get back my pain2




はずだった。

「ぐ……!」


思わずあげてしまった声に心中で舌打ちして、なんとか近くの藪に突っ込む。
藪の中で、愕然とした。
左足の痛覚が、ほぼ無かった。
矢が刺さっているにもかかわらず。
先ほどの声は痛みからではない。己への叱咤だった。
あらためて見てみれば、太ももにひときわ深い傷。
太い血管をやられている。
血を吸った装束は乾くことなく、べたりと濡れた感触。
自分は、どれだけ血を流してしまっていたのか。
この毒は、筋肉を麻痺させるものだと見当をつけていたが、それだけでなく痛覚を麻痺させる効果もあったらしい。どうやら後者の方に自分はあまり耐性がなかった。
おまけに、血液凝固阻害の作用もきちんとある様子だ。布をきつく巻いても、血が滲んだ。
すばやく先ほど見つけた解毒薬を飲みこむ。
気休めだ。いやそれにすらならない。
既に血を流しすぎた。


やれやれ。


ため息をひとつ。

すっと目を閉じ、息を吸い込んで。
ゆっくり吐き出す。


悪い。真田の旦那。

俺様の使い道は、ここまでだ。


弓が放たれる音がまた聞こえた。
目を開けて、駆け出す。


せめて、ここの始末だけは担わせてくれ。



念のためにと、陣に影を置いて偵察に出てきて正解だった。
見つけた相手方の別働隊。
どうしても、本隊と合流させる訳にはいかなかった。時間の猶予はなかった。
どうしても、単独でそこへ奇襲を仕掛けて、自分に注意を引き寄せたその後、その場からできるだけ離れる必要があった。

どうしても?


幹に隠れていた気配を見つけて近づき、小太刀で急所を一突き。
二十九。


自分は毒に耐性がある?
この場を片付けてからでも十分間に合う?
大失態だ。
一体何を焦っていた?
こともあろうか脚をやられるなんて、蒼天疾駆の二つ名が情けない。
一体何を怖がっていた?


藪の後ろに弓を構えた気配が二つ。
影追で仕留める。
二十八。
二十七。


あの人に思われて。
あの人に触れて。
あの人が大事で。
その思いは、薄れもせず、なくなりもせず。
それどころか、日々、募っていって。
どんどん大きくなる。


駆け抜けると、幹の上からこちらを狙って動く気配にクナイを放つ。
二十六。


あの人の幸せを願う思いが。
大きくなる。
自分の中をふとよぎる闇が。
大きくなる。


骸が藪の中に倒れた。そこから慌てて飛び出した気配が四つ。
こちらに向かってくるのを、愛用の大型手裏剣でなぎ払う。
二十五、
四、
三、
二。


天下なんてどうでもいい。
あの人がいればそれでいい。
他のことなんか知るか。
あの人がいない世界なんて価値がない。


相手が放ったクナイが、肩を穿つ。
抜いて、投げ返す。
二十一。


永遠なんてない。
いつか来る終わりなら。
いつか誰かに奪われるなら。


弓の音。
その場から後方に飛び退く。


俺様が、いっそ、一思いに。
あの人に、いっそ、一思いに。
そうしたら、ずっと、一緒だ。


ふらりとまた目眩。
痛覚どころか左足から腰までの感覚はもうなかった。
矢が降ってきて、あるいは地面に刺さり、あるいは幹にはじかれる。


自分の昏い暗い奥底に溜まる真っ黒な願い。
怖かった。
その闇に、あの人を引きずってしまわないか。


藪を抜けると比較的開けた場所に出た。
それでも薄暗いのは変わらない。
それでかまわない。明るいのは困るが、暗い分には困らない。


近くにいると、暖かくて、うれしくて、愛しくて。
怖かった。
あの笑顔を護ると誓ったのに。
その手を離さないと誓ったのに。
怖かった。


こちらが立ち止まると、同時に着いてきた気配が止まった。
四方から迫る影。
ひきつけて。
空蝉のお見舞い。
二十、
十九、
十八……



「か、はっ」

がっと首に衝撃。
四つのうちの残りのひとつ。
浅かったのか。
首をつかまれる。


「ぐ……が……」


いけない。まだ、止まれない。


駄目だ。


もう少しでいい。


動け。


あと少し。


あと……



魂がはがされるのを拒否して。
未練がましく少しでも長くここに留まろうとしている。
時間が引き伸ばされたように。まわりがよく見える。

首を絞めてくる相手の、感情のない瞳。
そのむこうに並ぶ灰色の幹。
周囲に散らばる、さっき始末した気配の残骸。
肘から先の獲物を持った手。
痙攣を繰り返す胴体。首。脚。内臓。
撒き散らされた血が、乾いた大地に染みこんで、広がっていく。
瘴気(しょうき)と呼ぶ他ない淀みが満ちて、四肢に纏わりつく。

似合いの場所だ。

まったくもって呆れるほどに。


紅(あか)にまみれて逝けるなんて、むしろ本望? なんてな。


酸欠に霞む視界。
血で滑る手で、首をつかむ相手の腕を必死につかみ返しながら。
甘美な死への誘惑に引き込まれそうになる。


冗談でも、こんなことすんじゃなかったね。


懐にある繋がれた六枚の銭を思い出して、自嘲する。
真っ黒の自分が。
あの人と同じところへなんていけるわけがないのに。


『なにをしておる佐助! 奮えよ!!』


あの人の声がした。
耳に残ってる最後まであきらめない声。


そうだな、旦那。
あんたならそう言う。


この戦。これで終わりにするつもりはないと、あの人と言葉を交わした。
隻眼の竜と雌雄を決す前に、終わりになんてする気がないあの人。
風来坊と再び会うことを約束していたあの人。


旦那……



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