猩々緋3
「危なかったね」
「っ!!…お、どかすな」
突然現れた佐助に驚いた後、弁丸は胸を撫で下ろす。
よくあることだが、任務帰り以外で深夜に来るのは珍しい。
「若、もうあの人に近付いちゃ駄目だよ」
「えっ?…無理に決まっておろう、何故だ?」
「何故って、」
佐助は、先ほどの彼が何をしようとしていたのか、弁丸に説明した。
彼もこの歳だし、まぐわいの話を全く知らないわけでもない。硬い生活を送ったせいであまりに純朴だが、周りの声からも、何をどうするのか程度は分かっている。
武人の間では、女より少年の方が好まれ自慢になると聞くが、まさか弁丸がその対象になるとは。佐助も初めは頭が動かず、見せないが、今も動揺が残っていた。
「俺様が止めなきゃ、今頃…」
「え?…お前、まさか何か…っ」
「…一時だけ萎えさせる薬。すぐ治るし、害はないよ」
「な…!」
弁丸はいきり立ち、「ようやく決したというのに!」
「……決?」
突然の怒りに、佐助は唖然とする。弁丸は、その反応に「あ…」と興奮を静め、
「お前は、ずっと任務に出ておったから…。…誤解させてすまぬ」
「誤解?」
「うむ…──様に、以前より望まれていてな。おれも書物で学び、分かっていた。…恥ずかしいゆえ、言いたくなかっただけで」
「……じゃ、知ってて?」
「ああ」
「……ッ」
さらりと出た応えに、佐助の衝撃はまた増えた。『嘘だろ何でそんな』と、頭の中でガンガン鳴り響く。
「なんで……なんで?何で?断りゃ良いじゃん、そんな偉かないよあいつ!お館様に頼めば済むのに、何でそんな我慢すんの?何で俺に言わねぇの?恥ずかしいって何!?何だよ!」
「…さ、すけ?」
声を荒げる彼に驚く弁丸だが、佐助は止まらず、
「そこに突っ込まれんだ、痛いなんてもんじゃねぇだろ絶対!好き勝手されて、きっと死んだ方がマシって思うよ、それでも良いの?あいつはただ気持ちよくなれりゃ、若がどうなったって、…くッそ…!」
最後は絞るように呟き、佐助は静まった。
「………」
「…ぁ、…さ…」
弁丸は、暗く俯く彼をオロオロと見つめ、
「すまん…言えば良かった。案じてくれたのだな」
「……」
「だが、佐助も言っておったろう?──様は、そのような方ではないよ」
「…あ…?」
佐助はすぐに不穏な空気を漂わせるが、弁丸は懸命な態度で、
「とても可愛がってくれ、愛しくてたまらぬのだと仰って下さる。だから、そうされるのだと。辛ければしないからとも…お優しい方だ」
「……若は違うのに、それでも良いの?」
「おれも、お慕いしておるだろう」
「それって、お館様や父上様にと同じだろ?そうじゃなくて」
「…でもうれしいし、おれも好きなんだから、良いじゃないか…」
と言う弁丸の口調は、徐々に力をなくしていく。迷いのある証拠だと、佐助はすぐに見抜き、
「ほら、思い込もうとしてんじゃん。…触られたときも、震えてたろ」
「ッ…!」
「…朝、俺がお館様に伝えといてやるから。穏便に済ませてくれるよ」
「……」
何も言い返さない弁丸に、佐助は内心安堵した。が、弁丸が布団に潜り込み、見なくとも分かるほど消沈していたので、離れられなくなってしまう。
泣くことないだろと、佐助はまた腹が立ってくるが、
「はじめてだったんだ…あんなに、分かりやすく、めでてもらったのは。…ずっとほしかった……だから、うれしくて…」
(あ…)
佐助は真田家での二年を思い、そうだったと気付かされる。
そうか…と、怒りは静まり、
「若…」
「さすけには分からぬ……すきも、きらいもないのだから。…おれの気持ちなど」
明日はよろしく頼む、と鼻をすすりながら告げ、弁丸は完全に沈黙した。
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