チルツバキ2

 豊臣の勢力に抵抗するために奥州は甲斐と一時的な同盟を結ぶ。政宗に信頼の情を示すために、信玄は虎の若子と呼ばれる彼を使者として遣った。

 土産だと言って持ってきた甘味のほとんどを己の腹に収めてしまい政宗に平謝りをする彼は紅蓮の鬼の面影などまったくなく、体まで火傷しそうな政宗の闘争心をそいでしまった。それから、二人は武士としてではなく一人の人間として言葉を交わす。

 歳の近い友人のいない政宗にとって、彼との何気ない会話でさえも新鮮で楽しかった。

 真夏のようなジリジリとした太陽とは違う、日向で微睡むような心地よい太陽の一面を知る。



 殺してしまうだけでは勿体無い。



 心臓のさらに奥からかすかに芽生える感情を政宗はどう処理してよいのか分からずに途方に暮れた。


「アンタはまっすぐな男だな。その純粋さが眩しい時がある」

「某も貴殿の冷静沈着な所がとてもうらやましいでござるよ」


 つい本音を漏らしてしまえばそう温かく微笑まれて、ガラにもなく動揺する。



 自他ともに認めるライバルも己と同じ気持ちを抱いてくれているのだろうかと淡い期待を抱いた。




 すべてが正反対でも本質は同じなのだと、そう笑って言って欲しかった。





「奥州はとてもいいところでござるな」


 二人で馬を走らせて政宗の秘密の場所を案内した時、彼はそう言って政宗が治める地を見下ろした。

「雪は多いがな」

「上田も雪がよく降りますぞ。雪を見ると心が弾むゆえ、多く降れば降るほど嬉しいでござるよ」

「意外だな。そんなに雪が好きならいっそのことここに住むか?」

「政宗殿は面白いことをおっしゃる」

 はずみで出た言葉を、彼は純粋に冗談だと捉えて笑う。

「あぁ、jokeだ。……アンタに雪は似合わない」



 燃えるように真っ赤なその姿に、雪はたちまち溶けてしまうだろう。



「しかし、こうして一面銀世界になったこの景色は圧巻でござるな」

 ポツリと返した声を彼が聞いたのかは分からない。



「なぁ。もし」


 それでも、唇が勝手に動いていた。


「俺が天下を統一して、その後もアンタが生きていたならば」


 自分は一体、何を言おうとしていたのだろう?



「もしそうなれば」


 政宗のその後の言葉を、彼の声が止める。




「某は貴殿を討つために全力で参ろうぞ」




 思わず見上げた先に映ったその顔は誇らしそうに輝いている。



「某の全てはお館様のためにある」

 バラバラと、心の何かが壊れていく音が聞こえた。


「お館様の天下統一こそ某の望み」

 その壊れたモノの正体がわからない。


「例えお館様が亡き後でも、某はお館様のために生きる所存」

 それでも、全身に火傷を負ったようなこの痛みは何だ?



「……そうか」


 そう言うだけが精いっぱいだった。政宗は彼に背を向けて歩き出す。

「政宗殿、どうなされた?」

 不思議そうに後をついてくる彼に何も答えないまま、政宗は留めていた馬へとまたがる。



 どす黒い感情が、ひび割れた心を支配していく。

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