだけなのだろうか?
そう考え、『改めるゆえ』と謝ろうとするが、
「昔言ったよな?『好き嫌いがあれば、忍はお役御免だ』って」
あれだよ、と佐助は唇を歪ませる。眉を寄せ、目を険しく細めると、
「どうしようもなく……アンタを嫌いになっちまったわけ。…だって、当然だろ?終いにゃ、力まで奪われるんだから」
だから、頼むよ旦那
畳に拳を着け、佐助は俯いた。
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「そうか…」
長くかかったが、ようやく幸村は一言を返した。
その反応に、佐助の眉間がわずかに動く。いつかの日の、『自分を嫌っているのか』と尋ねてきたあの顔が、頭に浮かんでいた。
「…まぁ大将に話せば、即刻クビかもだけどさ」
「告げておらぬのか」
幸村は少々驚きの目を見せ、
「どんな素性があろうと、お館様はお前を手放すまい。お前が従わざるを得ぬ条件でもって、確とその力を使役するだろう」
「だろーね。ああ見えて、そういうとこ容赦ねぇから」
「ならば、先にお館様へ申せば良かったのに」
「…そりゃあ…」
念頭になかったそれを指摘され、佐助はやや詰まった。が、すぐに「直の主は旦那なんだし」と続ける。
「……」
その言葉を、重要な報告のような顔で受け取ると、幸村は、
「お前の言い分は分かった。…が、一つ頼みがある」
「頼み?」
「ああ。……聞きたいのだ、お前の昔の…」
無理にとは言わぬが、嫌われておるんだ、そうしても障りはないな。大真面目に言う幸村に、意外にも佐助は笑んだ。
「良いよ。大して多くもないし」
聞けば、自分に何の未練も残らなくなるだろうから。
外の雨は、まだ上がりそうになかった。
自身を認識できるようになった年頃には、もうそこにいた。
周りを高い樹木で囲われ、昼間も薄暗い山の奥。簡素な家屋が数軒建ち並び、命じられるまま寝泊まりする場所を転々としていた。子供は自分一人だけで、他は青年に近い少年から中年までと、ほとんどが男。女はごく数人、顔ぶれは早くて三月ほどで変わっていた。
記憶にはないが、拾われた際に三つになったばかりだと、自分で主張していたらしい。よって歳は分かるが、名は不明だ。『ガキ』『チビ』『猿』などと呼ばれるので、初めはそれらが名なのだと捉えていた。
七つになるまでは、女らと同じく家事や炊事をした。男たちはほんの数人を残し、定期的に外へ『仕事』に出る。長いときは一月から数月後に戻り、食料や雑貨を持ち帰る。時折その中に新しい女が混じっていて、今までいた女は翌日には姿を消す。別の場所へ移っているのだと聞いた。
炊事の傍ら、修行もした。後に分かるが、男らの中には何人かの忍くずれがおり、基礎的な術や体術を施された。それから動物の狩りをいくつもこなした後、山を少し下りた場所で、初めての『仕事』にあたった。
人は動物より数倍も易く、呆気にとられた。
そう伝えると、男らは冷笑し、
「やはりお前も、同じ穴の貉(むじな)だな」
「むじなって?」
「獣よ獣」
「けもの?」
よく分からなかったが、特に知りたがりもしなかった。
仕事は、依頼主の『敵』を仕留めて報酬をもらう、あるいは自主的に獲物を狩る…大まかに言えば、その二種類だった。山村から町まで、闇に紛れて動く。
「猿ってのはな、人に似てるが人じゃねぇ…そういった意味で、揶揄する場合にも使う」
「…?おれのこと?」
「お前はその頭がだろ」
男はククと笑い、
「じゃなくてな、俺らに狩られる奴は皆猿並みってことだ。些末にも満たねぇ…お前にもすぐ分かるさ、その内奴らがそう見えてくる」
それは、本当だった。
何度も何度も斬る内、彼らの顔が皆同じに見えてきたのだ。猿は狩らなかったので未知だが、人に似て非なるモノに。
じきに、斬る前からそう見えるようになり、腕は格段に上がった。
「ねぇ、どうした……の…」
ある日、女が倒れ死んでいた。
髪はぐしゃぐしゃにほどけ、顔が腫れ上がっている。首筋には、手形の痕。
普段はひ弱なくせに、どうやって自分で絞めたんだろう。女たちは皆口をきかないので、何を考えているのか分からない。
だが、その光景は深く頭に刻まれた。
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