茜2



「そうなんだ…?…普通は、そうするもんなんじゃないの?」

探るように尋ねてしまい、浮上した佐助の気持ちは揺れた。『お前に言う必要はない』そう返されるだろうに、墓穴を掘った自分が忌まわしい。

だが幸村は怒りはせず、言いにくそうに恥じらって、


「どう致すのかは知っておる。…必要とあらば、いずれ娶った後で考えるわ」

「…前にじゃなくて?」
「俺が役不足であればの話…、っ言わすなバカ者!!」

幸村は真っ赤になり、酒をあおった。ハァッと大きく吐き、「佐助に言われたせいではないぞ」と前置くと、

「俺は、そうしたいと思った相手にしか望まぬ。それを伴侶にできぬのなら、他には要らん。かつ俺にいつか縁談があれば、その妻に触れるまでは致さぬ。…笑われようと」


最後のは、彼らの世界では類を見ない行動だからだろう。笑いたければ笑えと言う彼だが、よもや佐助にそんな気が湧くはずもない。

内には震えるほどの安堵が広がり、それから彼がそう思う相手と、妻になるだろう人を羨んだ。──反面、叶って欲しいとも。


「笑わないよ…アンタらしくて良いと思う。……きっと、その相手とも叶うよ」

「……」

幸村は何も応えず緩く笑み、急に立ち上がると、


「よし、佐助からの祝い酒はもらった!すまんが、手伝ってくれ」
「はっ、ちょ…」

衣装を脱ぎ始める彼に唖然とする佐助だが、怪しい手付きに慌てて止めた。佐助の方が何倍も手慣れている、素早く脱がし、幸村は楽な薄着姿へ。顎紐は彼自身で解き、烏帽子を外すと、

「佐助、最後の我儘を聞いてくれ」

「え?」

衣類を掛け終わった佐助が振り返れば、そこには『弁丸』がいた。

──佐助は、数度瞬かせる。
先ほどまでは、確かに大人の姿をした彼だったのに。目の前で自分を見上げるのは、あのあどけない…


「髪……切んなかったの?」

「『好きなようにすれば良い』と言ったろう?」
「けど…」

大人の髪形に憧れてたんじゃ、と佐助は戸惑うが、

「どれが最も楽なのか考えると、これに到った。佐助が、全てやってくれる」

「…って、アンタなぁ」
「冗談だ」

「──は?」

ほとんど聞いたことのない彼のそれに、佐助は再び唖然とした。幸村は幸村で、その台詞に合わぬ『お叱り』を覚悟した顔で、視線をそらし、

「佐助には手間をかけさせるが、俺はあれが好きなんだ。気持ち良くて、目も覚める……何より、お前とゆっくり話せるゆえ」










「………」

「…いかぬか…?」
「っッッ…」

言葉に詰まっていた佐助に、幸村が懇願の瞳を向けてくる。
佐助は、今初めて酒の恐ろしさを身をもって知った。朱に染めた頬に潤ますそれは、どの妄想をも軽く凌ぐ色艶である。


「分かったよ…これからも、ありがたくさせて頂きます」
「…っ!!」

葛藤の欠片も見せず佐助が苦笑すれば、幸村はホッと肩を下ろした。心より安堵した表情で、「ありがとう、佐助!」と歯を見せる。

落ち着けたのか、いそいそと佐助を窓近くまで促す。横に座らせ、天は晴れていたので月見酒となった。


「七年前と五年前、お前が来てくれなんだら、今の俺はない。本当に感謝しておる」
「…それは、お父上とお館様に言ってよ。第一俺がいなくても、…幸村様…は」

「佐助でなければ、きっと違っていた…」

呟き、佐助の腕にもたれるように、幸村の頭が傾く。──眠気が訪れたらしい。


「…ここで寝ちゃ駄目だって」

「ぅうん…」
「っ、ちょっと、」


(嘘だろ……)


ずるずると幸村の半身は滑り、佐助の腿を枕にするよう、横になってしまった。

膝枕というか、横抱きというべきか──一応は主である彼を、上から見下ろす格好だ。今誰かに見付かれば、無事では済まされない。…だが、佐助は身動きがとれなかった。

外よりも静かな音が室内に流れ、まどろみにいる幸村が口を開く。


「これからは、俺を何と呼ぶ…?」

「……そうだねぇ…」


予てより決めていたもので囁けば、佐助の膝で、幸村が嬉しそうに甘えた。














“お前が来てくれなんだら、今の俺はない…”



(…こっちの台詞だろ)


膝上で静かに寝息を立てる彼を見つめ、どれほど刻が経っただろうか。窓の外は白み、寝所に二人の影が浮かび始める。

幸村の身体には、佐助の羽織が被せられていた。粗末な着物で申し訳ないが、ないよりはマシだろうとしたものだ。
寝付いたのは随分前なのだから、布団に運べば良かったのに、そうできなかったことへの罪滅ぼしでもある。


陽が昇り、空が朝焼けに染まる。
佐助も幸村も、赤く染まっていく。


(まぶし……)


鍛えられた目も、易々眩む。
自分にまとわりつく赤は忌まわしくて仕方ないのに、彼がまとうそれは、全くの別物に見えた。彼自身の中から沸き立つような光で、

……ああそうか、ならば忌避する理由はないわけだ。
この光がなければ、己は


これが闇に染まらぬよう、燦然と燃え続けられるよう願うのなら、自分の力でそうすれば良いだけの話だった。腕だけは確かなのだ、惜しまず使ってやる。

影が失せぬ限りは。



「…だから、もっともっと強くなってくれな。──旦那」


髪を一房手に取り、唇に寄せた。







‐2013.3.19 up‐

読んで下さり、ありがとうございました。
元服・他諸々、捏造ですゆえ; 背景ちょろっとで他キャラは出ないし、全然お祝いムードなくて; 元々この話はないつもりだったんですが、前話からいきなり幸村になってるのも、ちょっとなぁ…と。あと、元服時のしんみりした佐助、やっぱ一度はやってみたかった。

幸村、もうほぼ可愛くないし男らしい発言とか、実にすみません(><) 元服より前でも、そういうの実践してたりするんだろうけど、捏造世界なんで。貞操理念てより、苦手分野でしかも気が乗らないなら、俺は笑われる方を選ぶ的な。

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