そらすそらさない8
「……きでんたちは」
掠れた、カレの声が耳をくすぐる。
真っ直ぐに己を見つめるカレ。
それだけで、幸せで。
「どちら様でござろう……?」
そっと首をかしげると、一房だけの長い髪が揺れた。
そんなカレをなおも満足したように見つめる2人。
医師からは、今までの記憶を失ったと聞いた。
子どもの頃から、はるか昔の頃から、ずっと共に在った。
過去を忘れたのだと。
その言葉を聞いた時、2人はただ笑った。
これでようやく己を見てくれるのだと、そう歓喜に震えた。
記憶など、過去の枷など必要ではなかった。
欲しいのは今のカレの心。
カレそのものなのだ。
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