淡香2
明日からの任務は、真田家と親密な豪族の警護だった。そこの当主はある者と軋轢した過去があり、今その怨讐による危機にさらされているという。
彼は知略と力に富む人物で、国を治めるになくてはならない存在。かつ心優しき真田の殿様が、黙って見過ごせるはずがない。
敵は、手練れをそちらの家人に忍ばせているようで、何度か危険な目に遭ったらしい。和解は不可能な状況だ。
弁丸の父親も、『その道しかないか…』と当主の考えに頷き、忍隊に命を下した。
こちらも家人として潜入し、間者を捕らえ、敵の居場所を吐かせて──。
単独任務も慣れている。集中すれば、弁丸に言った通り半月ほどで終えられるはず。
欺きやすい年若さから、佐助が抜擢された。当主の息子の小姓として身を置き、任務にあたる。
「手が要るようであれば、早めに知らせるのだぞ」
「はい。…まぁ、無いでしょうけど」
「万が一ということもある。決して気を緩めるなよ」
「はっ」
佐助が頭を垂れると、長は「うむ」と空気を和らげ、
「弁丸様は、一層お前を呼びたがるそうだな?」
「…色々聞かれるんで、参ってますよ」
今日(来たことは伏せて)のを含め、今までのやり取りを聞かせると、
「可愛らしいではないか。長よりずっと良い役ぞ、代わって欲しいくらいだな」
長はくっくっと笑い、部屋から出ていった。
(可愛らしい──)
……のか。
女中や家人たちも、よく笑いながら囁いていたが。
ふーん…と思い馳せたが、明朝早くの出発であるので、寝床の準備に入る。
「あのお年頃だ、見知らぬものが目新しいだけだろう」
「え?」
部屋の隅で作業をしていた同朋が、ふいに声をかけてきた。
彼は手を休め、佐助の方に目をやると、
「良かったな、弁丸様の興味が忍にしかなくて。里に来る前の話は、答えようがないものなぁ…?」
それは案じての言葉ではなく、彼は蔑み笑う目で佐助を見ていた。
「………」
全く暇人だと、いつも思う。
そんな考えにかまけている時間があれば、もっと技を磨くだのした方が、よっぽど利になるだろうに。
「…そうですねぇ。覚えてませんから」
「ふん、よく言うぜ……ケダモノ以下の悪鬼が」
「何、どういう意味?」
「ッ!」
瞬時に眼前に寄られ、相手はいささか動揺を見せた。それを嘲笑すると睨み返してきたが、佐助は冷めた目のまま、視線を彼の手へ移し、
「アンタだって一緒だろ、数で言えばさ」
「…一緒にするな」
「ああそうか。その歳で俺様と同じじゃ、腕が知れちゃうもんね」
「貴様……」
「羨ましいですよ、余計な口きく暇があるなんて。仕事分けてあげたいくらい」
そこまで放ったところで武器を構えられ、佐助は荷物とともに外へ出た。
…………………………………
“それがしが知りたいのは、さすけのことだ──”
「………」
自分は一体、何に苛ついたのだろう?
平素なら、わざわざ取り合わないのに。へらりと笑って、上手くごまかすのだが。
(…半月よりも…)
早く終えて、あの同朋をもっと黙らせてやろう。佐助は夜空を見上げ、少しは休むべく目を閉じる。
その屋根の下の部屋では、弁丸がスヤスヤと眠っていた。
任務先の当主は、いかにもやり手といった風貌だった。彼の息子は、それにはまだ及ばないが、十六にして外見は大人の風格である。
あと十年もしない内に、弁丸もこうなるのだろうか。…全く想像できないが。
「もう良い下がれ、さっさと間者を突き止めよ」
「は…」
目立たぬよう黒い鬘を被り、顔も素のままだ。が、息子の方は佐助を見るなり嫌な顔をし、目も向けようとしない。
佐助は静かに姿を消し、屋敷内の陰で耳を澄ませた。
『私は反対です、何故あのような者を…』
『しばしのことだ、そう言うな』
『…あの目……おぞけが致しまする。気味が悪い』
『あやつらは、そういうものであろうが…』
(……だよなぁ…)
父子の言葉に、佐助も大きく同意する。最近の任務は人との会話を要しなかったので、そういや久し振りに聞いたなと。
やはりそれが普通で、正しいのだ。
佐助は、この十日後に間者を見極めた。
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雇い主の居場所を薬で早々に吐かせ、それからすぐの夜にそこへ向かった。当主と息子、その家臣らとともに。
「いかが致しますか」
「決まっておる、申した通りにせい。後処理は、こやつらにもさせるゆえ」
「御意に」
「父上…」
息子が顔を渋らせるが、父親は佐助のみを敵地に送らせた。
とあるうらぶれた屋敷で、相手のもとには他の武士や、忍だろう者も何人かいた。彼に対する不穏分子は、思った以上に多かったわけだ。
そして半刻の後──…
「終わりました」
「…何と…」
「………」
皆目を見張るが、当主は「どれ」と屋敷の中へ足を踏み入れる。息子も後に続き、佐助は二人を、敵の頭領の部屋へと案内した。
「…ッ……」
途中で既に青ざめていた息子だが、それを確認すると先に外へ出ていった。
「あれは、まだ慣れておらんのだ。…うむ、確かに」
「はい」
「思った以上に優秀だのう…どうだ、うちに来んか?真田様なら容赦してくれるであろうし、他にも大勢いるのだろう?」
「お答えできかねます」
「金ならもっと出すぞ、うちには忍はおらんからな」
「……」
「こう言っては何だが、真田様は甘いだろう。お前のような業物は、しかるべき用途にあらねば。錆びてしまっては勿体ない、高い武器は多く使われてこそ…」
「真田の忍は、主からの命を自ら終えられませんので」
一礼し、佐助は先に外へ向かった。
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