チルツバキ4
気だるく縁側に座って、政宗は赤が所々に散らばる庭を眺めていた。
「甲斐に行く」
ボソリと呟いた言葉は独り言の様に小さかったけれど、腹心は聞き逃さなかった。
「冗談ですか?」
「同盟を結んでいて、油断している時だ。あのオッサンを倒すいい機会だろ」
クツクツと笑う主を見て、そっと眉をひそめる。
「それでは、あの若き虎がどうなるか」
「怒り狂うだろうな」
『俺ダケヲ見テ』
「我を忘れて俺の首を狙ってくるだろう」
『ソノ心ヲ俺デイッパイニシテ』
「そして、それを俺が倒す」
『閉ジコメテアゲヨウ コノ身体二』
「大丈夫ダ」
『骨マデ 食ベテ アゲルカラ』
突然、眼帯を抑えて狂ったように笑いだす政宗。
我を失った主の姿を見て腹心の心は痛む。
ずっと彼の成長を見守ってきた。腹心として、兄として。
この国を統べる彼の周りには、対等でいられる人がいなかった。その孤独を受け止められる人を何故天は与えてくれないのだろうと、ずっと彼の運命を恨んできた。
しかし、自分ではどうすることもできないのだ。
「なぁ、小十郎」
突然笑うのを止めて、庭を眺めながら政宗は声を出す。
「もし、俺の目が正常で、俺が奥州を治める者ではなかったら」
俺ハ、愛サレテタ?
「……なんでもない。忘れてくれ」
「政宗様」
質問を途中で止める主に、腹心はそっと口を開く。
「あなた様は天下を統べるお人。奥州はあなたを必要としている。それだけは、どうぞお忘れなきよう」
「当たり前だろ。甲斐を落とせば奥州はもっと力をつける。豊臣なんざ敵じゃねぇよ」
そう笑った時の自身の危うさを、政宗は知らない。
彼の視界には、赤が鈍く光っていた。
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