糸切りサロメ2

 任務で主の元を離れている間に奇襲を受けたとの報告を受けて、忍は急ぎ帰った。しかし、その時にはもう手遅れだった。必死で探した主は赤い戦装束を更に紅くして虫の息。


「……帰ったか」

 主が蒼白の顔を歪ませてこちらに手を伸ばせば、忍は壊れないようそっとそれに触れる。

 ねちゃりと、主の紅が盛大に掌を覆う。


「今までご苦労だった。真田は、もう終わりだ。これから好きな所へ行くが良い。好きな主に仕えろ。……ただ」

 僅かに主の手に力が籠る。


「頼みがあるのだ。俺の最期の願いを聞いてはくれまいか」

 散々多くの兵を屠ってきた腕に、力は既にない。


「俺の部屋の隠し部屋に家代々の財が置いてある。好きなだけ持っていけば良い。他に俺があげられるものなら何でもやろう。だから、頼む。お館様を護ってくれ。俺がまだこの世に在るうちは、どんなことをしてもお館様を護りたいのだ」

 頼む、と言うと、しゃべりすぎたのか主は荒い息をする。ゼイゼイと耳障りな音がして、肺が潰れてしまいそうな咳をする。それでも、再び言葉を紡いだ。



――お前しかいないのだ



 嗚呼、狡い。アンタは狡い。いつもその言葉で主は己を縛る。


 叫びだしそうな気持ちを仕舞い込み、「じゃぁそうさせてもらうよ」と冷たく笑って立ち上がる。

 その口惜しさを隠すように、忍は主の血を顔に塗りたくった。失いつつある主の温もりの戦化粧。


 愛しい人の願いのために最後の舞いを踊ろう。己の力の限りに踊りながら、心の衣を一枚ずつ脱いでいこう。


 全て脱ぎ去った時に現れる心は何だろうか? 

 きっと、途方もない欲望だけ。



 景色は、紅・紅・紅。


 けれど、多くの血が混ざっても、彼の人の血だけは穢れはしない。

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