「伊予の巫女が言うにはな」


 静かに雪が降り積もっていく庭で、政宗は空を見上げながら言葉を紡ぐ。

「俺は空から落ちる稲妻だそうだ。真田幸村は空に真っ直ぐに伸びる木らしい」


 そして、微笑みを浮かべて椿に視線を移す。

「妙に納得したぜ。稲妻は高く垂直に伸びた木に落ちる。だから、俺はアイツを求めるんだってな」


「生憎と、アンタの話に付き合ってる暇はないんだ。正直さ」

 クツクツと狂喜を纏って笑うその姿に、眉をひそめて佐助は言葉を吐き捨てる。

 手には使いなれた大型手裏剣。まだ、それに血はついていない。


 それでも微かに染み付いた血の匂いが漂っていた。


「安心しろ。俺もアンタが嫌いだ」

 椿から目を離さず政宗も暗い声を出す。


「そんなアンタが、この年の瀬に何の用だ?」

「決まっているだろ? アンタの左目をもらいに来たんだ」

「Ha! ふざけたことを言いやがる」

「本気さ。来年の干支は辰。今のうちにアンタを潰さないと武田の為にならない」


「武田の為、ね」

 佐助の忠義を鼻で笑う政宗。


「自分の為の間違いじゃねぇの? アイツは俺の中の竜が大きくなればなるほど喜ぶ男だ」

「今の武田にはどっかの暇な国みたいに大将同士の一騎討ちに時間を砕く余裕なんかない」

「そんなに不安か? 俺とアイツの関係が」

 花弁の色を瞳に映して、政宗は不敵な表情を浮かべる。


「俺にとってもアイツにとっても、俺たちは互いを常にgoalにしている。そんじょそこらの猿が踏み込むほど気軽なものじゃねぇ」

「言ってくれるね。アンタ一人の勝手な思い込みだろ?」


「じゃあなんだってアンタは俺の前に現れたんだ? 図星ってことだろ。…言っておくが」

 静かに振り返り、政宗は初めて佐助を見た。

「俺を殺したら、アイツはアンタを絶対に赦さない。忍ですらなくなるぜ?」

「心配はご無用。そんなこと、とっくに手を打ってるよ」

 そう肩を竦めてから、佐助は冷酷な表情を浮かべた。


「大体、俺様が死ねば、大将…旦那は壊れる。アンタが望むような一騎討ちはできないよ」

「元から壊すつもりだったんだ。手間が省ける」

「…俺様、本当にアンタが嫌いだよ。まだ旦那が俺様に依存している内に消しておかないと」

「子はいつか親離れするもんだ。それすら分からねぇなんざ、アンタも愚かだな」


 そう言うと、政宗は突き刺すような瞳で佐助を睨む。

「血生臭せぇ匂いしやがって。アンタが口を開く度に血の匂いが漂ってくるぜ。隠していても、アイツもいつか気がつく。アンタの正体を」


「黙ってくれない? これ以上、アンタの声聞きたくない」

 手裏剣の糸を伸ばして威嚇しながら、佐助も政宗を睨む。

「俺も新年最初見るのがアンタの顔っていうのは避けてぇ。そろそろおっ始めようぜ?」

 政宗もそう言って刀を抜いた。


 しんとした静寂の中、雪だけが二人を見守る。


「お年玉に辰の瞳なんてなかなか洒落ているだろう? 旦那」


 脳裏に浮かぶ主にニッコリと笑いかけ佐助は口の異物を舌で転がした。

 かすかに香る血の香りが濃くなる。


 自分の物ではない欠けた歯が彼の口内を傷つけ、血を滴らせていた。

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