糸切りサロメ1

 ガランと、刀の落ちる音を遠くから眺めていた。

「アンタの勝ちだ……真田幸村」

「政宗殿……貴殿に会えたこと、この幸村誇りに想う」

 膝をついて荒い息を吐く男は、瀕死の状態だと言うのに苦々しいほど不敵に微笑みを浮かべている。

「Ha! 次、生まれたときは…俺が勝つ……」

 ゆっくりと崩れ落ちる身体。声すら出ない乾いた唇がそっと動く。


―――まってるぜ


 声にならない声を、確かに聞いた。事切れた相手をじっと見つめる主。その瞳の色は喜びでも達成感でも嫌悪でもなく。焦がれるような羨望。

「来世でも、また相見えようぞ」

 ようやく肉塊から目を離してそっと空を見上げて呟く赤い背中。

 すっと細まった瞳は空ではなくどこまでも青を映していて。



 嗚呼、主は縛られたのだと、烈々に思い知った。




 この世界で永遠に続く、輪廻の輪。

 もしそんなものが本当に存在するのなら、人で在りながら人成らざる者として生きる己はどうなるのだろうと、忍は苦無を投げながらぼんやりと想う。

 しかし、その前に己はあまりにも人を殺めすぎていることに気づき、もし輪廻の輪が在ったとしても己は生まれ変われずに永遠に地獄の責め苦を受け続けるのだろうと答えをすんなり見つけてしまう。

 己の見出した結論をおとなしく了承する反面、身が千切れるような痛みを感じて忍は眉を顰めた。幼い頃から感情など要らないと親に叩き込まれて育ってきた。ただ任務のために忠実であれば良いのだと。それなのに、己にはまだ痛む心があったのか。


 助けを求めるように見あげた夜空に浮かぶ月はまるで燃えているよう。嗚呼、何と美しいのだろう。その輝くような赤さに眩暈を覚える。

 恍惚とした気分を感じながら忍は大型手裏剣を正確に敵へと突き刺した。グシャリと残酷な音がするが、もうとっくに聞き飽きていた。


「     」


 耳の中に、どんなに聞いても聞き飽きない声が聞こえる。自分の名前を呼んでいる。その声を聞くだけで満ち足りた気持ちになり、思い出すだけでその時の気持ちが甦る。


「頼んだぞ、お前しかいないのだ」

 
 だから今、己の前で繰り広げられる音は只の騒音でしかない。



 人を殺める度、見えない糸が光を放つ。

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