糸切りサロメ3
ずるり。ずるり。ずるり。
血塗れの身体が動く。痛みはない。それらは己の血ではなかったから。
真っ紅な姿で現れれば、主は心配そうに顔を歪めた。
莫迦だな、もうすぐ死ぬ人間が他人の心配なんてするなよ。
そうであるな、なぁ、お館様は無事であるか?
大丈夫だよ、旦那は何の心配もしなくていい。
そう、何も知らなくて良いのだ、真実なんて。
含みのある笑みに気づかない主は安堵の溜息をついてそっと瞼を閉じる。もう、この世に未練などないとばかりに、身体の力を抜いていく。
「よくやった。これからは好きにするが良い。屋敷にある、好きな物を持って行け」
己で支える力もないのか、主の身体はズルズルと姿勢を崩していく。それをそっと抱きとめる忍。
流した血と、返り血。
2人の紅が混ざっていく。
閉じた瞼に広がる世界はどのようなモノなのだろうか? もう早速、あの男の待っている姿が見えているのだろうか? 忍の目には主の糸が確かに見えた。
主が輪廻へと引きずられていく様を。
「要らないよ、そんなもの」
抱きしめる力を強めて、そっと唇を耳に近づける。ぴくりと反応する主の瞼。夢から引きずり出す様に、忍は甘く囁く。
「俺が欲しいのは、一つだけ」
そう言うが否や、冷たい身体を抱きしめたまま、六文銭に手を伸ばす。
「なっ……!」
驚愕に見開かれる主の目。
抵抗できない耳からはブチブチと紐のキレる音が入り込む。
チャリ、と安い音が掌の中で響いた。
嗚呼、こんな安価な物で三途の川の渡し賃になるのかと切なくなる。人は、いとも簡単にあの世に逝けるのだ。
でも、こんなものでも持っていなければ輪廻を巡れない。
「可哀想に」
思わず漏れた言葉。
こんな小銭を持たずに旅立つせいで、主は川を渡れない。
再びあの男と殺し合えない。
「ど……して?」
まるで哀願のような問いかけの途中で、主は再び瞼を閉じる。もう、二度と目を覚ますことはない。
プチプチと、見えない糸も切れていく。
[ 112/194 ][*前へ] [次へ#]