先の言葉はお気に召すまま
「似合わねぇな」
ボソリと降ってきた言葉に、幸村は顔をあげる。
「…なんだ。伊達殿でござるか」
クラスメイトの姿を確認すると、彼は再びノートに視線を戻す。
そんな様子を気にせずに、政宗は幸村の前の席に後ろ向きに座った。
試験前のため、ほとんどの生徒は帰宅していた。
今も、教室には政宗と幸村しかいない。
まだ夕方だというのに、空は曇っていて薄暗い。
こんな日も残って自習をするとはとんだ酔狂者だ。
試験前の放課後に幸村が独り勉強をしているのを政宗が見つけたのは今学期になってから。
これ以降、彼は幸村の勉強の邪魔を毎日していた。
「似合わねぇって言ってんだろ? なんだよ、その色は」
己の存在を無視する幸村のカーディガンを掴んで政宗は眉を潜める。
その袖の伸びたニットの色は薄いブルー。
「仕方ないでござろう? 生憎この色と黄色しかなかったのだ」
「Ah-.yellowかよ。ますます似合わねぇな」
「そう言う貴殿こそ」
ふと、シャーペンの手を止めて幸村は政宗を見た。
「その鞄の色、貴殿のイメージには合わぬぞ」
「仕方ねぇだろ? redとgreenしかなかったんだ。greenを見ると、無性に腹が立つ。迷彩は特にな」
その色を聞いて、幸村はそっと微笑んだ。
「迷彩を見ると某は安心するでござるが」
「アンタの好みなんか聞いてねぇよ」
チッと舌打ちして政宗は吐き捨てた。
その様子を一瞥して、幸村は再び勉強を開始する。
そんな彼のノートを覗き込む政宗。
「よくもわざわざ放課後になってまで学校に残ろうと思うよな」
「中々はかどるでござるよ?」
その時、空が光った。
「あっ……」
窓に目を向ける幸村。
すぐに、バリバリという音が耳に飛び込んでくる。
その様子に目を輝かせて、幸村は窓へと近づいた。
稲妻が走る様を食い入るように見つめる。
「雷で喜ぶなんざ、ガキかよ」
当たり前のように隣に立つ政宗に、幸村は唇を尖らす。
「貴殿こそ、前キャンプに行った時に焚き火を見て手を入れそうになったであろう?」
「あれは」
政宗は数ヵ月前のことを言われてばつ悪く頭をかく。
「……仕方ねぇだろ。触ってみたくなったんだから」
「火傷するのは目に見えておりましたぞ。片倉殿が止めてくださらなければどうなっていたか」
「うっせー。小言はアイツだけで十分だ」
ムッと腕を組んだ政宗。
そんな彼から、幸村は視線をそらす。
空だけが煩かった。
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「……無性に胸が騒ぐんだよ。焔や紅は」
ポツリと呟いた言葉は、稲妻の音でかき消されそうなほど小さい。
けれど、幸村は聞き逃さなかった。
「奇遇でござるな。某も雷や蒼を見ると胸が昂る」
「何だよ。昔何かあったのか?」
「さぁ…。生憎と、雷や蒼に特別な経験はございませぬが」
ふと、幸村は口ごもった。
次を言うべきか思案しているようだった。
強い光が教室を一瞬照らす。
傾げた首から、一束だけの長い髪がさらり流れた。
「……何故であろうな。貴殿が炎に手を入れそうになった時、某は見たくなったのでござるよ」
「Ah?」
「貴殿が炎に燃える姿を」
再び空が光った。
光に照らされた幸村は、真っ直ぐに政宗を見つめる。
「貴殿が炎に燃えた姿はさぞ素晴らしいであろうと思いもうした。氷、風、光、闇…全て貴殿を染めるのは赦し難いが、炎だけは別でござる」
すぐそばで落ちたような、爆音が響く。
そんな中で、幸村の声ははっきりと政宗の耳に届いていた。
一見冷酷とも言える幸村の言葉を、政宗は呆然と聞いていた。
ショックだったのではない。
魅入ってしまったのだ。
何故か懐かしい気持ちになる、稲妻の光。
それに照らされた幸村の瞳には、己しか映っていない。
身体の内側から喜びが湧き出てくる。
幸村のその姿が、どの女性よりも美しく見えた。
殴り合いたい。
殺し合いたい。
己の全てを出しきって。
互いしか見えない。
互いしか聞こえない。
互いしか感じない。
そんな戦いが、したい。
そしてその躯を抱いて、己も果てる夢を見た。
初めて思う夢なのに。
それは何度も描いてきたかのように、ストンと心に収まる。
「……まさむねどの?」
ふいに、幸村は名前を呼んだ。
そのあどけない様子は、己の下の名を呼んだことに気づいていない。
初めて呼ばれたはずなのに、やけにしっくりした。
不思議そうに、幸村は首を傾げる。
相変わらず、その紅みがかった瞳には己しか映っていない。
強く拳を握った。
平和なこの世に、命預けるようなスリルはない。
味方もいなければ敵もいない。
この己を焼き尽くすような猛りの行き場は、ない。
ならば。
この気持ちは。
「……真田、幸村」
ふと、自分もいつもと違う呼び方をした。
けれど、なんの違和感もない。
「何でござろう?」
ふわりと微笑む幸村。
無意識の習性。
「俺は、」
己もまた、その瞳に彼だけを映して。
政宗は幸村にしか聞こえない声で、そっと囁いた。
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