淡香4






次の日の昼下がり、弁丸が自室で勉学に励んでいると、


「弁丸様」
「…さすけっ?」

今日は休みなのにと驚きながら、障子を開ける。佐助は手に包みを持ち、「邪魔しちゃってすいません」と部屋へ入った。


「良い、おわったところゆえ。どうしたのだ?休まぬと」
「いやもう、充分休んだんで…」

佐助は、弁丸の言葉を聞いてふと気が付いた。

振り返ってみれば、自分の任務明けの休日には、彼は棲み処に来ようとはしなかったのだな…と。何よりの機会なのに、一度もなしである。


(何だかなぁ…)


そういうところが、佐助を『へんなかお』にさせる要因なのだ。…のせいで、自分もこうして来てしまったのであるし。


「これ、作ってみたんですけど」
「何だ?」
「ちょっと焚きますね」

と、佐助がその香を焚くと、スッとした爽やかな薫りが広がった。強くない匂いで、「おぉ…」と弁丸も深呼吸を誘われ、

「良い匂いだな。さすけは、こんなものも作れるのか」
「薬の要領で試しただけで、んな大層なもんじゃないよ。コレ虫には毒だから、便利かなって」
「どくっ?」

「虫には、だってば。弁丸様、しょっちゅう刺されてんでしょ」

子供で体温が高く汗っかきともなれば、蚊の類いの真っ先の餌食となる。その歳にしては痛みに強い彼でも、痒さにはなかなか抗えないのだ。


「さすけ…」

弁丸は、じーんと感動の表情で、「すまぬな」と佐助に礼を告げた。


「…刺される度に呼ばれちゃ、こっちも敵わないからさ。あと、これね」

「むっ…?くすりか?」
「あれは、違う色だったでしょ」

佐助が差し出したのは、桜色をした饅頭…のようなもので、棲み処で目にしたのとは、別物らしい。
じゃあ何だ?と好奇の目を向ける弁丸に、佐助は「まー、なんつーか…」と濁しながら、

「俺様にも失敗はあるわけで、途中しくじって普通の饅頭になっちゃってさ」

「え…!!」
「捨てるのもあれだし、弁丸様さえ良けりゃ…」
「い、良いのかっ?」

知らぬ間に茶も用意されており、弁丸は目を輝かせる。佐助が「どうぞ」と言うと、饅頭を少し千切り、

「…さすけ」
「はい、良く出来ました」
「しかし、さすけがどくをもるとは思っておらぬぞ!」
「へいへい、分かってますって」

「うん!では、いただきます!」

あんぐとかぶり付き、「!?」と弁丸は目を見張り、


「うまいぞ、さすけぇえ!!本当に作ったのか!」

「そ、そんなに…?」

あまりの迫力に、佐助は『?』と饅頭を見直す。もちろん味見はしたが、そこまでだっただろうかと。
だが、子供の味覚だからかと悟り、すぐ納得に到った。


「また失ぱいしても良いぞ」
「…言うと思った」

夢中で食べる彼に背を向け、佐助は庭を眺めながら、


「これから弁丸様を、『若様』って呼ぶことにしたから」

「──え?」
「あ、様は付けないかも知んないけど」

「………」

弁丸は佐助の背に目をやり、呆然といった顔で、

「それは、兄上の…」


皆からそう呼ばれるのは彼だけで、他には誰もいない。もしも自分が兄だったとしても、それは変わらないんじゃないだろうか……幼心にも、そんな風に思うことがあったので、弁丸は見透かされたのかとも驚いていた。

饅頭の粉をはたき、弁丸は庭先に向かい座る佐助の隣へ、ちょこんと腰を下ろす。
佐助は手を顎に、上げた片膝に片肘を着け、楽だが行儀の悪い姿勢。いつしか、弁丸の前でも見せるようになっていた。


「弁丸様も、真田の若様でしょ?」
「う、うむ…っ!」
「俺様的には、『主』とか『旦那』のが立派なんだけど、まだまだだし」

「…っぬ?」

がん、と頭に衝撃を受けた顔で、弁丸は佐助を見上げ、

「それがしを、主とみとめたから…なのではないのか」

と、次はシュンとした表情に落ちる。


「さあてねぇ……」

佐助はクスリと笑い、弁丸へ向いた。









『言い忘れていたが、弁丸様を名で呼ばぬ癖を付けた方が良いぞ』
『?何故です?』

『今回のような任務で、この先何があるかも分からん。あってはならぬことだが、もしも捕らえられた際に…』

『そんな、』

あの間者とは違い、簡単に吐く前にケリをつける自信はある。問題ないですよと、佐助は気楽な口調で長に返したが、

『だから、万が一だと言っておろう?普段からそうしておれば、些細な粗相も起こらぬであろうし』

と、彼は台詞にそぐわぬ、笑みをこらえる顔付きで、


『無防備な時分に、つい口走るほどなのだから。──まさかお前が、寝言をこぼすことがあろうとはな…』









……面目失墜も良いところである。

仮眠中は誰が近付いても意識を覚ます佐助だが、彼では敵わない。
『嘘でしょう』と言ってやりたかったが、まずそれはないと飲んだ。彼はそういう気質ではないし、その際の詳細話でもされたらたまったものじゃない。


(…誰でもそうなるだろ、こんだけ呼ばれりゃさ…)


この汚点を知れば、小さな主はどんな顔を見せるだろうか。
などと思いながら接していると、その一歩手前の残念そうな表情がおかしくて、やはり隠すことにした。



「さあてねぇ……」

「──…」
「ん、どうかした?『若様』」

「……何でもない」


そんなに嬉しいのかねと、佐助はまたおかしく感じ、口端を上げた。
そういや、こないだ背に乗せて屋根飛びしたときも、同じやり取りをしたなと浮かぶ。

その顔を見た弁丸が、また笑った。







‐2013.2.28 up‐

読んで下さり、ありがとうございました!
色々無理背景で、お目汚しすみませぬ; 現パロ同様やり取りばっか。続編を書けたとしたら、やはりきっと同じ調子です。テンションの低さも…佐助が主だし。次はお館様を絡めたいです、出来るかな…。この二年後設定くらいで。

前作で、佐助の顔付きは子供も警戒しない…はずなのに、任務先の息子には嫌われて; 彼は見る目があって、同じ人間だと思おうとしてる。なので佐助的には好印象な人種だけど、そういう人ほど怖がられることが多くて辛いなぁとか、奥底では抱えてたりして、という妄想。
反して父親のようなタイプは上手く付き合えるけど、内心激嫌悪してるとか。

笑みを見せてくれるようになったのが、こっそり嬉しい弁丸。仕事上で笑うのは、営業用。

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