猩々緋4






信玄の取り計らいで、弁丸とあの男の関係は、至極平和に終わった。
事情を解した彼は身を引き、今までのような好意的な態度は、変わらずにいてくれる。

だが接する時間は顕著に減り、弁丸は浮かない顔でいた。佐助も、あれからほとんど姿を見せず、陰で守るに留めている。

何日か過ぎたある晩、佐助は信玄に呼ばれた。



「あやつ、佐助を怒らせたとガックリしとったぞ」
「怒ってなんか…」
「日に一度くらいは、顔を見せてやれ」

「…合わせる顔がなくて」

佐助は色のない声で答え、自嘲気味に唇を歪める。

「大事なもの、取り上げちゃって。──様のことも、滅茶苦茶言っちまいました」

「あれで良いんじゃ、弁丸もそう思っとる」
「……」

信玄の柔和な口振りにもほぐれず、佐助は表情をなくしたままだった。


「俺、本当は怖いんです……女に触れるの」
「それは…」
「自分を失いそうで。──相手を、屠ってしまいそうで」

「…何故、そう思う?」

静かな問いかけに、佐助は目を閉じ、あの感覚を手繰り寄せる。何度も被さっては溶け広がり、同じ緋になっていくあの。

昔は、いくら斬っても冷静でいられた。息も、少し上がる程度で。
それが今ではどうだ。斬れば斬るほどに脈動は激しくなり、熱を帯びていく。普通は逆なのに、終息から刻が過ぎるにつれ昂りは増し、やがて気付いた。下穿きの中が、必ず張り詰めていることを。

尋常でない状況や肉体の酷使による、自然な反応。だが、それは一割にも満たないとも、自覚してしまった。


──血に、絶命に、興奮している。

そう理解させられ、佐助は絶望にも似た思いを抱いた。いよいよ獣以下に堕ちたのだと。


「普段は思いもしねぇのに、異常に飢えるんです。術の知識なんざ飛んじまって、ひたすら喰って達したくなる。満足いくまで。…頭ん中は、血の海だってのに」

それが沸き上がりそうで、恐ろしいのだ。普通の興奮で済まなくなったら、犯すだけでは終わらないかも知れない。
…杞憂だとは思う。けれど、己を見失った経験がある者には、わずかなよもやでも、充分危惧に値する。



「案ずるな、佐助。そのようなことは決してない。ワシが保証してやるわ」

「…へ?」

変わらぬ口振りに虚を突かれる佐助だが、信玄はどっしりとした構えで、

「それを恐れておる時点で、お主は獣ではない。獣以下であれば、もがきはせぬよ。おなごを傷付けとうない…情が深いだけにしか思えんわい」


「──…」

佐助は数秒黙らされるも、違うんです、と呟き、


「本当に怖いのは、何をするのか、何をしたかったのか、分かってしまうことです。…俺は…」


緋にまみれた頭に、どうしてか彼の顔が浮かぶ。いつもいつも、いつも。

一度だけ、血と熱を携えたまま寝所に入ったことがある。そしてその際、己の手は無意識の内に動いていた。あの細い身体に触れ、埋まりたいと。
それから衣擦れの音に気付かされ、滑るように恐怖と奈落へ落ちた佐助は、もう二度とは陥らぬと固く封印した。



「ある人を、どうにかしたくなる……最低の下種だ。勝手に生んだ欲を、弱者に…。──様は、俺とは違ったのに」

彼の言う通り、自分が分からない気持ちでもって、二人は心通わせていた。
賤しい欲望だけしかない、自分のこれとは違う。


違う…












主君に、何を暴露しているんだ。冒頭から思っていながら、佐助は動けなかった。
たかが自分のことに、こんなにも真剣な顔で。

何故、この人もこうあるのか。…だから、付け上がってしまう。言葉遣いから態度まで、今もこんな無様をさらして。



「ある人…のう。それはまた、大層な美姫なんじゃろうな」
「いえ…」

「…まあ良い」

信玄は流すと、

「どこもおかしくはない。お主、その者に懸想しておるだけではないか。ゆえに、触れたい…あやつと同じことよ。ただ満足したいだけなら、わざわざ思い出さぬわ」

「……は…」

「昂るようなったのは、以前より恐ろしいからじゃろう。生への未練が増えたせいよ。…人がそれに執す最も強い力じゃ、顔が一に浮かびもしようて」

早よう言えば良いものを、と信玄は緩く咎める。


「──…」

だが、佐助は苦しげな目を向け、

「俺は忍です…あり得ません。…あんなのは、懸想なんて言わない」



「…お主も強情じゃな」

信玄は腕を組み、「そうじゃのう…」と佐助を見下ろし、

「先ほどのは、ワシの話でな。戦から戻れば、すぐに欲しておった。いち早く温もりたくてのう…入れ込んだ相手とそうあるときが、心より生を感じる。抱いていながら抱かれる心地に、密かに涙したこともあるわい」


──お主はどうなんじゃ。

尋ねる口調でなく、ぽつりと落とす。


「忍とて人じゃろう。お主が奪うだけの欲しか持たぬ者なら、弁丸を追いはするまい。…よく考えよ。本当にお主は、ただ犯したいだけなのか…?」



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